月下の語らい 第1章~見とれてなんてなかったから~
「はぁ。思ったよりもしんどかったな」
フロックによる魔法訓練も終わり、夕食後椿は一人で城の訓練所に訪れていた。
ちなみにただの散歩だ。
「初日からこれって……明日からどうなるんだろ」
明日からの訓練の厳しさに遠い目をしながら空を見上げる。
「……綺麗だな」
夜空に煌めく星々や月を見上げながらそう呟く。
「月が綺麗ですね」
「ええ。本当に……」
そうですね。と続けようとしたところで違和感を感じた。
ここは訓練所。しかも夜。
ということはここには現在椿以外の人はいないはずなのである。
そう思って声が聞こえた隣を見てみると
「どうも椿さん。昨日ぶりです」
エスポワール王国第一王女エミリーが立っていた。
「エミリー王女、ですか」
椿がそう呟くとエミリーは「ふふふ」と笑いながら
「私以外の誰に見えますか?」
楽しそうな顔でそう言った。
その楽しそうな微笑みを見て、顔が赤くなっていくのを自覚した椿はバレないように慌てて目を逸らして「どうしてエミリー王女がここに?」と話題を変えた。
「私は散歩です。私は王女としての業務がありますからね。夜は眠る前にこうして外に夜風にあたりに来ているのですよ。椿さんは?」
「僕ですか?僕も散歩です。今日も色々あって疲れたなぁと」
その後も椿とエミリーは訓練所に設置しているベンチに座りながら会話を続けた。
「お聞きしましたが、椿さんは魔法戦に特化したステータスだとか……」
「あぁ。やっぱりエミリー王女も聞いてますか?」
「はい。フロックが大興奮していましたので。Lv.1でMPが500もあり、魔力と精神のステータスもずば抜けていると。それに技能も魔法使いになるために生まれたかのような技能だって言ってました」
フロック……宮廷魔導師の人だ。
どうやら椿のステータスは王宮のほとんどの人に知れ渡ってしまったらしい。
「それにしても僕のステータスってそんなに凄いの?」
高いんだろうなって思っていたけどと思いながら椿がエミリーに疑問を投じると
「それはもう。椿さんのステータスはMPと魔力と精神に限り、今の宮廷魔導師であるフロックも越えてます。もっと言えば恐らく世界一です。椿さんは将来世界一の魔法使いになるかもしれませんね」
エミリーはそう言ったが、椿に現在世界一の魔法使いになる気は無い。
まあ椿が望まなくても周りの人物がそれを望むのだが。
「っとすみません。ステータスは個人の秘密なのに……」
どうやらエミリーはフロックが王宮の人達に言いふらしたことを謝っているようだ。
「別にいいですよ。どうせ遅かれ早かれですし。それにバレて困ることもいまのところありませんから」
椿はエミリーにそう言って慰めるも、エミリーは納得してない表情をして悩んでいた。
「それでも、一人の人間が一人の人間の秘密をバラしてしまったのです。それにフロックは私たち国が認め、雇った宮廷魔導師です。その宮廷魔導師が勇者の仲間の情報を軽々しく周囲に話していいことではありません。なにかお詫びができたらと……」
別に気にしなくてもいいのに。律儀な子だな……。と、椿は思っていた。
もしここで椿がお詫びを自体しても、エミリーは納得しないだろう。
なんなら椿の装備として
そう思って少しの間思案し、
「では、明日からもここで話しませんか?」
「……え?」
「正直、一緒にこの世界に召喚された人たちとはまだそこまで仲がいいわけではありませんし、召喚される前に一人だけ別の場所から来た所謂イレギュラー的なものなので少し肩身が狭いのですよ」
「それは……大変ですね」
「はい。なので、エミリー王女が夜だけでもこうして話してくれるだけで心が安らぐのです。お詫びと言うなら、こうしてまた話してくれませんか?」
「本当に、そんなものでいいのですか?」
「紛れもない、受け取るべき人間がそれを欲求しているのですから。それに、一国の王女の時間を、夜だけでも取るというのはこれ以上ない褒美だとも思えますよ」
そう言って椿はエミリーに笑いかけた。
その椿の言葉を聞いて、エミリーも可笑しそうに笑ったあと。
「はい。そんなものでよろしければ、いくらでもお付き合いします」
そう言って手を差し伸べてきた。
「これからも、よろしくお願いしますね?椿さん」
「あ、あとこれからも付き合うのであれば話し方はもっと楽な感じでいいですよ」
「で、ですが……」
「公の場でなければ大丈夫です。私も友人に敬語で話されるのは悲しいですので」
「エミリー王女は……」
「エミリーと」
「エミリー王女」
「エミリーです」
「エミリー王」
「エミリー」
「……」
「エミリーですよ?椿さん」
「エ、エミリー……」
「はい!」
こうして半強制的に敬語が解除された。
ちなみに話し方が楽ということでエミリーの敬語が崩れることは無かった。
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