第55話 断罪
「ご苦労だったな、真誠。何か褒美をやろう」
考えておけ、と言う瑠庵に真誠は深く頭を下げる。
その様子を藤李は瑠庵の隣で見守っていた。
大丈夫かしら……。
あれだけ血を流した後だ。
本来であれば絶対安静が必要なところを、それをせずにいる。
あの後、真っすぐこの城へ向かい、身体を清めて服を着替え、少し休息を入れただけなのだ。
いつもと変わらぬ様子だが、身体はかなり辛いに違いない。
そばに駆け寄りたいが、そういう訳にもいかず、そわそわしてしまう。
すると真誠と視線がぶつかり、唇が動いた。
『大丈夫』
はっきりと真誠は伝えてくる。
それでも心配なものは心配だ。
「一体、何故、ここにいる」
連樹の問いに真誠は口を開く。
「赤連樹、赤芙陽、君達の罪を詳らかにするためだよ」
「何ですって?」
金切声を上げる芙陽は真誠を睨みつける。
「赤連樹、駿鈴羽と共謀し、幼い子供や妊婦を攫って虐待、捕獲が禁止されている虎の密猟、聖域への無断侵入、他にも犯した罪は山ほどあるでしょ」
「出まかせだ!」
「証拠はまとめて提出するよ。もう、揃っているからね。それに……」
真誠が上段に立つ藤李を見上げる。
「二日前、妓楼九蘭で君と虎の密猟に関わった天樂という男との会話を聞いていた承認がいる。九蘭の楼主があの日、客として店を訪れたことを証言している」
「はっ、馬鹿なことを言うな。確かに、二日前に九蘭へ足を運んだことは事実だが、天樂という名の男は知らない」
その言葉を聞き、藤李は階段を降りた。
コツコツと靴の踵を鳴らして連樹の前に立ち、顔を覗き込んだ。
「本当に私のこと、覚えてないの?」
首を傾げる藤李に連樹は唾を飲む。
「な……何だ……」
頬をほんのり赤く染め、連樹はたじろぐが藤李はそれに気づかない。
「天樂と合わせ札をして服を脱がされる私を見ていたではありませんか」
「お前っ、あの時の醜女…………」
その言葉を発した瞬間、バキッと何か硬い物に亀裂が入る音がした。
それと同時にびりびりと空気が震え、肌を刺すような感覚を覚える。
気付くと足元に大きな亀裂が入り、連樹と藤李の距離を作っていた。
「藤姫、こちらに」
普段とは違い、恭しく藤李に手を差し出し、真誠は連樹から藤李を引き剥がす。
真誠は藤李の耳元で『脱がされたなんて聞いてないんだけど』と不満そうに耳打ちした。
勿論だ。言ってない。それに脱いだのは一枚だけだ。
肌は見せてない。
「陛下、間違いありません。この男です。私はこの男と既に捕まった天樂という男が密猟の主犯であり、その罪を白尚書に被せ、娘である芙陽に告発させて、陛下の温情を得る計画を企てている会話を聞きました」
不機嫌そうに顔を歪め、異様な圧を放つ真誠の視線を無視して藤李は証言する。
「当初は建国記念日の宴で陛下に近づくつもりだったようですが、白尚書が虎の密猟の主犯格である天樂を捕まえ、尚書によって密猟現場を暴かれたため、計画を前倒ししたんでしょう」
藤李の言葉に連樹は押し黙る。
「証拠もあるよ。君の筆跡でやり取りした手紙が天樂と鈴羽から回収できたからね」
藤李の言葉に真誠が付け加える。
「赤芙陽、君は駿鈴羽と共謀して王族を襲い、殺害しようとした罪に問われることになる」
唇を噛み締めて震える芙陽は真誠を睨みつける。
「信じないわよっ……陛下! これは陰謀です! この女はこの男の愛人です! この二人が作り出した虚言です!」
真誠と藤李を指し、芙陽は主張する。
芙陽の発言に眉を顰めたのは瑠庵だ。
「藤姫……そなた、いつの間に真誠の愛人になったんだ?」
「誤解です、陛下」
瑠庵の問いに藤李は答える。
「忌々しい呪印持ちの男が、この私を侮辱しただけに留まらず、国王陛下の午前で狂言を吐くなんて許されたことではないわ!」
顔を真っ赤にして憤る芙陽は声を張り上げる。
しかしこの一言では終わらない。
「呪われた男が陛下の膝元で政に関わることだっておかしい話だわ! 陛下、この男は国を混乱に陥れようと……」
「黙りなさいっ!」
芙陽の言葉を遮ったのは藤李だ。
「呪印があろうが、なかろうが、関係ない! 彼はこの国と民のために身を粉にして尽くしてくれる能吏です! 彼を侮辱するのは私が許さない!」
藤李は玉座に向き直り、その場所に座る瑠庵を見上げた。
「陛下、彼を無実の罪で裁くと仰るのであれば、この国の未来に価値などありません」
彼ほど有能な者を藤李は知らない。
いつも自分のことなど後回しで、身を粉にして朝から晩まで働き詰めで、事件が起これば人命を優先し、面倒事でも支援を惜しまない。
能吏であり、貴族としても模範的な人物だ。
彼を失うことは国にとっても大きな損失だ。
この人一人助けられない、守れない国など滅びても構わない。
藤李は本気でそう思う。
真っすぐに射抜くような視線を藤李から向けられた瑠庵はやれやれと、肩を竦める。
「証拠もあり、証人もいるのであれば牢屋につなぐのは真誠ではないだろう」
瑠庵が外に合図を送ると央玲を先頭に予め控えさせてあった兵士が雪崩れ込んでくる。
「央玲、そちらはどうだ?」
「俺と姫を襲った男達が赤芙陽に雇われたことを吐きました」
央玲の顔に見覚えがある芙陽は驚愕する。
まさか、白家で遭遇した男が王族だなどと、夢にも思っていなかったのだろう。
「鈴羽は精神状態がおかしい。取り調べは続けるが、物的証拠が多い。この二人は罪から逃れられないでしょう」
央玲の言葉に連樹と芙陽は深く項垂れ、兵士に連行され、二人の目論見は泡と消えた。
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