第54話  謁見


 魯雁こと赤連樹は娘の芙陽と共に城へ足を運んだ。


 謁見を申し込み、予定時刻を過ぎても使いの者が来ないことに苛立ちを募らせていたところだった。


「お父様、瑠庵様は私を気に入って下さるかしら?」

「勿論だとも。お前ほど美しい娘は他におるまい」


 以前は芙陽との面会を頼んだところ、忙しいと言って断られた。しかし、今日は断られなかったことにも手応えを感じている。


 しかし、天樂の奴は失敗だった。


 白州での取引の際に利用した男だが、結局あの場で捕まり、始末されたと聞く。


 連樹は駿鈴羽の協力もあり、あの妓楼を抜け出すことが出来た。密猟がバレたのは惜しいが適当に金儲けも出来た。後はこの罪を白真誠に被せてしまえばいい。


 もう一つ気になることがある。


 九蘭で天樂と札合わせをした醜女のことだ。

 あの娘も連樹としては始末するべきだと判断したが、鈴羽が頑なに拒んだ。


 自分の獲物だから手を出すなと。


 悪い方へと向かわなければそれでいいが、そのことが懸念材料になっている。

 謁見の間の前に通され、連樹と芙陽は扉の前で扉が開くのを待つ。


「では、いいね。芙陽。言った通りにするんだ」

「えぇ。お父様」


 婚約者である男の悪事を暴き、陛下に報告する。

 恩赦を頂くついでに自分を売り込むのだ。


 すぐに選ばれなくても良い。


 陛下はまだ妃どころか婚約者もいらっしゃらないもの。


 近づくなら今が好機よ。


 芙陽は自分の身体が男に好まれるという自覚がある。

 白い肌に豊満な胸、身体の線を強調させた装い、纏う香にも媚薬が含まれている。

 瞳を潤ませ、情に訴えかければ男など簡単に靡いてくれる。


 唯一、失敗したのが白真誠だ。


 それもあの男が気に入らない理由の一つだった。


 今頃、どこの馬の骨かも分からない女と仲良く獣の餌にでもなっているに違いないわ。


 女を襲わせ、真誠を始末するように鈴羽に依頼したのは芙陽である。


 お父様は白真誠を朝廷で裁きたかったみたいだけど、死ねば悪事が露見することを恐れて雲隠れした、という筋書きが出来上がる。


 芙陽はそれでも構わない。


 憐れな白真誠の婚約者を演じて、国王瑠庵の情を引きつける。


 それが芙陽の目的だ。

 父は白真誠を追い落とし、空いた戸部尚書の席を狙っている。


 呪印持ちの気味の悪い男との婚約なんて御免だったけど、これも陛下の寵愛を得るために必要なことだと思えば耐えられた。


 今までの苦労が実を結ぼうとしている。


 謁見の間の扉が開かれ、連樹と芙陽は頭を下げ、正面にある上段の空の玉座は空だ。そこに国王が座るのを待つ。国王が座ったところで国王から声を掛けられる。


 それまでは顔を上げることが出来ない。


 上段に人の気配がする。

 恐らく国王瑠庵とその側近、警護の者達だろう。


 どかっと誰かが椅子に座る音が聞こえ、『顔を上げよ』と声が掛かる。


 玉座に座るのは国王瑠庵だ。


 漆黒の髪に端正な顔立ち、若くして威厳と貫禄を兼ね備えたこの国の王だ。

 間近で見る噂の美丈夫に芙陽は心を躍らせた。


「ご報告したいことがございます」


 連樹は芙陽に目配する。


「赤連樹が娘、芙陽と申します」


芙陽は打合せ通りに話始める。


「我が婚約者、白真誠の許されない悪事をご報告致したく参りました」

「悪事? あの男が?」


 脇息に肘をつき、瑠庵は首を傾げた。


「白真誠は子供を攫い、虎をおびき出す餌として利用し、捕まえた虎を商品として高値で売り飛ばしていたのです。虎猟はこの国では禁止されております。聖域を侵し、虎の密猟を行うことは重罪です。私はこのことを白家に滞在中に耳に致しました。幼い子供を攫い、道具にするなど許されることではありません。恐ろしく残虐です」


 芙陽は袖で目元を押さえるフリをして婚約者の悪行に震える女を演じた。


「いくら婚約者であろうともこのような悪事を見過ごすことは出来ません」

「なるほど……婚約者が罪を犯したか……こうして打ち明けるのもそなたにとっては辛いことだろうな」


 考え込むような仕草をする瑠庵に今度は連樹が口を開く。


「私と致しましては白真誠の戸部尚書位についても疑問を持っておりました。あの若さで尚書位という高位を賜ったがために、驕りがあります。重要な職務でありながら自身の仕事を古参の部下や小間使いに大量に押し付け、部下たちを使い潰し、自分は机に座っているだけで一日中、尚書室から出てこないなどと怠惰の極み。つきましては……」


 真誠の不適正を瑠庵に吹き込み、失脚させるよう進言しようとした時だ。


「驕っているのは貴方の方でしょう!」


 憤った女の声が謁見室にこだまする。

 女は瑠庵が入室した時に使った扉から現れ、上段から連樹と芙陽を睨みつけていた。


「尚書がどれだけの仕事を日々こなしているのか知りもせず! よくもそんな出鱈目を並べられますね! 戸部は貴方と違って忙しいんです!」


 女はいきなり声を張り上げて連樹に向かって言い放つ。


「毎日毎日、各部署から大量の書類仕事が回ってくる上に、間違いが許されない部署なんです! 古参や小間使いに仕事をさせるのは当たり前です、猫の手も借りたいほど忙しいのに人間の手を余してる余裕はないんです。尚書の的確な采配があるから何とか回っているんです。尚書が尚書室から出てこないのは尚書が動くよりも小間使いや部下を動かす方が効率がいいからよ。尚書にしか出来ない仕事も山ほどあるの。それなのに部下がこなせない分は自分で負担してるんだから! 暇を持て余して密猟に手を染めるような馬鹿なあんたと一緒にしないで!」


 熱量のある言葉が連樹に向けられる。

 張りのある美しい声は室内に大きく響いた。


「だ、誰だ! 貴様! 無礼であろう⁉」


 真誠を擁護するような言葉を並べる女に向かって連樹は声を上げる。

 突如現れた女の存在に動揺が隠せない。 

 

「全く……呼ぶまで待てと言っただろうに」

「申し訳ありません、事実とは全く異なる上司の陰口に我慢ならず」


 呆れた顔で言葉を発する瑠庵に女は大して悪びれもせずに形だけの謝罪を述べる。

 そして女は瑠庵の横に立ち、改めて連樹と芙陽を見下した。


 女を凝視し、芙陽は唇をわなわなと震わせる。


「何であんたがここにいるのよ⁉」


 目を吊り上げて叫ぶ芙陽から視線を外し、女は連樹に視線を向けた。


「九蘭でお会いしましたね、魯雁殿。気色の悪い趣味の天樂は捕まえましたからね。次は貴方の番ですよ」


 薄く口元に笑みを浮かべる女に連樹は一瞬、惚けてしまう。


 先ほど煩くがなり立てた女とは思えぬほど、たおやかな笑みに連樹は惹きつけられた。


 漆黒の長い髪は美しく靡き、色白の肌は艶めいていて淡い色香を纏っている。


 小さな顔に凛々しい眉と長い睫毛に縁どられた瞳、果実のような唇、九蘭のような高級妓楼でもこれほどの女はそういない。これほどの美女が近くに寄ればすぐ分かる。


 見覚えがない。

 そして何故、魯雁を知っているのか。


 次に女の纏う服の色に視線を奪われ、そこではたと気付く。


 国王瑠庵と同じ、紫色の長裙を身に着け、太い帯には金糸の緻密な刺繍が施され、簪は大きく美しい宝石が幾つもついている。


 紫色は王族のみ纏うことを許される禁色だ。


 王族には決して表に出ない呪印持ちの姫がいたはず。


 まさかこの美しい娘が噂の藤姫なのか?


 そんなことを考えていると芙陽が一歩足を踏み出し、女を睨みつける。


「答えなさい! 何であんたがここにいるのよ⁉ 何で生きてるの⁉」


 娘の言葉に連樹はぎょっとした。


「芙陽、待ちなさい!」

「離して、お父様! あの女よ! あの女が私を侮辱したのよ!」



「随分と無礼な発言だね、赤芙陽。礼儀がなっていない」



 連樹と芙陽が入った扉の方向から声が湧く。


 眩い銀糸の髪が一房、顔回りに落ち、束ねた髪は後ろで歩く度にしなやかに揺れる。


 長裙は白家を意味する白色で、帯は瞳の色と同じ深い緑色、長身故に、羽織の裾にあしらった刺繍が様になっている。


「貴様……どうしてここに……」


 絶句する連樹と芙陽の横を通り過ぎ、階段の前へと進み、真誠は頭を垂れた。


「国王陛下、並びに藤姫。白家次期当主、白真誠がご挨拶申し上げます」

 





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