第53話 封じられた力
鈴羽が剣を引き抜くと真誠は力なく、地面に膝を着いて蹲る。
そして鈴羽も真誠に刺されて、傷を負い、胸を押さえていた。
「い……いやあぁぁぁぁ!」
藤李の悲鳴が森の中に響き渡り、空気を揺らす。
「尚書! しっかりして下さい! 尚書っ!」
央玲達の制止を振り切り、藤李は真誠の元へ駆け寄り、叫ぶように呼び続ける。
真誠の白い衣が瞬く間に血で赤く染まっていき、藤李は恐怖で震えた。
「耳元で叫ばないでよ、聞こえてるから」
こんな時でも嫌味を言うだけの気力はあるらしい。
「獏斗、雪斗は⁉」
治癒術の得意な雪斗なら真誠の傷を癒せる、そう思っての発言だった。
しかし、獏斗は顔面蒼白で動けずにいる。
「雪斗はいない。置いてきたからね」
口から吐き出た血を拭いながら真誠は言った。
その言葉に藤李は絶望の淵に立たされる。
「ははははっ! 無様だな! 白真誠! 呪術が掛かった剣だ! そこらの治癒術ではその傷は塞がらない!」
胸を刺されても、鈴羽にはまだ余力があるらしい。
「黙れ!」
獏斗と央玲が鈴羽を抑え込み、動きを封じた。
「尚書、いやです、お願い、尚書っ」
視界が涙で滲み、ぼろぼろと涙が零れる。
藤李は真誠の胸と背に空いた穴を塞ぐために、抱き着くように押さえた。
しかし、血は止まらず、真誠の血が藤李の衣にも染みるほどに溢れていた。
「汚れるよ」
視線を上げると青白い顔で真誠が苦笑する。
「酷い顔だね」
そう言って真誠は血まみれになった手で藤李の頬を撫でた。
その優しい手つきに余計に涙が溢れる。
「もともとこういう顔です」
ボロボロと涙を流してすすり泣く藤李に対して失礼な言葉だ。
温もりを失いつつある真誠の手を握りしめ、藤李は唇を嚙み締めた。
私にもっと法力があれば、尚書を助けられるのに。
どうして、こんなことになってしまったの?
どうして、自分は何も出来ないのだろう。
「ごほっ、ごほっ」
「尚書っ!」
身体からも出血して口からも血を吐く真誠はどんどん冷たくなっていく。
「そろそろ限界かな」
「縁起でもないこと言わないで下さい!」
泣きながら怒る藤李に真誠は口元に笑み浮かべている。
まるで、面白いものを見物しているかのような調子に藤李は苛立つ。
「笑ってる場合じゃないんですけどっ⁉」
「仕方ないでしょ。泣いてる君の顔、凄く面白いんだから。他の奴らに見せるのが惜しいくらいだよ」
一体、どんな顔してるんだ、私は。
そんなくだらないことなら喋らないで黙っててくれ!
藤李は内心、荒ぶるが今はそんな場合じゃない。
どうにかして血を止めなければ。
「もう本当に限界だ。君が治して」
言葉に藤李は目を丸くする。
「な、何言ってるんですか、正気ですか?」
「正気だよ。今なら出来る。僕の力が弱まってる今ならね」
真誠の力、つまりは真誠が藤李に刻んだ呪印が弱まっているということだ。
神獣白虎が言うには、藤李の法力は呪印によって封じられていると。
「ほら、さっさとしてよ。僕に死んで欲しくないでしょ」
「当たり前です!」
仕事しろ、と戸部で仕事をしている時の調子で言われて藤李は苛立ちから怒鳴り声を上げる。
血を失い過ぎて手足には力が入らず、唇だけが辛うじて動く。
危険な状態だ。
出来ないなんて言っていられない!
「治ったらきちんと全部説明してもらいますからね!」
藤李は真誠に言い放ち、両手を翳して力を込めた。
いつも術を使う時とは違い、身体に力が巡っているのがはっきりと分かる。
身体の奥から沸き起こるような力の波を術に変え、真誠に注ぎ込む。
すると少しずつ、傷が塞がっていき、溢れる血も止まり始めた。
「無駄だ! その男はもう死ぬ!」
「煩いっ! 黙ってって!」
藤李は離れた所で転がる鈴羽を怒鳴りつけ、意識を集中させる。
もう少し、もう少しで塞がる!
息切れも、眩暈も、頭痛も、倦怠感もない。
何も苦がなく、法術が使えていることに藤李は信じられない気持ちでいっぱいだった。
「…………できた……」
それも簡単に。
これが私の力……?
信じられない気持ちでいっぱいだ。
しかし、それ以上に真誠を助けることができたことが嬉しくて仕方がない。
「良かった……尚書……っ尚書……」
身体は冷たいが、これ以上冷たくなる気配はない。
体温を分け与えるようにぎゅっと真誠の身体を抱きしめる。
どくん、どくんっと脈打つ音が心地よく響き、それが嬉しくて藤李は一度止まった涙が再び溢れてくる。
そっと身を離して、傷のあった場所を確認した。
破けた服は直らないが傷はしっかりと塞がっていた。
藤李は真誠の傷があった肌にそっと触れる。
その場所に穴はなく、滑らかな人の肌だった。
良かった……傷跡もない。
「…………そういうのは今度にしてくれる?」
胸を弄る藤李をじっと見ていた真誠が言う。
「はっ! す、すみません……」
顔を赤くした藤李が慌てて手を離す。
ゆっくり、真誠は身体を起こし、藤李の支えを借りて立ち上がる。
そして真誠は央玲と獏斗に捕らえられた鈴羽の元へ歩み寄り、勝ち誇った笑みを浮かべて見下ろした。
「残念だったね。生きてるよ」
その口調が鈴羽の怒りを煽る。
「何故だ……彼女は高度な法術を使えないはずだ」
憎々しいと言わんばかりの表情で鈴羽は真誠を見上げる。
「君がどこまで覚えているか知らないけど、彼女は歴代随一と謳われる法術の使い手。僕の呪印が弱まればこんな傷を治すのなんて、簡単なんだ。彼女の前に君の呪術なんて大した妨げにならないんだよ」
身体を支えるために寄り添う藤李を抱きしめる。
それも、わざと鈴羽に見せつけるようにするから質が悪い。
「じゃあ、もう現れないでくれると嬉しいよ」
そう言って鈴羽に背を向け、真誠は歩き出す。もちろん、藤李も一緒にだ。
「待ってくれ! 藤李さん! そいつはダメだ! 貴女はそいつに呪われてるんだぞ⁉」
悲痛な声を上げる鈴羽に藤李は立ち止まる。
「私を呪印で縛ろうとしたのは貴方なんじゃない?」
呪術が施された剣で藤李は一度、身体を貫かれた。
血まみれになった藤李を泣きながら抱きしめてくれる人がいた。
それは他の誰でもない、真誠だった。
あの夢は藤李の前世の記憶だったのだ。
もちろん、真誠に聞きたいことはたくさんある。
「私の胸にある呪印が尚書のもので心底良かったと思うわ」
藤李は一度、鈴羽の呪術を受けた。
しかし、その場に駆け付けた真誠が鈴羽の呪術よりも強力な呪術で上書きする形で呪印を刻んだのだ。
藤李の力を封じ込め、魂を結び、再び同じ世へと回帰させる強力な呪印だ。
恐らく、あの時の尚書は私に呪印を刻んで命を落とした。
呪印を刻んだ代償として命を、そして今も確実に真誠の身体を蝕んでいる。
九蘭で血を吐いたのも、呪印を刻んだ代償だと言っていたから間違いない。
そうまでして呪印を刻んだ理由は……まだ、聞いていなからはっきりとは分からないけど。
「この人の呪印なら別に構わない」
そう告げると鈴羽は項垂れる。
ぶつぶつと何かを口走っているが藤李はそんなことはどうでも良かった。
気付くと、人の気配がこの場所に集まっていることに気付き、藤李は身体を強張らせる。
「心配ないよ。警吏だから」
予め、警吏を呼んでくれていたらしい。
央玲が片付けた男達は既に捕らえられており、鈴羽も警吏の手に渡った。
最後まで、抵抗する鈴羽の様子はどう考えても異常だ。
「君はもう忘れて良いし、思い出さなくても良いんだよ」
決して楽しい記憶ではないと言う真誠に対して藤李は首を振る。
「私が知りたいんです」
過去に何があったのか、当事者である藤李は知る必要がある。
諦めの溜息をついた真誠は言う。
「分かったよ。もう一仕事、終えたらね」
そんなことを言い出す真誠にぎょっとする。
「何言ってるんですか! 言っておきますけど、穴が塞がっただけで出て行った血液は戻ってないんですよ。安静にしていてもらわなければ困ります!」
怒る藤李に獏斗が同意する。
「藤李さんの言う通りです、勘弁して下さい!」
先ほど死にかけた主に獏斗は涙ぐんで訴える。
「あんたには話してもらいたいことが山ほどあるんだ。このまま城に招待してやるから来い」
まずは身体を休ませろ、と央玲は言う。
「言われなくても城には行くよ。陛下にも文は出してある」
「陛下に?」
藤李は首を傾げる。
「金貸しは片付いたけど、まだ片付けてない連中がいるからね」
藤李はこの騒動の中ですっかり失念していた。
「白家次期当主として、この落とし前は付けさせてもらう」
死にそうな尚書の姿を見てしまったせいかしら。
いつもと大して変わらない意地悪そうな真誠の言葉に、藤李は少しだけ安堵した。
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