第50話 襲われた兄妹


「何者だ」


 剣を突き付けられ、央玲と藤李は馬車から降ろされた。

 物騒な男達が馬車を取り囲んでいる。


 ぱっと見ただけで十人以上、一人ひとりが刃物を所持していた。


「言っておくが、金目の物が欲しいなら俺達を襲うよりも、もうじきここを通る大貴族の馬車にした方が期待できる」


 それって尚書の馬車では……。


 躊躇いなく真誠を売る央玲に藤李は顔を引き攣らせる。


「俺達はそこの女に用がある。男に用はないんだよ」


 そう言って男は藤李に視線を向けて下卑た笑みを浮かべる。

 上から下まで舐めるような視線に鳥肌が立つ。


 男達の視線から藤李を隠すように央玲が立ち、男達を一瞥した。


「黙れ」 


 地面を這うような低い声が響き渡り、放たれる威圧に空気が震える。


 びりびりと肌を刺すような圧が央玲から放たれ、それが法力による気の放出だと察した男達は少しだけ後退る。


「この女に触れることは死を意味する。貴様ら、死ぬ覚悟は出来ているんだろうな?」


 異様な威圧感に肺が圧迫されるような息苦しさと、身体を上から無理矢理押さえつけられたように重くなった身体を男達は必死に支える。


 気を放ちながら据わった目つきで男達を射すくめれば、それだけで気弱な者は腰を抜かし、息を詰まらせた。


「藤李、走れ。少し、荒らす」


 殺気を滲ませた兄の言葉に藤李は頷いた。


 争いごとが嫌いな央玲だが、怒りが沸点に達すると抑えるのが大変なのだ。


「気を付けてね。あと山火事にはしないでよ」


 そこ一言だけ残して藤李は走り出す。


「待てよ! 嬢ちゃ…………うわあぁぁぁ!」


 地面が波のように蠢き、まるで川の水のように藤李を追いかけようとする男を飲み込んでしまう。


「ひいぃぃぃっ!」

「どういうことだ⁉」

「法力使いだなんて聞いていないぞ!」


 男はあっと言う間に地面に飲み込まれて姿を消した。


 他の男達は一連の様子をただ唖然と見ていることしか出来ず、央玲の強力な法術を前に立ち尽くす。


「お前達は獣の餌になるのと、この大地の肥やしになるのと、どちらが好みだ?」


 腰に下げた剣を引き抜いて央玲は首を傾げた。













『ぎゃあぁぁぁぁ!』


 遠くから悲鳴と地鳴りのような音が聞こえ、藤李か身を竦ませた。


「暴れてるな……」


 後ろを振り返れば追手はおらず、見事に全員が央玲に足を取られたようである。


 いつもは穏やかな兄がたまに見せる怖い一面に藤李も身震いした。


 どの規模で荒れるか分からないのでできるだけ遠くまで離れよう。


 しかし、一難去ったはずなのに、いやに胸が騒ぐ。


 どくんどくんと大きく脈打つ心臓を落ち着けようと呼吸を繰り返しながら、辺りを警戒する。


 とにかく、ここから離れなきゃ。


 央玲の法術は地形に与える影響が大きく、酷いと地盤沈下やがけ崩れを引き起こす原因になる。


 近くにいると巻き込まれるかもしれない。


 そう思い、藤李はなるべく道から外れないように走る。


 誰かにこのことを知らせなければ。

 もうすぐ王都に入る。この森を抜ければ検問所があるのでそこを目指そう。

 すると、背後から人の気配がして振り返ると数人の男達が藤李を追いかけて来た。


「げっ」


 央玲から逃れてきた男達のようだ。

 よくあの兄から逃げられたものだと感心したが、そんな場合ではない。

 藤李は必死に脚を動かして山道を走り、男達から逃げ回る。


 逃げないと。


 恐怖と焦燥感に駆られ、緊張して足の動きが悪いと感じる。


 普段はもっと早く走れるのに、このままじゃ捕まる!


「きゃぁっ」


 不安を抱えながら走っていると余計、脚が遅くなり、急な下り坂で足がもつれて転倒してしまった。


 身体を地面に打ち付け、痛みを堪える。

 立ち上がろうとしたその時、人の気配をすぐそばに感じた。


「つかまーえた」


 その声に藤李は振り返り、何とか立ち上がる。


 男は三人と多くはないが、これだけ距離を詰まられると走って逃げ切るのは体力的にも難しい。


「何のために私を狙う? 誰の差し金だ?」


 藤李は精一杯威嚇しながら男達に問う。


「あんた、人のモンに手ぇ出したんだろ?」

「は?」


 人のものに手を出した? 何の話?


 唐突な男の言葉に藤李は首を傾げる。

 しかし、思い当たる節もある。


 芙陽姫か……。


 思い当たるのは彼女ぐらいだ。


 真誠の件は藤李に対して相当腹を立てていた。


「懲らしめてやれって言われてるんだ」


 そう言って男達は気持ちの悪い笑みを浮かべて藤李を取り囲む。


「まさかこんな別嬪だとは思わなかったな」

「これなら取られても納得だ」

「だが、相手が悪かったなぁ、嬢ちゃん」


 気色の悪い視線が身体に纏わりつき、背筋がぞっとする。

 そして男の腕が藤李向かって伸びてくる。


 嫌だ……どうしよう……。


 恐怖で身体が凍ったように動かない。


 相手を睨みつけるのが精一杯で身体も震えて声も出ない。


 捕まる!


 ぎゅっと双眸をきつく閉じた瞬間、バチっと何かが弾けるような音がした。


「ぎゃあぁぁぁぁ!」

「何だ⁉」

「どうなってる⁉ 法力はないんじゃなかったのか⁉」


 大きな悲鳴がそばで上がり、悲痛な声が森の中に響き渡る。

 藤李に触れようとした男の手が爛れ、肉の焦げた匂いがした。


『君への害悪は全て跳ね返す』


 その時、真誠の声が頭の中で強く響いた。


「この女ァ! よくも!」


 逆上した男が刃物を大きく振り上げた。


 しかし、藤李と男の間に人影が割り込んで、振り下ろされた刃を受け止める。

 その意外な人物の姿に藤李は目を丸くした。


「鈴さん⁉」


 そこに現れたのは仕事で王都へ向かったはずの鈴羽だった。

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