第49話 既視感

 藤李と央玲は馬車に揺られて王都への帰路についていた。

 早朝に駿家の者達に見送られる形で町を出て、もうじき王都へと入る。


「何だか、嫌な感じがする」


 藤李は何だか落ち着かない気持ちを央玲に伝える。


 穏やかな山道ではあるが、人気が少なく、動物が多いこの道はいつも生き物達の気配に溢れている。鳥の囀り、羽ばたく音、風が木の葉を揺らす音、人気はなくとも、生命の息遣いを感じることができた。


 しかし、今は不気味なほど静かで、聞こえるのは馬車の音だけだ。


「心配するな。俺がいる。それに、お前には白尚書の守印がある」


 藤李は守印が刻まれた場所に服の上からそっと触れた。


 そうすることで、少しだけ心が落ち着く。

 心なしか印のある場所が温かく、離れた場所にいる真誠と繋がっているような気がして心強い。


「疲れてるからか、気弱になっているみたい」


 ここ数日で色々な出来事が起こりすぎて自分は疲労を感じているに違いないと言い聞かせる。


 でも不安は完全に拭うことが出来ない。


 何だか、以前にもこんなことがあったような気がする。

 経験はないはずなのに、森の中を何かから逃げる自分が記憶の中に存在する。


 その記憶の中でも、最初は馬車に乗っていたのではなかっただろうか?

 兄と二人で、こんな風に山中を移動していたのではなかったか?


 既視感に胸が騒ぎ、落ち着かなくなり、不安が込み上げてきた。


 胸に刻まれた守印を押さえ、どうにか不安な気持ちを押し殺そうと努める。


「藤李? 顔色が悪いぞ、大丈夫か?」

「うん……気分は良くないかも」

「少し馬車を停めるか? この馬車は揺れるから」

「ダメ! このまま進んで!」


 藤李を気遣い、馬車を停めようとする央玲に言う。


「早くこの場所から離れないと……」


 少しでも早くこの森を抜けたい、ここにいたくない、と思わせられた。


「どういうことだ?」


 央玲の言葉に明確な答えは用意出来ない。


「自分でも分からない……けど……うっ」


 ズキっと頭に痛みを覚える。


 額を押さえ、痛みに耐えるようにきつく目を閉じると瞼の裏に浮かび上がるのはあの夢と同じ血に濡れた誰かの姿だ。


 これは誰? 私じゃない。


 いつも見る夢は自分が血まみれになって倒れている。


 だが、今見えているのは少し違う。

 誰かが倒れているのだ。


 藤李はその光景を目の前で見ている。


 倒れているのは誰? 央玲? いや、違う……もっとよく見て。


 しかし、目を凝らしてもそれ以上は見えない。そこでその光景は途絶えた。


「藤李、藤李」


 自分を呼ぶ央玲の声にはっと我に返る。

 その声には緊張が走り、気付くと馬車が勝手に止まっていた。


「嫌な予感、当たりみたいだ」


 その言葉にぞっと背筋が冷えた。

 外に複数の人の気配を感じる。

 不安と恐怖が一気に押し寄せて、身体が震えた。


 今までも危ない目に遭う度に潜り抜けてきた藤李だが、今日はいつものように何とかなる気がしない。


 その不安が震えとなって現れている。


「大丈夫だ、お前に俺と白尚書がいるからな」


 異常なほど怯える藤李の不安を和らげるように央玲は言う。

 央玲は背中に藤李を隠し、馬車の戸を睨みつけて剣を握りしめた。


 



 

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