第46話 央玲と真誠


「見苦しい所を見せたね」

「いや……呪印持ちはいつもどこかに敵がいるんだよな」


 藤李の声は無駄に通るのでよく聞こえたと央玲は苦笑する。


「……それは妹である藤李のことを言っているの?」


 その言葉に央玲には目を見開く。


「…………気付いてたのか?」

「詳しくは知らないけどね」



 顔を顰める央玲に真誠は言う。


 互いに目の前に置かれたお茶を無言で啜った。


「生まれた時から呪印があった。術者も分からず解呪の仕方も分からない。恨まれるようなことをあいつがした訳じゃないのにいつも、いつも、あいつばかり傷付く」


 どうしてやることも出来ない。

 藤李が傷付かないためにどうすればいいのか、そればかり考えた。


「だから、王族は彼女を隠しているの?」

「あぁ……あいつが理不尽に傷付くのは見たくないからな」


 真誠の言葉に央玲は頷く。


「それって逆効果なんじゃない?」


 脇息に肘をつき、もたれる真誠は央玲に言う。


「どういうことだ?」

「彼女に必要なのは理解者なんじゃない? 世間から隔離して隠して、それって彼女のためになる? 傷付くことはもちろんあるだろうね。でも、彼女はそこまで脆くない。気に入らなければ上司でも貴族でも噛みつくし、悪党にだって立ち向かう勇ましさもある。そんな彼女の良さを理解して寄り添ってくれる人間がいるはずなんだ。君達はその機会を長年に渡って奪い続けているんだから」


 悪党に立ち向かう勇ましさは捨ててもらいたいのが央玲と真誠共通の願いなのだが、互いにそれは知ることはない。


「君達が頑張って彼女を隠すほど、彼女は傷付くんだよ。君達が自分を呪印持ちだから世間から隠したいと考えている、そう勘違いしてね」


「そうじゃないっ!」


 央玲はがたんと椅子を蹴って立ち上がり、声を上げる。


「彼女はそう思っているよ。君達の前では言わないだろうけど」


 央玲はその言葉に衝撃を受けた。


「……藤李がそう言ったのか?」


 真誠の言う通り、怖いもの知らずで気が強い妹は身内にこそ弱音は吐かない。


 弱さを見せると央玲達がますます藤李を守ろうとするからだ。


 それに対して不満と鬱憤を感じていることに気付いていないわけではなかったが、それを他人に指摘されることに情けなさを覚える。


 兄である自分ですら聞いたことのない本音を打ち明けるほど、妹はこの男を信頼しているのだろうか。


 真誠は特に表情を変えず、無言のままだ。


 それが肯定なのだろう。

 央玲は自分の至らなさを不甲斐なく思う。


 これから藤李の境遇について考えなくてはならない。


「白尚書、あんた、そこまで知っていてよく藤李をこき使えるな」


 ふと、思ったことが口から出る。


 仮にも王族の姫だ。

 現在、この国で最も尊い血筋の女であることに違いない。


 そんな藤李を呼びつけてこき使うとはどういう了見だ。

 そもそもこの男、いつから藤李の正体に気付いていたんだ?

 他にも次々と疑問が沸き起こり、一度に解決は無理そうだ。


「陛下が直々に僕に寄越してくれた優秀な人材だからね。優秀な人材を腐らせるなんて馬鹿のすることだよ」


 顔を顰める央玲に真誠は答える。


「そっちこそ、彼女を心配する割に一緒に来なかったね」

「こっちも気になることがあったんだよ。どうにも……きな臭い奴がいる」


 央玲は湯呑を大きく傾けてお茶を飲みほした。


「とりあえず、藤李は連れて帰る」

「良いよ。馬車を入り口に横付けさせる」


 そう言って使用人に真誠は指示を出した。


「随分とあっさり返すんだな。まぁ、婚約者がいる男が女を泊めるのは相手に失礼だし、立場を利用していかがわしいことをされても困る」


「ここにいてくれれば何の心配もないんだけどね。僕はあの金貸しが気にいらない。気付いてるんじゃないの? あの金貸しこそ、彼女をそういう目で見てる」


 真誠は央玲に鋭い視線を向ける。


「薄々な。だが、あいつは藤李に危害は加えない。女に無理矢理手を上げるような奴じゃないからな」

「だといいけど……」


 央玲の言葉では真誠は納得していないようで表情は険しい。


 央玲はゆくゆくは鈴羽に藤李を嫁に、と思ったこともあった。それは止しておいた方が良さそうだ。


 九蘭で真誠に絡んだ一件で鈴羽は藤李の心を大きく傷付けた。

 呪印持ちの真誠を詰ることは同じく呪印を持つ藤李を傷つけることと同じだ。


 藤李を任せるには至らない。


 過保護な兄のせいで藤李の婚期が遅れていることに央玲は気付かない。


「信用し過ぎないことだね。彼女せいで狂った男を知っている。あの金貸しもそうなるかもしれない」


「な、え? おい、それ誰の話だ⁉ 藤李の近くにいるのか⁉」

「無理矢理手を出すようなことはないよ」


 真誠は立ち上がると、調度良く、馬車の準備が整ったと報告が入る。


『まだ話は終わってない』と喚く央玲を無視して真誠は藤李が眠る部屋へと向かった。

 

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