第43話 傷付いた虎達
「雪斗、君は子供達のところに行って」
現場についてすぐに真誠が命じたのは子供の治療と安全の確保だった。
白家が責任を持って親元へ返すという真誠の言葉に藤李は心がじんと温かくなる。
やはり、優しい人なのだ。
「ちょっと、ぼーっとしないでよ。危ないんだから」
尊敬の眼差しを送っていた部下に対してその言葉はどうなのか。
感動を返してほしい。
「もちろんです」
少し奥まで進むと、そこには大きな鉄製の檻がいくつもあり、その中で虎達が鎖に繋がれていた。五つの檻の中に一頭ずつ、拘束されている。
『グルルルウゥゥゥ』
喉を鳴らしてこちらを威嚇し、鎖を引き千切ろうとする虎もいれば、近づいても何も反応しない虎もいる。
「大人しい虎から始めよう。できるね?」
「はい」
真誠に付き添われ、比較的大人しい虎の檻の前に立つ。
そこで気になったのは檻の中に散乱する白い物体だ。
白い硬質な物体は所々が赤黒く、檻の床にも赤黒い物質が散っている。
それが何かを悟り、藤李はこの場所で行われていたことへの非道さに吐き気がした。
どの檻の中にも同じように白い物体がと赤黒いものが散乱している状態だ。
中にはとても細くて短く、小さなものもある。
小さい子供がこんなことで命を落としたと思うと、憤りと悔しさで眦に涙が浮かんでくる。
歯を食いしばり、零れそうになる嗚咽を必死に堪えていると突然、視界が覆われた。
「よそ見しないでよ」
いつもと変わらない口調で真誠は言う。
いつもなら腹立たしいと思う言い方だが、今は彼の声と背中に感じる温もり、少しだけ甘い香りが藤李の気持ちを和らげる。
背後から藤李を抱きこむように、目の前の光景を衣の袖で覆い隠した。
「君が見なきゃいけないのは法力石だよ」
「分かってます」
それ以外の余計なものは見るな、と言って真誠は藤李を解放する。
一度、袖で目元を擦り、藤李は自分を奮い立たせる。
早く、この子達を解放してあげなきゃ。
虎の檻の前に進み出て、虎の首輪に付けられた法力石に手をかざし、力を籠めればあっけなく法力石は砕け散る。
藤李は続けて法力石を破壊し、その度に身体の怠さと眩暈に襲われた。
ふらつく足に力を込めて何とか自立し、次の虎へと対峙する。
虎も疲弊しているのか、意識はあっても藤李達を襲おうとする気配はない。
「大丈夫?」
真誠の言葉に藤李は頷く以外の選択肢がない。
あと、檻は一つ……。
藤李は最後の一頭に視線を奪われる。
どの虎よりも毛が汚れ、乱れており、あちこちに傷がある。特に目立つのは耳から顔にかけての刃物で切りつけたような傷と、背中にある火傷のような赤い爛れだ。
「酷い……」
きっと、捕まる時に必死にもがいて抵抗した痕だろう。
痛々しい姿に藤李は眉を顰めた。
酷いことをする。
首に繋がれた鎖に嵌められたのは法力石だ。
黒く濁った法力石は他の虎に付けられたものよりも大きい。
暴れ出す様子もなく、今は大人しそうだ。
藤李はその虎が入れられた恐る恐る近づいていく。
そして藤李が傷だらけの虎の檻の前に立った時だ。
『ガアルルルルル』
突然、今まで大人しかった虎達が唸り声を上げ、檻を壊さんばかりの勢いで暴れ始めたのだ。
あちこちで鎖が擦れる音や、檻が体当たりによって軋む音が上がり、藤李も身を竦ませる。
しかし、目の前の虎だけは大人しく、その大きな瞳には生気がない。
するとけたたましい音が響き、その方向へ視線を向けると虎が一頭、檻を壊して出てきてしまった。
「二人とも逃げて下さい!」
緊迫した獏斗の声が離れた所から叫ばれる。
虎は白い牙を剝き出しにして唸り声を上げながら藤李と真誠ににじり寄る。
「こっちに」
真誠が藤李を引き寄せて庇うように立つ。
「尚書、お願いです、殺さないで」
人間の身勝手で捕まり、傷付いた子達だ。
ここでその命を奪うようなことはしたくない。
藤李は真誠の腕にしがみついて懇願する。
視線だけをこちらに向けて、真誠は溜息をついた。
「毎回、言うことが変わらないね、君は」
「は?」
その言葉の意味を理解しかね疑問の声が漏れる。
どういう意味だろうか。
しかし、真誠は答えない。
虎が助走をつけてこちらに向かって走り出し、瞬く間に距離が詰まる。
すると、飛び掛かるために跳躍した虎に何かが横からぶつかった。
ダンっと地面を踏みしめる音がしてその正体に藤李は目を丸くした。
藤李と真誠の目の前に躍り出て、向かってくる虎に体当たりをしたのは同じく虎だった。
「グルルル」
こちらに背を向けて、他の虎達を威嚇する。
威嚇すると他の虎達は一歩下がり、牙と爪を収めた。
「あ……あなた、もしかして!」
その虎に見覚えがあった藤李は驚嘆の声を上げる。
くるっと振り向いた虎にはうっすらと額に傷痕が残っている。
傷は塞がったが痕が残ってしまっていた。
「ちょっと、前に出ないで」
警戒心から強い口調で藤李に注意するが真誠を無視して虎が藤李にすり寄ってくる。
「かわいいっ!」
頭をすりすりと藤李の足に擦り付けて喉を鳴らす姿は猫と変わらない。
もふもふとした毛を撫でまわし、目を細める虎の愛嬌に藤李は胸がきゅんとしてしまう。
「ちょっと!」
「ぐえっ」
服の襟を掴まれて虎から引き剝がされ、首が閉まる。
「猫じゃないんだよ⁉」
「大丈夫です! 尚書(の守印)が守ってくれるんですよね⁉」
藤李があたかも上司を絶対的に信頼しているかのような主張をすると真誠は険しい表情を一瞬だけ緩めてぐっと何かを堪えるように押し黙る。
「ごめんね、痕、残っちゃった」
虎の前に屈みこんで藤李は言う。
藤李の力では傷跡までは治せなかったようだ。
雪斗は藤李の足を傷跡なく治してくれたのに、自分にはそれが出来ないことが歯がゆく思う。
傷痕をそっと撫でると虎はくすぐったそうな仕草を見せる。
そして藤李の背中を未だに檻の中にいる虎に向かって押し出す。
檻の中の虎をしきりに気にしている。
「すぐに助けてあげるから、待っていて」
藤李は檻の中にいる傷だらけの虎に意識を集中させる。
力を使おうと手をかざすが、どうにも頭がクラクラする。
「人間が酷いことをしてごめんなさい」
金儲けや人を貶めるために子供を攫い餌をして虎を捕まえるなんて正気の沙汰ではない。
多くの同胞を人に殺され、植え付けられた恨みや恐怖はきっと消えないだろう。
命の尊さを忘れた人間はとても愚かだ。
生きるためだけに狩りをする彼らは決して無駄な殺生はしない。
命を繋ぐことの意味を彼らは人間よりも理解している。
「愚かな人間にこれ以上仲間を傷つけさせはしないと私が約束します」
藤李は傷だらけになった虎に宣言し、法力を放つ。
すると、大きな法力石が音を立てて砕け散り、今までこちらに見向きもしなかった虎が藤李を視界に収めた。
「えっ⁉」
大きな声を上げて藤李は激しく動揺する。
虎に変化が起こったのだ。
「しょ、尚書これは……」
戸惑う藤李だが真誠は至って冷静だ。
大きな瞳は黒から晴天を思わせる青色へ黄色い毛は純白へと変化し、藤李達を驚かせる。
「神獣か」
真誠は呟くように言う。
目の前に現れたのはただの虎ではなく白虎だ。
伝承でしか聞いたことのない白い虎である。
そして虎が藤李に向かって一歩足を踏み出すとその場所を中心に光の波紋が広がり、藤李を飲み込んだ。
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