第41話 獏斗の想い

 藤李は獏斗と向かい合うように座って馬車に乗っていた。

 央玲は気になることがあると言って別行動になり、一緒にはいない。


 鈴羽も同様に別行動。


 朝、少しだけ言葉を交わしたが、どこかぎこちなくなってしまい、少しだけ気掛かりではある。


 しかし、それ以上に気になるのは真誠のことだ。


「尚書の様子はどう?」


 昨晩、目の前で血を吐かれたのだ。

 顔色も悪く、胸を押さえていたのを見れば、ただ事ではないことは分かる。


「いつもと変わらないどころか、悪くないと言っていました。普段は死ぬほど寝起きが悪いんですけど」


 普段の真誠の様子を知ってしまい、藤李は苦笑する。


 確かに寝起きの機嫌はとても悪そうだ。



「……血を吐くのはよくあることなの?」

「いいえ、血を吐くなんて初めてですよ」


 その言葉に藤李は俯く。


「…………もしかして、私に守印を刻んだからかしら」


 藤李に守印を刻んだ直後の出来事だった。

 もしかしたら、それが身体に障ったのではないだろうか。

 責任を感じ、藤李は眉根を寄せて膝の上につくった拳をきつく握りしめる。


「守印……あの人が……貴女に?」


 目を丸くする獏斗に藤李は頷く。

 するとキョロキョロと藤李の手元に視線をくべる。


「どうかした?」

「え、いや……どこにあるのかなと。あの人が俺と雪斗以外に守印を刻むなんて初めてで」


 そう言って獏斗は自身の右手の平を藤李に見せた。

 藤李のものよりも少し小さい赤い花が咲いている。


「俺はそこそこの法力があるから、そんなに必要ないんだけど。でも、『従者の管理は主の仕事でしょ』って言って刻んでくれたんだ」


 獏斗の表情は嬉々としていて、誇らしげだ。


「俺達は木蓮様の弟の子供なんだ。両親は幼い頃に病死して、真誠様の世話係として本家に引き取られた。俺達の両親は一族の反対を押し切って結婚したから助けてくれる人が他にいなくてさ」


 引き取られてからしばらくは肩身が狭い思いをしていたと言う。


「雪斗は貴重な治癒術が使えたけど、俺は特別な力はなかったから、言われたことを一生懸命にこなすぐらいしか出来なくて。雪斗はともかく、俺はここから追い出されたら生きていけないって、幼心に理解してたから必死だった」


 過去を振り返る獏斗に悲しみの色はない。


「最初は雪斗だけだったんだ。あいつは凄い治療師だけど戦闘向きではないし、治療師は貴重で狙われやすいから雪斗は小さい頃から真誠様の守印があった。それが少し羨ましかったから凄く嬉しかったんだよ」


 俺の方が雪斗よりも働いているし、尽くしているのに、雪斗ばかり大事にされていて不満だったと獏斗は語る。


「俺が羨ましがっているのに気付いてたんだろうな。これを刻まれてから、雪斗に対する劣等感みたいなものもなくなったよ」


 その話を聞いて藤李はほっとする。


 獏斗の言葉は真誠に対する感謝の気持ちで溢れていた。


 真誠は人をよく見ている。

 だから仕事の采配も上手いし、誰にどれだけの量の仕事を任せても大丈夫か瞬時に判断できる。


 疲れている人には多くを任せ過ぎないし、任せきれない量は自分が負担するような人だ。


 口は悪いが優しさもちゃんとある人なのだ。


 だから目の前の獏斗はこんなにも嬉しそうに寂しい過去を語ることができる。

 真誠が獏斗の心を救ったからだ。


「守印は呪印と同じく術者の力を大きく削ぐ。既に呪印のあるあの人の身体には確かに負担だ」


 既に雪斗と獏斗を自身を削って守っている。そこに藤李が加われば当然、負担になる。


「それでも、あの人は貴女に守印を付けたかったんだから、守印を増やしたあの人の自業自得だろ。あんまり気にしなくていいよ」


 明るく言うが気になって当然だ。


 そんな身を削るようなことを、藤李は望んでいない。

 藤李は真誠の負担になりたくない。お荷物だと思われたくないのだから。


「守印はどこに?」


訪ねてきた獏斗に服の上から守印のある場所を指す。


「ここ」


 鎖骨の下を指し示すと獏斗は目を点にする。


「やっぱり……そうか……」


 諦めたような、納得したような声で獏斗は項垂れる。

 しかしすぐに姿勢を正して藤李に向き直った。


「頼みがあるんだ」


 真剣な声色で言う獏斗に藤李は首を傾げる。


「頼み?」


 真摯な眼差しで藤李と見つめる獏斗との間に緊張が走った。


「このままでは真誠様は何者かによって命を落とす」


 衝撃的な発言に藤李は目を剥いて絶句する。


「ちょっと、待って! どういうこと⁉」


 急に一体、何の話をしているのか。


「尚書が……殺されるって、そんな……」


 藤李は勢いに任せて身を乗り出して獏斗を問い詰める。


 何の冗談だ。

 尚書が死ぬなんて考えられない。

 あの口の悪い上司が命を落とすなんて……。

 俄かに信じがたい。


 しかし、獏斗は真剣でとても冗談には思えない。


「全部話す。だから俺達に協力してくれないか?」


 その言葉を聞いた瞬間、ズキっと強い痛みが頭を揺らした。


『そばにいるよ』


 突如、優しい声音が頭の中に響く。


 脳裏に浮かぶのは男性の姿だ。

 衣にはべったりと血が染み、藤李を見下ろしている。


 時折見る、あの夢だ。

 この人は一体、誰なのか。目を凝らしても、顔は見えない。


「藤李さん」


 獏斗の声ではっと我に返った藤李は獏斗の話に集中する。


「分かった。私にできることなら」


 今は夢なんてどうでもいい。

 尚書の命が掛かってるんだから。

 

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