第38話 噂と事実
「触るな!」
ガタンっと物音がしたと思ったら鈴羽の怒声が響き、藤李から引き剥がすように真誠の胸倉を掴む。
「おい、止めろ! 鈴!」
央玲が窘めるが鈴羽はその声に見向きもせず、ひたすら真誠を睨み付けている。
「あんた、どうしてそこまで彼女に構う? 自分の立場を利用して彼女を邪な感情の捌け口にしようとしてるんじゃないだろうな?」
「勘違いしないでくれる? 僕は使い勝手のいい小間使いを失いたくないだけだよ。女の代わりなんていくらでもいるけど優秀な付き人はそういない。貴重な人材なんだ。怪我でもされて仕事に支障が出るようでは困るからね」
胸倉を掴まれたまま、落ち着いた口調で真誠は答える。
藤李に求めているのは小間使いとして能力であり、それ以上はないと言う。
「口ではいくらでも言えるからな」
「鈴さん! 止めて下さい、失礼ですよ!」
藤李も口を挟まずにはいられない。
今まで見たことのないほど熱くなっている鈴羽に藤李は危機感を覚えた。
このままではいずれとんでもない発言をしてしまいそうな気がしてならない。
「あんた、呪われてるんだろ?」
その言葉に藤李はどきりと心臓が跳ねた。
背中に冷たいものが走り抜け、身体固まる。
まるで自分のことを言われているみたいだ。
鈴羽から感じるのは激しい嫌悪だ。
鈴羽は藤李の正体を知っている。勿論、呪印があることも。
けれども、いくら藤李に優しく接してくれていても心の中では呪印持ちであることを嫌悪し、詰っていたのあろうか。
そう思うと今まで自分に向けられていた鈴羽の笑顔や優しさが全て嘘に思えて胸が痛くなる。
「近づけば不幸が移り、ろくな死に方をしないとか。祟るのも得意なんだろ? そんな奴の側に彼女を置いておけるかよ」
「鈴、よせ」
央玲の制止も鈴羽には効果がないらしい。
「陛下も何故そんな奴を城においておくのか理解出来ない」
それを、私の前で言うのか。
ただの噂だ。何の確証もないただの噂でしかない。
藤李の呪印が藤李に何も害を及ぼさないように、尚書だってそうかもしれないのに。
心の中で悲しさと憤りが膨れ上がり、身体が小刻みに震える。
「呪いを持つような奴に! 彼女を任せるなんてっ……」
「止めなさい!」
藤李の悲鳴にも思える声が空間を裂く。
「駿鈴羽、いくら貴方であってもこれ以上、その方への無礼は許しません」
「だが、俺は……」
「手を離しなさい」
怒りの滲む声が鈴羽の言葉を飲み込み、青ざめた鈴羽はようやく真誠から手を離す。
「彼女に免じて今日の所は酒の勢いだと思って見逃してあげるよ」
そうして真誠がほくそ笑んだ時だ。
「ごほっ」
真誠の口から鮮血が飛び散る。
「尚書⁉」
「ごほ、ごほっ………大したことないよ」
膝を崩して椅子に掴まり、咳込み、胸を押さえる真誠に寄り添い、藤李は背中を擦った。
「尚書、尚書っ……どうしたんですかっ……い、医者を……」
急な事にどうして良いか分からなくなり、藤李は混乱する。
とりあえず動かなくてはと思ったら真誠に腕を掴まれた。
「平気だから騒がないで……ちょっと、何で泣いてるのさ」
真誠がどうにかなってしまうのではないかと怖くなり、眦に浮かんだ涙を見て真誠は苦笑する。
そして自分の力でゆっくりと立ち、羽織っていた外套の袖で口元を拭う。吐血した証拠に真っ白の布に赤い血液が擦れて付着する。
「汚れるよ」
身体を支えようと寄り添う藤李に真誠は言う。
「そんなこと言ってる場合ですかっ」
「それに、僕に近寄ると呪いが移るらしいからね」
鈴羽に言われたことを反復する。
「だったら戸部は死人だらけですね。死人はあんなに必死に働いてはくれませんよ。それに呪いが移るならとっくに移ってます。もう手遅れだと思いますので近くにいても問題ないです」
藤李の言葉に真誠は目を見開いて、その後苦笑する。
諦めているような表情で真誠は溜め息をつく。
きっと、今までも同じような言葉の刃と視線で傷付けられてきたに違いない。
それを思うと藤李は胸を締め付けられた。
「確かに僕には呪印があるよ。人も呪っている。これはその代償だろうね」
その言葉に央玲と鈴羽は分かりやすく顔を顰める。
藤李もその発言には驚く。
「貴方は無意味にそんなことする人じゃありません。相手がよっぽどのことをしたんでしょうね」
「……怖くないの?」
「誰それ構わず人を呪う人であれば怖いでしょうね。でも、貴方はそういうのとは違いますから」
正直、呪詛を使う側の人だったことはかなり驚きだ。
呪術は法力があるなら誰でもできるものではない。
彼の法力は強力で、呪術に適正があるのであれば国一の呪術師かも知れない。
怒りを買えば呪われる、というのはあながち嘘ではないかも。
でもこの人は嫌味は言うが人に対して当たり散らしたり、暴力を振るったり、感情的になる人ではない。
「どうしました? 大丈夫ですか?」
真誠は藤李の瞳をじっと見つめて何か言いたげな様子だ。
「……先に失礼するよ」
見送りは要らないと言って真誠は部屋を出る。
いつもと変わらない様子に藤李は酷く不安にりながら真誠の背中を見送った。
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