第36話 尋問と盾にとられた『信用』の二文字
藤李は自分が瑠庵の回し者であること、瑠庵に命じられて戸部で働くことになったことを認めた。
尋問だわ……。
「何の目的で?」
「あの人の真意なんて分かりませんよ」
藤李は答えられることだけを正直に答えた。
分からないことは分からないと居直るしかない。
「紫央玲との関係は?」
「言えません」
さっきから執拗に訊ねて来るのは央玲との関係だ。
自分が王族だと知れれば色々面倒なことが起きかねない。
『呪印持ちの姫』と藤李は幼い頃から嫌悪と嘲笑、噂話の的だった。
親兄弟が受け入れてくれているからまだ救いはあったけれど、侍女や乳母ですら藤李を避けた。そして家族ですら藤李を世間から隠したがっている。
自分が呪印持ちの姫だと知ったら目の前の男も同じように藤李を避けるに違いない。
面倒事が起こるというより、この人に知られたくないと言った方が正しい。
せっかく仕事を覚えて、役に立てるようになってきたのに、ここでこの人や戸部のみんなに避けられるようなことになったら精神的に苦しい。
言いたくない。でも、嘘はつきたくない。
「納得できるように答えてと言ったはずだけど」
つまりは藤李の答えが不満だということだ。
「言えないものは言えません。でもこれだけは言えます」
藤李は真誠の瞳を見つめて告げる。
「央玲とは恋人でもなければ肉体関係もありませんので!」
兄妹だと言ってしまいたい……そうすればすぐに疑いは晴れるのに。
藤李は溜め息をつく。
もうこれで納得してもらえなければ諦めるしかないのではと思う。
「本当に強情だね」
そう言いながら真誠が藤李の方ににじり寄って来る。
「ちょっ、来ないで下さい!」
力の入らない足腰が憎らしい。
あっという間に距離を詰められ腰に回った腕が藤李を引き寄せる。
「尚書、もう勘弁して下さい!」
お願いだからもう許してくれ。
密着した身体を押し返そうとするがびくともしない。
普段机仕事しかしてないくせに、意外にも身体は逞しいとかズル過ぎる。
「ここはそういう店だからね。せっかく来てあげたんだから、客を楽しませなよ」
「呼んでませんし、私は妓女ではありませんっ」
藤李が言うと、控えめに扉が叩かれる。
「失礼致します、お客様。お酒をお持ちしました」
呂花の声がする。
真誠の影にいる藤李には呂花の姿が見えないが酒を持って入って来たようだ。
扉の向こうには煌びやかに着飾った妓女達が部屋に入りたそうにこちらを窺っている。
天からの救済だ。
外套を頭から被っているのに美丈夫の金持ちが入店したことは伝わってしまったらしい。
丁度いいのでこのままあちらの女の子達と交代をお願いしたい。
「お構いもせず申し訳ありませんでした。他の子も連れて参りましたので」
「頼んでないけど」
真誠が呂花に冷たい声で言う。
「ですが……その子だけでは……」
はっきりとした拒絶の言葉に呂花が言い澱むと真誠はグイっと藤李を前に押し出す。
「うわっ」
いきなり背中を押されて前のめりになる。
「えっ……⁉」
呂花が目を剥いて絶句する。
そういえば、藤李は着替えてから呂花に会っていないのだ。
藤李の顔を見たのは世話をしてくれた夏葉だけかもしれない。
きっと藤李の変わりように驚いているのだろう。
真誠は藤李の髪を撫でて指に黒い髪を絡ませて弄ぶ。
「満足してるから他は要らない」
そう言って真誠が懐から小さい巾着を呂花に向かって投げる。
ぼすっと重たい音を立てて呂花の手に落ちた。
呂花は巾着を開いて目を丸くしてきつく巾着の紐を結び直した。
「出てって」
「ごゆっくり」
にっこりと満面の笑みを真誠に向ける。
「え、ちょっと……まっ……」
待ってください、と言おうとすると呂花と視線がぶつかる。
ぱちんっと呂花は片目を瞑って見せた。
そして扉の前で今か今かと待つ妓女達を連れて引き上げて行った。
そんな馬鹿な……。
他の女の子に押し付けようと思っていたのに……。
「それじゃあ、話しの続きをしようか」
そう言って真誠は藤李の耳元で囁く。
「ち、近いですって! 話なら離れても出来ます! 逃げたりしませんし!」
顔を真っ赤にして訴えるが真誠はじっと藤李の目を見て言う。
「君は嘘つきだからね。信じられない」
「大丈夫です! 逃げませんから!」
真誠の腕の中で身じろぎしながら懸命に訴える。
「なら、証拠を見せて」
その言葉に藤李は唖然とする。
「証拠……ですか?」
いや、どうやって?
藤李は困惑する。
嘘をつかない証拠を見せろってこと?
難易度が高すぎる。
子供のようなことを言わないでもらいたい。
「証拠でなければ誓いでもいいよ」
「誓い?」
「そう。そうでなければ信じられない。せっかく仕事を任せても良いと思える小間使いが出来たのに、こんなに嘘ばかりつくような子では信用して任せられないでしょ」
こんな所で正論と仕事の話を持ってくるなんてズルではないか。
「た、確かに……」
「僕だって優秀な小間使いを失いたくないよ。ずっと君みたいな子が欲しかったんだから」
「えっ」
今、優秀って言った? 仕事を任せても良いと思ってるって?
普段から嫌味しか言われてない藤李にはとてつもなく甘い飴だった。
嬉しさで胸が一杯になる。
「でも嘘つきな子は困るよ」
「うっ」
その一言は藤李の胸に刺さる。
上司の信用が掛かっている……!
「わ、分かりました! でも……具体的にはどうすれば良いですか?」
ここまで歯を食いしばり上司のしごきに耐えてきた。
頑張ってきたことが実を結ぶ気がする。ここで築き上げた信頼を失いたくない。
藤李の言葉に真誠は頷く。
「そうだね、具体的には……」
真誠が藤李の瞳を覗き込む。
「具体的には?」
藤李は問いを重ねる。
微かに真誠の唇が動いた時だ。
「藤李!」
大きな声と共に部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
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