第27話 そして誤解が生まれていく

 獏斗は早足で廊下を進み、癇癪を起しているであろう芙陽と真誠の元へ向かった。


 嫌な予感がする。


 芙陽についたその場しのぎの嘘、それが真誠に伝わったらマズいことになりそうな気がした。


 話し合いでの真誠の様子から彼は藤李に対して何かしらの感情を抱いている。

 藤李と一緒にいた男達を牽制したくなるほどの感情である。


 もしも獏斗と藤李が恋人である、などと芙陽の口から語られて真誠の耳に入ればややこしいことになりそうだ。


 二人の会話の話題になっていないことを祈る。


 白き竜神と白家の守り神、白虎よ、どうか俺を守り給え。


 危機に陥った時に必ず念じるお決まりの台詞を心の中で獏斗は唱えた。

 芙陽の部屋に続く廊下に差し掛かると獏斗は自分の存在を気取られないように忍び足に変えて少しずつ進んで行く。


 あの角を曲がって突き当りが芙陽のいる部屋だ。


「おい、獏斗」

「ひいっ」


 その声にビクッと身体が跳ね、小さく悲鳴を上げた。

 振り向くとそこにいたのは雪斗である。


「何だ、お前か……」


 現れた弟の姿にほっと胸を撫で下ろす。


「何だじゃないよ。芙陽姫の部屋から戻った真誠様が凄い剣幕で邸内を歩き回ってるんだ。何かを探してるみたいに見えるんだが、何か知らないか?」


 それ、俺じゃないよな……? 俺のことじゃないよな⁉


 さぁーと血の気が引き、獏斗は身体を震わす。


「何を探しているのか聞いても答えないんだよ。どうしたもんか」


 何か亡くしたのか? と雪斗が呟き、頭を掻く。


 そして獏斗はピンときた。


「あ! そう言えば藤李さんがここで法力石を亡くしたって言ってた」


 腕に付けていた法力石を虎騒ぎの中で失くしたと言っていたのを思い出す。


「あぁ、もしかして自分が見つけて渡してあげたいとか?」


 雪斗の言葉に獏斗は『それだ!』と表情を明るくする。


 髪紐を贈ったことを知らしめて男を牽制する真誠だ。


 藤李が失くした法力石を自分が見つけて手渡し、藤李から感謝されている場面を見せ付けようとしているのかも知れない。


 なんて回りくどいんだ。


 しかし、今日の牽制に加えて藤李からの感謝と笑顔は男達にとっても心に嫌な方へ響くだろう。


 獏斗はその回りくどさに感心する。流石、戸部の白蛇だ。

 なんだかその回りくどさに粘着質な何かを感じる。


「だけど、落としたのは森の中だと言っていた気がするな」

「どこで失くしたか知らないんじゃないのか?」

「そうかも知れないな……よし」


 主のために人肌脱ぐことにしよう。


 獏斗は意気込んで腕を捲る。


「雪斗、俺は森で藤李さんの法力石を探して来るから、後は頼んだ」

「え、一人じゃ危ないだろ。俺は行かないけど」


 白家随一の治療師であるが雪斗はこういった雑用には向いていない。

 自分の身を守るための法術があまり得意ではないからだ。


「お前に怪我されても困るかな。中の仕事してくれ」


 できればそれもやりたくない、と顔に書いてあるがそこは強引に押し付ける。


「真誠様のためだ」


 大事な法力石を真誠が見つけたとなれば藤李の中の真誠の株もうなぎ上りとはいかなくとも多少は上がるだろう。


 主に花を持たせてあげる俺。めっちゃ主想いの良い従者!


「……分かったよ。気を付けて行けよ」


 しぶしぶと仕事を引き受けてもらい、獏斗は燭台を手にする。


「あぁ! 頼んだからな!」


 全く勘違いなのだが獏斗は主のために意気揚々と暗い森の中へと進んで行った。




 




 獏斗が森に入る頃、真誠は自室の扉に寄り掛かり左胸を抑えていた。


「何なの、一体……」


 芙陽の部屋を出てからというもの、左胸に刺すような痛みが止まらない。


 最初は違和感を覚える程度だったのに獏斗を探して歩き回るうちにだんだんと痛みは増して、まるで握り潰されそうな圧迫感と痛みに息が苦しくなる。


 真誠は服を脱ぎ、左胸に刻まれた呪印を確かめた。


 すると呪印が熱を持っている。


 黒い花が心臓に根を生やし、心臓から外に向かって広がろうと蔓のようなものを伸ばしている。


 左胸に咲いた花が肌の下にある心臓を刺しているかのような痛みに息苦しさと眩暈を覚えた。


 そしてズキズキと頭まで痛みだす。


「うっ……」


 頭を押さえて前のめりに膝を着き、倒れ込む。


 何なの、この痛み……今までこんなことなかったのに。


 今まで呪印は真誠の胸にあるだけでこのように激しい痛みを引き起こしたことはない。

 だが、今は違う。

 熱を持ち、心臓から何かを求めるように蔓を伸ばして成長している。


 獏斗を探している場合じゃない。


 真誠はふらふらとした足取りで寝室の寝台へと倒れ込み、胸を押さえて少しでも苦しみから逃れようともがく。


 ズキズキと痛む頭の中に何かが浮かんだ。


 何?


 女が倒れている。

 胸を刺されて出血が止まらない。


 今にも死にそうな女がこちらを見て微笑んでいる。


 死にかけているくせに笑うなんて不気味過ぎる。


 そう思うのに何故、こんなに胸が締め付けられるのだろうか。

 脳裏に浮かぶ光景に既視感を覚え、真誠は戸惑う。


 一体、何なの?


 浮かぶ疑問に答えてくれる者はおらず、増していくだけの痛みに耐えかねて真誠は意識を投げ出した。




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