第25話 話し合いの後で
話し合いが落ち着いたのは夕方だった。
夕暮れも近づき、今夜は泊まるよう勧める木蓮だったが、婚約者がいる場所に他人が居座る訳にはいかないと言い、明日に約束を取り付けて藤李は鈴羽と央玲と共に邸を後にした。
どういうことなんだ……?
獏斗は一人混乱していた。
真誠が髪紐を贈った女性は目の前にいた藤李だと言うのだ。
藤李が頑なに女性について教えてくれなかったのはこれが理由だったのだと思うと納得である。
しかし、彼女は真誠に興味も関心もないと言った。
そして紫央玲に大切にされているとも。
実際、央玲は藤李を心配してこの邸まで駆けつけたわけだし、王都から白州へ連れて来るほど側に置いておきたい相手ということなのだろう。
だったら、主の気持ちはどうなる⁉
初めて自ら髪紐を贈った相手がまさかの王族の寵愛を受けているなど、分が悪すぎる。それも親密な間柄であると目の前で見せ付けられたわけだ。
しかも真誠は大人げなく対抗して自分も藤李に好意があると知らしめた。
男性が女性に簪や髪紐を贈るのは易しく言えば『好意がある』、強く言えば『自分のものにしたい』、どちらにしても色恋に関する意味合いがある。
いくら女性に関心の薄い真誠といえど知らないはずはない。
央玲に藤李との親密さを見せ付けられて、わざわざ髪紐を贈ったことを声を大にして伝え、髪紐を身に着けるように藤李に促すことまでしたのだ。
虫除け……確かに、虫除け……。
藤李に近付こうとする虫(男)除けには絶大な効果を発揮するに違いないが。
獏斗は乾いた笑みを浮かべ、脱力する。
「どうした、獏斗。顔が面白いぞ」
廊下をゆったりと歩く木蓮が獏斗の前で足を止める。
「いえ……その、藤李さんのことで……」
「あぁ、驚いたな。まさか髪紐を贈った相手が藤李だとは思わなかった」
愉快そうに目を細めて、楽しそうに木蓮は笑う。
「そなたが聞いた通り、紫央玲から大事にされているようだが、それが何か問題かえ?」
いや、問題ですよ。大問題です。
「これは妾の勘じゃが……あの二人は番ではないぞ」
「え⁉」
推測的な木蓮の言葉に獏斗は声を上げる。
「想い合う心は強いと見るが……男は藤李を手に入れることば出来ぬと諦めておる。むしろ危険なのは金貸しの方じゃ」
木蓮は断言する。
女の勘というヤツなのだろうか。
「あの金貸し、真誠が藤李に髪紐を贈ったと知るとあからさまに表情が変った」
実に面白い、と木蓮は娯楽に興じる者のようだ。
「面白がっている場合ではありませんよ。もしも彼女が『夢』の女性なら早くこちらが手に入れなければ」
獏斗は焦っていた。
自分達には時間がないのだ。
「百合が見た夢の話か……」
百合は法術を使い、過去と未来を見ることができる。
断片的な夢でしかないが、必ずその通りになるので夢といっても馬鹿に出来ない。
「何としても避けなければなりません」
獏斗は拳を強く握り締める、切ない表情を浮かべる。
「一刻も早く、夢で見た女性を探さなければ真誠様の命が危ないのですから」
木蓮は無言で窓の外に広がる茜色の空を見上げた。
「心配症じゃのう」
呑気な木蓮に獏斗はムッとする。
自分の息子の命が掛かっているというのに、何故こうも呑気でいられるのだろうか。
獏斗は『夢』の内容を知ってから一人だけ焦っている気がする。
もう少し真剣に考えて欲しい。
「あやつは大丈夫じゃ。妾と景誠の子ゆえ」
不敵な笑みを浮かべて木蓮は言う。
その確固たる自信はどこから来るのだろうか。
木蓮の調子に乗せられると獏斗は酷く疲れてしまう。
「それよりも……赤の姫が今夜泊めろと申してきた」
「げっ」
「仮にも婚約者じゃ。無下には出来ぬ」
嫌悪感を露わにして木蓮は息をつく。
どうせなら藤李に残って欲しかったと木蓮は小声で呟く。
この人は息子関係なく藤李を気に入ったようで、いずれは白家に迎える気満々でいる。
「では真誠様は?」
先ほどから姿が見えない主の所在を獏斗は訪ねる。
「今頃、赤の姫に当たり散らされているじゃろうな」
その言葉に獏斗は急ぎ真誠の元へ向かった。
獏斗が消えた廊下に佇み、茜色と瑠璃色の境を見つめながら木蓮は笑みを浮かべる。
我が愚息にようやく春が来た。間違いない。
相手が偶然にも気紛れに拾い招いた娘であったことには驚きを隠せないが。
「不思議な縁よ」
獏斗から真誠が女子に髪紐を贈ったと言われた時は目を剥いた。
あの人嫌いが自分からそんなことをするなど思ってもみなかった珍事だ。
呪印のせいで要らぬ噂を立てられ、散々嘲笑され、罵倒され、口惜しい思いをしてきただろう。そのくせ、あの人並外れた美貌を見れば大概の者達は欲を出す。
幼い頃から呪い子と忌み嫌われながらも色欲の対象として映るゆえに質が悪い。
神童として朝廷に上がった時はまだまだあどけない少年で、そこでも嫌がらせは相当受けたようだ。
泣きつけば可愛いものを、自尊心が無駄に高い真誠は親には決して弱音は吐かなかった。少年から青年になり、頭角を現すと嫌がらせはめっきり減ったが性格も口も悪く人嫌いになってしまった。
可愛げもなく、口も悪い真誠は人を寄せ付けない。
噂好きで自分を喰い物にしようとする女は特に嫌いだ。
なので木蓮は藤李を前にした息子の態度に驚きっぱなしだ。
当主室で獏斗に藤李を宛がおうと真誠に話した時も、獏斗本人の前で婚姻馬橋を出した時も自身で制御ができないほど感情が荒ぶった。
真誠が見せた初めての執着が女であったことに笑いが止まらない。
「愉快な夜じゃ。こんな良い夜に、何故そなたは側におらんのじゃ」
空に浮かんだ白い月に向かって木蓮は呟く。
「王都からも見えているかのう? 景誠」
木蓮は愛おしい夫の名前を呼び、扇を広げて緩む頬を隠した。
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