第24話 話し合い
藤李は央玲と鈴羽の間に挟まれ、向かいに座る真誠の顔色を窺いながら部屋の空気の悪さに耐えていた。
右からも左からも正面からも言葉にし難い圧を放っている。
ピリピリした空気に藤李は息を詰まらせていた。
「以上が私がここにいる理由です」
藤李は央玲と鈴羽に白家に来るまでの経緯と、虎に遭遇したこと、虎に法力石が埋め込まれていたこと、真誠に助けてもらったこと、治癒術を使って体調が万全でないことを説明した。
「何もないから良かったもの……って、おい。お前、俺の法力石はどうした?」
何もない左腕を掴んで央玲が言う。
「ごめん、どっか行った」
「法力石に足が生えて勝手に出てったみたいに言うな」
呆れた声で嘆息した央玲はガシガシと頭を掻く。
「一つじゃ足りないんだよ。俺のも持っててよ」
鈴羽の言葉に藤李は首を振る。
「鈴さんの法力石は私と相性悪いから使えない。気持ちだけもらっておきます」
そう言うと鈴羽は表情を硬くして見えない海に沈む。
法力石は術者と使用者の相性があり、相性が悪ければ使えない。
藤李は護身のために色んな人の法力石を試したが、相性が良いのは父と兄の法力石で同じ血縁でも母と弟の法力石とはあまり相性が良くないので使うと具合が悪くなってしまった。
誰の法力石でも所持できるわけではない。特に藤李は。
「で、君達はどういった経緯で彼女と一緒にいるわけ?」
真誠の言葉と共に鋭い視線を向けられる。
「妾も混ぜろ」
凛とした声が室内に響き、入室してきたのは木蓮だ。
「お久しぶりです、木蓮様」
鈴羽は一度立ち上がり木蓮に頭を下げる。
「金貸しが我が邸に出入りすれば要らぬ噂が立つ。早々に立ちされと言いたいが仕方があるまい」
木蓮のキツイ一言にも鈴羽は動じない。
椅子の中央に座していた真誠は渋々、脇に移動した。
「おや……これはこれは……王家の方が何用で白州に?」
扇の向こうで木蓮が訝し気に声を発する。
木蓮の視線は央玲に定められていた。
「……国王陛下の命により白州の聖域の調査に来ました」
央玲は本当は藤李が命じられた内容を木蓮と真誠に話始める。
藤李は王族だと貴族に周知されていないため、何を言っても信じてもらえないだろう。
こういう場合は央玲の機転に感謝する。
「聖域の調査を進めている過程で虎の密猟の噂を耳にした。そちらにとっても無関係な話じゃない。情報の共有を求める」
央玲の言葉に木蓮は頷く。
「ここ数年の間に虎の毛皮の流通が多いことは気にしておった。しかし、民の生活を脅かす害獣であれば駆除の対象になり得る故、深くは考えておらんかった」
「木蓮様の仰る通り、最近は虎の毛皮の流通が多い。多すぎる。俺達も大元を探しているがなかなか、手掛かりを掴めずにいたんだが……」
鈴羽は央玲と顔を合わせて頷き合う。
「どうにもきな臭い連中が明日の夕暮れ時に取引を行うらしい」
「場所は?」
「この町の高級妓楼、九蘭だ」
藤李の問いに央玲は答える。
この町で最も高級な妓女が集まる妓楼、『九蘭』。
客は高級官僚、高位の貴族がほとんどで下々の者では近寄ることも許されない国でも五本の指に入る高級妓楼だ。
「ほう、九蘭か……古い友がいる。協力しても良いぞ」
木蓮が楽しそうに目を細める。
「心強いですね。俺も知り合いがいる。明日、何とか入れるように頼もう」
「あんたは常連だろ」
央玲の言葉に鈴羽は気まずそうに頬を掻く。
「……じゃあ、玲と鈴さんは客として中に入りなよ。私は内側から入るから。木蓮様、厚かましいのは重々承知ですが、木蓮様のご友人に私を紹介して下さりませんか?」
「「「は⁉」」」
藤李の言葉に三人の男達の声が重なる。
驚く声の大きさに藤李も驚く。
「構わぬぞ」
「いや、待て! 何かあったらどうするつもりだ⁉」
央玲が藤李の肩を掴んで言う。
「別に客を取るわけじゃないんだから、大丈夫だって。客取る以外の仕事だって沢山あるの。私は掃除したり、片付けをしたり、料理を出したり、そういう小間使い的な役を志望してるだけよ」
そもそも妓女としてお見せできるような特技もない。
舞は尚書にダメ出しを喰らい過ぎて自信をなくしたし。
「時間は有限。四日後には王都に戻らなきゃならないんだから、効率良く動かないと時間も機会も失うでしょ。私なら大丈夫。何かされそうになったら股間を潰してでも逃げるから」
藤李の決意表明に男達は押し黙る。
そして藤李の妓楼潜入が決定した。
「ところで……不思議な組み合わせじゃな。何故、藤李を連れている? どういう関係じゃ?」
絶対に聞かれると分かっていたので答えは既に用意してある。
「小回りが利いて使い勝手がいいからですよ」
その答えには少しばかり不満だが致し方ない。
「……金貸しとは?」
真誠の言葉に藤李は答える。
「彼は昔からの知り合いです」
本当のことなので藤李は素直に答えた。
しかし、真誠は納得がいかないのか険しい表情を崩さない。
すると部屋の扉が開き、獏斗がお茶を運んできた。
「お茶をお持ちしました」
「ありがとう、獏斗」
穏やかな声が藤李の心を和ませる。藤李は獏斗に心から礼を言う。
扉の開閉により空気が入れ替わり、部屋の重苦しさが少しばかり緩和される気がした。
「真誠、そなたは藤李とどういう関係じゃ?」
『妾は聞いておらぬ』と言う木蓮のその一言に藤李はぎくりとして身体を強張らせる。
最も恐れていた質問が先端の鋭い矢のように放たれた。
藤李も真誠がどこまで気付いているか分からない。
どうしよう……小間使いの藤李が女だとバレたらもう戸部にはいられない。
小間使いの藤李とここにいる藤李は別人だということにしておいて欲しい!
藤李はちらりと真誠に視線を向ける。
美しい銀糸の髪はいつもよりも緩くまとめられていて肩に流れており、長い手足を組んでじっと藤李を見つめていた。
居たたまれずに藤李は視線を逸らす。
こんな時まで無駄に色気を振り撒かないでよ!
あぁ、本当にどうしよう……! 何て誤魔化せばいいの⁉
「昨晩の宴」
通じそうな言い訳を考えていると、真誠が口を開く。
「彼女に髪紐を贈った。ねぇ、舞姫」
口元に弧を描き、目を細めて真誠は言う。
今まで見たことのない色っぽい表情に藤李は思わずどきっとしてしまった。
しかし、すぐに我に返る。
危ない、危ない。尚書に魅了される所だった……流石、顔面兵器。傾国も夢じゃないわ。
しかし、彼の発言に反応したのは藤李だけではない。
木蓮は目を丸くしているし、獏斗は口を開けたまま驚愕の表情を浮かべている。
鈴羽は無表情で睨むように真誠を見ていた。
「そういえば、僕の髪紐はどうしたの?」
その問いに藤李は戸惑う。
「え……自宅にありますけど……」
まるでいつも付けてなきゃいけないみたいな口振りに首を傾げる。
「あれ、僕の法力が染みついてるから、大きな虫も寄せ付けない優れ物なんだよ」
「え⁉ 虫、寄って来ないんですかっ⁉」
胡散臭い笑みを作って真誠は頷く。
その胡散臭さに藤李は気付かず、虫除けになることを喜んだ。
「あれ付けてればどこへ行っても大抵の虫は何とかなるよ」
「なるほど……そんなに良いものを……ありがとうございます」
虫除けの術が掛かった髪紐だったなんて知らなかった。
大切に使わせてもらうとしよう。
そんな風に藤李が考えている傍らで的確に言葉の意味を理解した央玲と鈴羽は奥歯をギリっと噛み締める。
「虫除けねぇ……」
「どうしたの?」
鈴羽の小さな呟きを藤李は拾い上げる。
「いや、何でもないよ」
真誠からひしひしと感じる敵対心を鈴羽は笑顔で包み隠した。
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