第23話 対峙

「間違いないですか?」


 白家の大門の前に立つ者の影がある。

 門の正面に仁王立ちになるのは長身で浅黒い肌の男。


 癖のある赤茶色の髪が肩口で揃えられ、目鼻立ちのはっきりとした精悍な顔立ちは女性の目を惹く。襟の合わせをわざと開けて骨張った鎖骨からは色気を感じさせ、身に着ける金の腕輪や首飾りは大振りで数も多く、目の冴える青色の長衣を見事に着こなした伊達男だ。


「間違いない。しかし、何でこんな所に」


 伊達男の隣に立つのは焦燥感に駆られて今にも邸に乗り込みそうな青年である。


 手の平にワザと作った傷口から赤い糸を作り、大事な失くしものを探していた。赤い血の糸は邸の中に向かって伸びていて法力で張られた結界に阻まれている。


「では、乗り込むとしますか」


 そうして二人の青年は白本家の門を叩いた。









 駿鈴羽が藤李を探して邸を訪れたという報告を受け、真誠は当主室を出た。

 胸に広がる不快感を抱えながら廊下を歩く。


『駿鈴羽に会いに行く』


 彼女の一言が胸に嫌な響きをもたらしている。


 駿鈴羽はこの町に住む国有数の金貸しだ。


 良心的な利息で金を貸すことで知られているが取り立てには非常に厳しく、返済期限を守らなければ人でも何でも売って金を作らせるという噂だ。


 あくまで噂でしかなく、真誠は遠目でしか見たことはないが浅黒い肌をした色男で大の女好きだと聞く。


 女に甘く、返せない金は女で返済させることも金貸しにはよくある話だ。


『今夜はそこ泊めてもらう』と彼女は言った。


 胸の中の不快感と苛立ちが波のように押し寄せる。


 夜に金貸しの元へ行く理由なんてそれ以外思いつかない。

 藤李自身が借金をしているようには見えないが、家の借金なのかもしれない。


 そもそも無理のある男装をして戸部の小間使いをしていることも借金という背景があるならば腑に落ちる。そこらの店で給仕をするよりも時給はいいし、忙しいが手当もつく。


 肩代わりしてあげても構わないと思ったのに真誠の手持ちの金額では足りないらしい。


 何ほど莫大な額の借金をしているの?

 まさか、不当な利息を付けられて借金が膨らんでいる?

 それかこれから何かに投資するための金が必要なのか?


 借金にしろ、投資にしろ、かなりの金額が彼女には必要なようだ。


 今の手持ちで足りないとなると、どのみち今夜には間に合わない。


 とりあえず、彼女の身が借金のかたになる前に金額を聞き出さなければ。

 今日は今持っている金額で一旦お引き取り願おう。


 真誠は脳内で段取りを考えながら玄関に向かう。


 そこには家令と使用人に足止めされている二人の男の姿があった。


 あぁ、そうだ。こんな感じだった。


 以前、遠目で見たことのある男だ。浅黒い肌に長身で遠くにいても目立っていた。


「招いた覚えはないけど、ようこそ。金貸し殿」


 真誠の冷ややかな言葉に浅黒い肌の男が視線を向ける。


「突然訪問する無礼をお許し下さい、白家の若君」


 飄々とした鈴羽を真誠は鋭い視線で見下ろす。

 そして鈴羽の後ろに下がった真誠を睨み付ける男の存在に気付く。


「……何故、ここに?」

「それはこちらの台詞だ」


 眉を顰めた真誠の問いに苛立ったように答えるのは紫央玲である。


 央玲は手の平を上に向けて細い赤色の糸のような物を作り出す。

 その糸は宙を揺蕩い、どこかへ向かって伸びていく。


「何故、あいつがここにいるんです?」


 そう言って央玲は真誠を睨み付ける。

 その瞳には憤りと焦燥感が滲み、余裕のなさが見て取れた。


 どういうこと?


 彼の指す『あいつ』が藤李なら、何故彼は彼女を探している?


 次々と疑問が浮かび、真誠の中で膨らんでいく。

 すると、コツコツと早足でこちらに近付いていく靴音がする。


 走りにくそうな感じがするのは下袴ではなく吊帯の長裙で靴の踵が華奢で走りにくいからだろう。


 彼女をここに留めるために真誠が百合に指示して着せたがあまり意味はなかったかも知れない。


 ちっ。


 内心で舌打ちをして廊下の先から現れる彼女を待った。


「玲!」


 叫ぶようなその声は歓喜に震え、安堵の笑みと共に央玲へと向けられていた。

 央玲から伸びる赤い糸は藤李の心臓に向かって伸びていて、二人の繋がりを見せ付けられたようで不快感が増す。


 堪らず央玲が前に飛び出し、藤李を抱き締めた。


 その光景に真誠は驚きを隠せない。


 どういうこと?


 王族である央玲と藤李が親しい関係だなんて聞いたことがない。

 しかし、この様子から二人は旧知の間柄で、特別な関係であることは誰の目から見ても一目瞭然だ。


 真誠は胸にチクチクとした痛みを感じ、眉根を寄せる。


「ごめん、心配かけて色々事情がありまして……心配したよね?」

「当たり前だ!」


 央玲の声が大きく響く。

 藤李をどれだけ心配していたかが窺える。


「でも、よくここが分かったね?」

「うちの奴らが見てたんだ」


 藤李の疑問に答えたのは鈴羽だ。


「そろそろ着く頃なのに姿が見えないから玲と一緒にいるのかと思っていたんだが。人攫いの騒ぎで白家の当主代理に連れて行かれた者がいるって聞いて、本当に貴女かどうか分からなかったから、それから玲を探して」


 今に至る、と鈴羽は言う。


「そうだったの……鈴さん、迷惑かけてごめんなさい」


 目を伏せて謝罪する藤李に鈴羽は首を振って明るい表情を見せる。


「気にするなって。貴女に会えると思ったら何でもないさ。それよりも……」



 鈴羽と央玲が藤李の肩を抱き、真誠に向き直る。


「彼女がここにいる事情とやらをご説明頂きたい」


 まるで威嚇するように鈴羽は言う。


 こっちだって聞きたいことは沢山あるんだけど?


 王族と金貸しが藤李とどういう関係なのか、何のために一緒にいるのか、聞きたいことは多い。


 浮かんだ疑問は一旦、心の中に押し込める。


「あのね、こちらでお世話になったの。だから……」


 そう言って藤李が一歩踏み出し、慣れない靴で踵を挫く。


「きゃっ」


 真誠に向かって倒れる藤李を反射的に真誠が受け止める。


「危ないな……気を付けてよ」


 真誠は藤李を見下ろしながら言う。


 白い吊帯の長裙を着て緑色の帯を締め、肩の上からは厚手の長衣を羽織っている。

 白い羽織の裾には緑と金糸の刺繍が施され、洗礼された品の良さを感じた。

 支度の途中で飛び出して来たのか、黒髪は降ろされたままで結われておらず、髪飾りも何もない。


「す、すみません」


 ゆっくりと体勢を立て直して藤李は言う。


「床が抜けたらどうするの」


 すると真誠の足を目がけて藤李の足が降ろされたが真誠はさっと躱して首を傾げて見せた。


「ちょっと、僕の足に風穴つくる気?」


「すみません、そんなつもりは。足元がまだおぼつかなくて」


 にっこりと微笑みながら藤李は嫌味を言い返してくる。


 本当に生意気になったものだ。


 長衣がずり落ちて剥き出しになった肩をそっと長衣を直して隠した。


「真誠様」


 慌ただしくやって来たのは獏斗である。


「獏斗、彼らを応接間に通して」


 いいよ、話しを聞いてあげようじゃない。


 真誠は獏斗に命じて衣を翻して言う。


「改めて。ようこそ白家へ」


 鋭い眼光が央玲と鈴羽に交互に向けられ、二人はその視線を真っ向から受け止める。


「歓迎するよ」


 傍から見たら全く歓迎されている気がしない表情で真誠は言った。

 

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