第14話 重ねた嘘


「素敵だわ……」


 藤李は目の前に広がる庭を見て感嘆の声を零す。

 踏み石が続く小道を歩き、小川に架かった橋を渡るとその先には池があった。


 水面は陽の光が反射してきらきらと輝いている。

 時折、ちゃぽんっと鯉が跳ねて水飛沫が上がった。


 その様子も風情があり、池の周りを囲むように咲く水仙や椿の花もとても美しい。

 椿は白に赤、赤と白の混ざったものからいくつも種類があるようでどこに視線を向けても藤李の目を楽しませてくれる。


「木蓮様自慢の庭だからね。庭師がマメに手入れをしてくれてる」


 手が足りない時は自分も狩りだざれるのだと獏斗は言う。


「もうすぐ桜が見頃になるんだ。ほら見て」


 そう言って森に近い場所を指す。


 そこには薄らと桃色に色づく桜の木がある。

 王都の桜は既に見頃を迎えているが、王都よりもこの場所は涼しい気候なので花の盛りが遅れているようだ。


「素敵なお庭だわ」


 藤李は歩きながら花が咲き乱れる様子に目を細める。


「君は王都から来たんだろ? 王都では何か仕事を?」


 藤李はその質問に答えることに戸惑いを覚える。


 こちらのお屋敷の若君にこき使われてるんですよ、とは言えない。


「木蓮様から聞いたけど、城で働いてるのか?」


 獏斗は白州で虎が密猟されている可能性がある話を木蓮から聞いており、それが藤李からの情報であることも分かっていた。


「えっと、その……私、宮妓で……」

「え、そうなのか⁉ 何が得意なんだ?」


 興奮気味に言う獏斗に申しわけない気持ちになる。


「えっと……舞を……少々……」


 瞳を輝かせて藤李を見つめる獏斗から視線を逸らして言う。


「舞を? 凄いな! 今度是非見せてくれ」

「あの、私、まだまだ修行中の身でして……人様にお見せできる代物では……」


 藤李は首を横に振り、獏斗に言う。

 実際にここの若様には下手くそとはっきり言われている。


 思い出すと腹が立つが、付け焼刃の即席舞だったのは否めない事実だ。


「大丈夫! 君ならどんな舞でも美しいはずだ」

「いや、そんなことは」

「謙遜するなよ」


 いや、謙遜じゃないんだよ、本当。

 本当に下手なんだって。そもそも宮妓じゃないし。


 舞を披露する機会なんて絶対に訪れない。しかし、ここまで言われるとせめて一曲ぐらいは人前で恥ずかしがらずに踊れるようにしておくべきかもしれない。


 子供のように目を輝かせる獏斗に申し訳ないと思いながらも男装して小間使いをしてますとは言えない。


 これは宮妓じゃなくて女官の設定にしておけば良かったと後悔する。


「じゃあさ、うちの若様のことは知ってる?」

「えぇ、もちろん」


 知ってるも何も、その若様に仕えてるからね。


「昨日の宴で宮妓の女の子に髪紐を贈ったらしいんだけど、どんな子か知らない?」


 獏斗は周囲を見渡して人がいないことを確認にして何故か声を潜めて藤李に訊ねた。

「髪紐?」

「そう! あの人がそんなことするなんて初めてなんだよ。どんな子に贈ったのか気になって……あと脈があるのか、ないのかも!」


 獏斗は興奮気味に言うが藤李はその発言に引っ掛かりを覚える。


「脈って……あの人は婚約者がいるんでしょ? 脈なんて必要ないじゃない」


 藤李は獏斗の発言に厳しい声音で言う。


「えっと……貴族にとっては結婚とそういうのはまた別問題で……」


 言葉選びを間違えたというように気まずそうに視線を泳がせる。


「随分と、不誠実な考え方なのね。男って」

「ご……ごめん、気を悪くさせたね」


 眉を顰めて言う藤李にしどろもどろになる獏斗は小さい声で謝罪をする。


「心辺りはあるけど、彼女は何とも思ってないし、もう会うこともないから」


 藤李の言葉に獏斗の表情は一気に暗くなる。


「もしかして、もう誰かに見初められちゃった感じ? 本当にうちの若様は降られた感じ?」

「見初められたってわけじゃないけど……一身上の都合よ」

「ってことはまだ脈はある!」

「いや、ないってば」

「それは本人に聞いてみないと分からないだろ」


 聞かずとも分かる。


 本人がここにいるのだから。

 しかし、なんでそんなに食い下がってくるのか。


 藤李は首を傾げる。


「それに、ここの若様もそんなに深い意味で髪紐を贈ったわけじゃないとおもうけど」


 髪紐にそこまで深い意味があったとは思えない。


 面白いものが見れた、そう彼は言った。

 決して藤李を見初めたとかそういう甘酸っぱい感情から贈ったものではない。


「そんなことない。俺には分かる」


 断言する獏斗に藤李はますます大きく首が傾く。


 あれのどこに、どんな思いが隠れていたというのか。

 藤李は昨晩のことを思い出すが、小馬鹿にされた記憶しか持ち合わせておらず、考えれば考えるほど分からなくなる。


「何で君は婚約者との仲を取り持とうとしないで余所の女との逢引きを応援しようとしてるのさ。家同士の婚姻は本人達の意志は関係ないことも多いけど、だからといって相手に対して不誠実だ過ぎる」

「……それには色々と理由があるんだよ」


 どういう理由だ。


 婚約者を差し置いてどこの馬の骨とも知れない女に自分の主を懸想させるなと言いたい。


 これ以上は関わらない方がいい。

 貴族の婚姻問題に巻き込まれるのはごめんだ。


 すると彼は思いもよらぬ発言をする。



「どうにかしてその女性に会いたいんだ。協力してくれないか?」

「はい?」


 いや、何言ってるの⁉


「いやいやいや、無理だって!」

「そこを何とか頼む!」


 この通り! と手を合わせて懇願する獏斗を前に藤李は焦る。


「少しで良いんだ! あの人の顔面を見て喰い付かない女はいない!」

「最低だ!」


 くわっと目を見開いで拳を作る獏斗に藤李は突っ込む。

彼の顔面は美しすぎてもはや凶器と言っても過言ではない。


女性であのご面相に惹かれないというのはあり得ない。

獏斗の言葉は事実かもしれないが考え方は最低だ。


「その彼女はもしかして人妻なのか?」

「いや…そういう訳じゃないけど……」

「うちの若を袖にする理由は何だ?」


 そっちこそそんなに食い気味になる理由はなんだ。


「えっと……彼女は……」


 その時、藤李は思いついた。


「彼女は紫央玲様のことが好きなんです」


 我ながらいい思い付きだ。

 まがいなりにも王族が相手では身を引かざるを得ないだろう。


「紫央玲様を……」


 考え込むような仕草をする獏斗に藤李は続けた。


「そうなんです! 彼も彼女を大事にしているし、ですので無理です!」


 すまない、兄様。


 今だけ、そういうことにしておいて欲しい。


 藤李は後にこの発言が事態をよりややこしくすることになるとは思いもしないのだった。

 

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