第6話 怪しげな会話

 彼らの後ろをこっそりつけていると、仕事場の近くにまで来ていることに気付いた。


「ここまで来ればいいだろう。で、どうなんだ? そっちは」

「問題ないです。今の所、白家は気付いていない」

「自分達の縄張りで密猟が行われているとも知らず、あの澄ました若造を見る度に愉快になる」


 白家? 密猟だって?


 藤李は二人の会話に集中する。


「同感だ。呪われている身で陛下の膝元に居座るなど、図々しいにも程がある。他の連中もどうかしている。即刻、朝廷から叩き出すべきだ」

「その通りだ。あの男が戸部尚書になってからというもの、やりにくくて仕方がない。戸部尚書はもっと経験のある古株にこそ似合う職。経験の浅い若造に任せるなど、ありえない話だ」


 怪しげな会話が上司の悪口に変っていく。


 要約するとうちの尚書が気に入らないわけね。


 腹立たしいことこの上ない。

 あれだけの仕事を捌いて、息の付く間もなく動いてそれでいて正確な仕事をする人だ。


 誰に変わりが出来るっていうのよっ。


 口から飛び出す嫌味には辟易するがその能力の高さは城で随一と言って良い。

 ろくに休息も取らず、働き詰めで国に尽くしているというのに。


 自分達にとって都合が悪いからとけなされ、藤李は苛立つ。


「しかもいつも人を馬鹿にしたような目で見てくるのだぞ」

「全くもって気に入らんっ」



 それは私も気に入らない。


 男達の会話に大きな相槌を打った時だ。

 ばきっと小枝を踏み締めてしまい、小さな音を立てた。


「誰だ⁉」

「誰かいるのか⁉」


 小さな音だったが静寂の中では響いてしまい、男達の耳にも届いてしまった。


 マズい、どうしようっ⁉

 逃げなきゃ!


 危険を感じて踵を返し、駆け出そうとした時だ。


「ふっぐ……⁉」


 後ろから口を塞がれ、身体を押さえ付けられた。

 女性じゃない、きっと男だ。


『気を付けろよ』


 こんな時に兄の忠告が頭に浮かぶ。

 忠告を守らなかったことを後悔する。


 誰? 嫌だ! 助けて!

 

 藤李を押さえ付ける力は強く、逃げようと身を捩っても、手足をばたつかせてもびくともしない。

 膨れ上がる恐怖で上手く身体に力が入らなかった。

 咄嗟に藤李を捕える腕に爪を立てるが無駄に終わり、大きく口を開けて口を押える手に噛み付いた。


「っつ……!」


一瞬だけ相手が怯み、拘束が緩む。

その隙に逃れようとするが、拘束は更に強まってしまう。


「おい、誰もいないぞ」

「気のせいか?」


 怪しげな男達の声が間近に迫り、藤李は身体を強張らせた。

 息を殺し、男達の声が後ろを通り過ぎるのを祈る。


「少し飲み過ぎたか」

「神経質になってるのかもな」


 そう言いながら男達は賑やかな方へと歩いて行く。

 男達の声が完全に消える頃に、藤李は拘束を解かれた。


 助けてくれたの?

 でも誰?


 藤李はすぐに振り向くとそこに立つ人物の正体に目を見開く。


「痛いんだけど」



 白真誠が不満気にこちらを見下ろしていた。





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