第5話 簪

 舞や歌、楽の余興が終わると酒の席が本格化する。

 国王から宮妓長へと褒美が贈られ、官吏達が女性達を侍らせて酒宴を楽しんでいる。


 料理や酒が引っ切り無しに運ばれ、廊下も慌ただしい。


「李、見てみて」


 嬉しそうに梨花が見せたのは綺麗な花の簪だ。


「あら、ご褒美? 綺麗ね」


 官吏達は気に入った宮女や女官達に好意を示すために簪を贈る風習がある。

 簪に限らす、首飾りや身に着けていた装飾品なども贈られるが綺麗な簪が一般的だ。


「誰からもらったの? 本命?」

「ううん、全然。他の子にも渡してたから。でも綺麗だし、売ればいいお小遣いになるかなって」

「いっぱい持ってたなら売り飛ばしても誰が売り飛ばしたか分からないわね」

「そういうこと。李は何かもらった?」


 藤李は首を振ると梨花は不満そうな声を上げる。


「お酒でも持って、酌でもしておいでよ」


 そう言って何人かの官吏を指さして言う。


「あの人達は羽振りが良いから、行って来なさい」

「あんな胸の大きい子達に混ざれと?」


 梨花の指した官吏達は決まって胸の大きな子を侍らせて鼻の下を伸ばしている。


「私は適当な所で帰るから、宴を楽しんでね」


 そう言って梨花に手を振り、その場を離れた。

 宮妓長に一言伝えてから帰ろうと思っていたが、見つからない。


 流石に、何も告げずに帰る訳にもいかない。


「少し外の空気でも吸うか」


 どうにも酒の匂いが充満していて新鮮な空気が恋しくなる。

 廊下を進んで庭に出て、静かな庭を散策し、大きな木の下に腰を降ろす。

 木が影になり、建物からは藤李の姿は見えないだろうと思われる。


「ふぅ……疲れた……」


 藤李はようやく身体の力を抜き、張りつめていた神経を緩める。

 そして誰かが近付いて来る気配に、再び姿勢を正した。


 誰か来る?


「よっ、お疲れ」


 そう言って顔を覗かせたのは兄の央玲だ。


「あら、お疲れ」


 隣りに腰を降ろし、央玲は身体を伸ばす。


「あぁ~、疲れた。古狸共の結婚しろ攻撃に」

「お疲れ」


 これなら普通に仕事をしていた方がいいと俯く央玲の背中をぽんっと優しく叩く。


「お前は呑気で良いよな」

「そう言えば、私に縁談の話は来てないわね」


 これでも王家の姫なんだから縁談の一つや二つあっても良さそうなものだが、藤李はこの歳まで縁談話をされたことがない。


「ま、まぁ……今はそれどころじゃないだろ。忙しいんだし」

「それもそうね」


 何故か不自然に視線を泳がせる央玲を大して気にも留めず、藤李は言う。


「央玲様~、どちらですか~」


 建物の方から央玲を呼ぶ女性の声が聞こえてくる。

 どうやら絡んで来る宮女を撒いて来たようだ。


「じゃあ、行くわ」

「随分とおモテになるようで」

「妬くなよ」


 そう言って央玲は背を向ける。


「妬いてどうすんのさ」


 背中に言葉をぶつけると一度は踵を返した兄が、再び戻ってくる。


「これやる」


 差し出されたのは銀製の美しい簪だった。


「髪……は降ろしてるから、ここに差しとけ」


 今日の髪型に立派な簪を付ける場所はない。央玲はわざわざ帯に差してくれた。


「貴重な一本だからな。有難く思え」

「そんな貴重な一本を私以外に渡す度胸もないなんて。悲しい男だね」


 藤李は帯に飾られた簪にそっと触れる。


「仕方ないから受け取ってあげるわ」

「本当に可愛げないな」


 頭を掻きながら立ち上がり、央玲は言う。


「絡まれないように気を付けろよ。女なら誰でもいい男も大勢いるんだかな。人気のない所には行かないで人通りのある通路で帰れよ」


 それだけ言い残し、央玲は建物の中に戻って行った。

 耳にタコができるほど聞かされているので重々承知している。


「適当な所で帰ろう」


 少しやすまなければ身体がもたない。慣れないことをしたせいで疲労感がいつもの倍はあるように感じる。


 藤李は立ち上がってその場所を離れようとしたが、人の気配に立ち止まる。


「その話は本当なのか?」

「あぁ、もちろんだ。虎の毛皮は高く売れる」


 何だって?


 声を潜めて話す男達の会話に耳を澄ます。


「あの……地域は……だからな。人目もない」

「虎の毛皮は国内外でも人気だからな。……じゃないのか?」


 大事な部分が聞き取れないっ!


 聴力の限界を感じる。


 そもそも虎は国の保護指定生物の一種だ。捕獲、捕縛が許されるのは人に害がある場合、害を及ぼすことが予想される場合のみだ。


 何だか怪しい会話だ。


 男達の声が徐々に遠ざかっていく。

 男達の会話が気になり、気配を殺して距離を保って跡をつけることにした。


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