第4話 助っ人の舞手


「李! ありがとうっ!」


 本当にね……。


 宮妓達を取りまとめる宮妓長の悠泉が藤李に温かい言葉を掛けてくれる。

 日が暮れて戸部での仕事を終えて、一度、女物の服に着替えてから宮妓達の集まる瑠璃殿に飛び込んだ。


 急いで化粧を済ませて用意された服に着替えた。


「李、大丈夫? もうすぐ出番よ」

「お水貰って来たからちょっと飲む? 急いで来たんでしょ?」


 宮妓の女性達が気遣い、藤李に声を掛ける。


「大丈夫です。それよりも練習に間に合わなくてごめんなさい」


 今日は昼間のうちに仕事を切り上げ、本番前に全員で振りを合わせる予定だったのだが、すっかり忘れていた。


「来てくれただけでも良しとするわ。この前に合わせた時は上手に出来ていたし」

「一回や二回見せただけですぐできちゃうんだもの。信じられないわ」


 あははっと笑って誤魔化す。


 記憶力だけは人以上にあるため、見て覚えるのは得意だ。

 しかし、身体が付いて来るかは別問題。空き時間には必死になって練習させてもらった。おかげでここ数日筋肉痛が治ることはなかった。


「急な話だったから他に頼める人もいないし」

「そうそう、国の情勢も悪いから宴の機会も減って宮妓も少ないし。少ないよりは人数いた方が良いわ」


 国王瑠庵は余計な出費を減らすために、頻繁に行われていた宴の回数を減らし、後宮の妃を追い出し、女官の人数も絞った。宴などがなければ宮妓達も必要なく、今の宮妓の人数は半分以下。


 人手不足で藤李も参加する羽目になってしまった。


 もちろん、男装して宮仕えしていると人にバレるわけにはいかないので、頬に描いたそばかすは綺麗に落として、化粧を施し、雰囲気を変える。


 普段は高く結っている髪は降ろして、少量の髪を編みこんで後ろで結び、あとは降ろしたままにする。結び目に飾りを付けて完成だ。


 鏡に映る自分を見て藤李は頷く。


 これであれば官吏達も自分が戸部尚書の小間使いだとは気付かないだろう。


「ねぇ、聞いた? 今日は白家の若様もいらっしゃるそうよ!」

「えぇ⁉ 滅多に宴に参加しない白家の若君が?」

「それだけじゃないわよ。今夜は紫央玲様と弟君の智英様もいらっしゃるそうなの!」


 妓女達の話に耳を傾けながら藤李は乾いた笑みを浮かべる。

 白家の若君は真誠のことだ。確かに、滅多に宴には顔を出さない彼の参加は珍しい。


 紫央玲、弟の智英は藤李の兄弟である。


 兄の央玲は現在、吏部で働いている。兄も藤李と同様に瑠庵に命じられて吏部へと

送られた。吏部の尚書にしごかれながら日々身を粉にして働いている。一つ違うのは藤李と違って身元を伏せていないことだ。王族ということもあり、自分よりは楽だと思う。 


 羨ましい。


 弟の智英は絵や楽など芸術の才に秀でており、自分の宮に籠り作品づくりに没頭している。瑠庵曰く、こんな世の中だからこそ、芸術は心を慰めるそうだ。智英は自分の作品を売り、その金を貧民支援に当てている。


 我が弟ながら素晴らしい。


 兄も弟も見どころのある二人なのだが、自分の身内に色めき立つ彼女達を藤李は複雑な思いで見ていた。


「あぁ、でも一番は瑠庵国王陛下よね~」

「普段は米粒みたいな距離でしかお目に掛かれないけど、今夜は違うわ!」

「陛下を間近で拝める絶好の機会よ!」

「もし見初められたらどうしましょう?」


 きゃーっと黄色い声を上げながら夢見る彼女達にあの男の本性を教えてやりたい。

 見た目の美しさと権力に騙されてはいけない。


 女であろうが従兄弟であろうが容赦ない。使えるものは何でも使う男だ。


 とにかく、今回は久し振りの大きな宴で官吏だけでなく宮妓達も気合いを入れて挑んでいる。


 藤李は一緒に舞を踊る宮妓達と舞台袖に移動する。


 会場を見渡すと見覚えのある顔がずらりと並んでいた。

 瑠庵のいる上座から近い場所に高位高官達が席に着いている。


 その中に一人だけ光って見えるのが真誠だ。

 中年ばかりの中で唯一、若いので目立つ。


「緊張してる?」


 隣りで出番を待つ宮妓の梨花が言う。


「そうですね。まぁ、皆さんかなりお酒が入ってるようですし、多少ミスしても分かりはしないでしょう」

「そうね、みんな顔と胸しか見てないもの」


 当然だが、宮妓の女性達は美女がほとんどで、何故か胸が豊満な人が多い。


 おかしい。


 顔の造作と胸の大きさは比例しないはずなのに。

 藤李は自分のほぼ平に近い胸と梨花の胸を見比べる。


 鎖骨の下から膨らむたわわな胸は同性の藤李でも唾を飲んでしまうほど色っぽい。

 首から谷間が覗くぐらいまで露出しているので、目のやり場に困ってしまう。


 それに比べて藤李は鎖骨から下はほぼ絶壁である。


「大丈夫よ、小さい方が好きっていう殿方もいるわ」

「じゃあ、私はそれに賭けます」


 全部の視線が彼女に注がれることを切に願う。 


 大丈夫、バレない。バレない。


 大きく深呼吸して心を落ち着かせる。


「行きましょう、出番よ」


 その声に促され、藤李は舞姫達に混ざり、前に進み出た。

 楽の音に合わせて踊り出す。


 腕の上げる高さに角度、足の出し方、みんなに遅れないことだけを意識する。

 舞で重要なのは顔を上げ、天女のように微笑みを浮かべ、堂々とすること。

 優美で可憐な蝶や花のように見ている人を一瞬でも魅了すれば、それが舞踊であると師は言った。


 藤李は教えに従い、微笑みながら衣を蝶のように翻す。


 一瞬だけ、真誠と視線が交わったような気がする。

 少し驚いたように目を見開き、藤李を見ていたように思う。

 楽の音が次第に小さくなり、消えて静まる頃に藤李の出番は終わった。



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