6:あなたが行くべきなのだと背中を押されて
「来たぞ! スプリングテイルだ!」
状況は、二人組の怪盗が当該ビル屋上に着地したところから開始された。
「スイートアンカーも一緒だぞ!」
「班長! 俺、ちょっと『物理って素晴らしいな』って思いました!」
「馬鹿野郎! 口に出さなきゃわからないとか『素人』か⁉」
侵入経路の最筆頭である屋上出入口は、当然のように警官隊がひしめいていた。
滑空を安全に成さしめる打ち込まれたワイヤーから専用器具を取り外せば、皮手袋を締めなおして囲む彼らを笑い見回す。
「今日も皆さん、元気そうでなによりだね」
「いやいや! 完全に包囲されていますよ!」
弟子は腰を引かせながら、にじり寄る正義の手に不安の顔を。
「思ったより人数が多いくらいじゃないか」
「それ、予定外って言いませんか? 怪盗業界では違うんですか?」
「予定外なんて『いつものこと』だからね」
そう、計画なんてままならないものだ。
「それでもお宝を掴み取るからこそ、怪盗でしょ」
ぐ、と不安を呑み込んで、口元を引き絞った。
良い顔だ、と笑みを深く。
「じゃあ、段取り通りにいきます!」
「ああ、お願い。出来れば、君が先に辿り着くのが『望ましい』からね」
「……それ、準備の時にも言っていましたけど、どういうことなんです?」
「最後にビックリ! が、いいんじゃないか。どっちしにしろ、やることには変わらないよ」
それはそうだけど、と可愛らしく唇を尖らせて見せてくる。
笑って肩を叩き、自分は警官隊と対峙。
彼らは殺気立った面持ちで、包囲を狭めてくる。
「屋内への入り口はあの通用口のみだ!」
「施錠もしてある! 簡単にはいかんぞ!」
背後で、相棒が作業を開始。
懐から取り出した粘度状の『何か』を、コンクリート床に張り付けると飛ぶように距離を置く。
そんな彼女の挙動を隠すように、
「さ、いくよ?」
スプリングテイルは走りだす。
※
「くるぞ!」
「うわ!」
一団に向かって加速を始める。
突然の挙動に、身構え腰を落とす先陣。
低くなった頭は、
「手頃な高さだね!」
飛び越えるに容易い。
利かない左手を彼らの肩に置き、人波に言葉通り滑り乗る。
「いてえ! 髪が持っていかれる!」
「俺も! 俺も髪が持っていかれた!」
「何年前にだよ! 剃り跡ザラってるじゃねえか!」
警官たちも、好き放題サーフィンを楽しませるわけにはいかない。
手を伸ばし、掴み引きずり落とさんと画策。
幾度かは逃れえたけれども、いずれ慣性は失われ減速を始める。
「掴んだぞ!」
誰かが、ジャケットの裾を捕え、人海の底へと引きずり込むことに成功した。
「押さえ込め! 身動きさせるな!」
「足だ! 足を掴め! 口を押えろ!」
「……俺、スイートアンカー側じゃなくて良かったわ……」
「そう……だな……こんな様をお茶の間に届けられたら……もう……!」
誰も、昨年度MVP確保という偉業の『前髪』を掴み、万感に嗚咽していた。
されど、現実はまばゆい夜に、ぬるりと姿を現す。
「ち、違う! ジャケットだけだ!」
取り押さえられたのは、スプリングテイルのジャケットを着せられた警官隊の一員だったのだ。
「揉みあいの隙にか⁉ いつの間に……!」
「どこだ! どこに行った!」
「あ、あそこ!」
若い声が、屋上の片隅に怪盗の姿を示唆。
皆、反応よく振り仰げば、
「ん?」
虚空に円筒が投げ込まれ、
「え」
閃光と轟音が炸裂を見舞った。
※
「屋上にて激しい閃光と爆発の音が響きました! 過去にスプリングテイルが使用したこともある、スタングレネードでしょうか!
警官隊の誰も、その目を塞いでうずくまって……いえ、ご覧ください!
スプリングテイルも一緒です! 警察に混じって、目を抑えております!
お聞きになられたでしょうか、『ぐあああ』という悲鳴がこちらまで聞こえています!」
※
『ちょ? なんで自爆してん?』
小型インカムより、ひなたの呆れた声が響いた。
「久しぶりだったから、タイミング間違っちゃった……!」
『お手製はやっぱり駄目じゃん?』
「とはいえ、協会謹製はお高いからなあ」
よいしょ、と立ち上がって、周りを見渡す。
流石に爆発を狙った当人であるので、他より回復は早い。
無理矢理預けたジャケットを『丁重』に返還願うと、相棒の仕事振りを確かめる。
「おお、お見事」
視線の先には、コンクリート床にぽっかりと開けられた穴。
圧力で押し開けられたことを示すよう、鉄筋がへし曲がっている。
『フラッシュのタイミングに合わせて、きっちり起爆してん』
「予定通り。これで追跡は足止めできるね」
『穴が小さくて、潜りこむのに苦労してた。ほら『出っ張って』いるから』
「うわあ、可愛い……カメラに収まっているかな?」
『フラッシュで無理だと思うよ』
残念、と笑って弟子の開けた穴に、自身も滑り込む。
『単純爆発なら指向性も威力も、精度高いのにな』
「まあ、僕の取り柄だからねえ」
威力は天井ボードすら突き抜けて、最上階へ直通となる。
人気のない薄暗い建物内には、軽やかな足音が響くばかり。
「スイートアンカーだね」
『対怪盗用のセキュリティがないから、警備会社もいないはずだし』
「まあ、もうまっすぐ着くかな」
『脱出路は? 穴から飛び込んだから、戻れない』
「警察の皆さんもうようよしているだろうしね」
でもまあ、と笑う。
「不要だと思うよ『予定通り』ならね」
『……ある程度、見通してたん? 見通して、調査させたん?』
「パパと『新しいパパ』と、確証は欲しいじゃない? ありがと、ひなちゃん」
インカム向こうのため息に、感謝を込めてねぎらえば、
「さあ、新人さんに怪盗の『仕事』をちゃんと教えないとね」
慌てるでもなく、ゆるりと無人の廊下を進んでいくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます