5:舞台の在り様に眉を顰める
巨躯をひしめかせ。
夜空を照らし焦がす。
煌びやかに居並ぶ摩天楼に、今日も報道ヘリが回転翼を羽ばたかせる。
「衝撃の復帰劇から僅か七日! 興奮冷めやらぬ小倶田の街になお炎をくゆらせんと、スプリングテイルの予告状が届けられました!」
誰も、今宵の主役の名を、躍る胸を隠さずに謳う。
夜景とカラフルに踊るレーザーに照らされた街頭大型ビジョンも漏れなく、かの怪盗が先週に果たした軌跡を垂れ流しては、道行く人々を煽り立てていく。
「公開された予告状によりますと、今回のターゲットは官公庁が並ぶ御門町。そのなかほどに鎮座するナナヌイ第四ビルのワンフロアとなっております!」
カメラが向けられるのは、おおよそ十階建てのビジネスビル。
周囲の楼閣に比べればずいぶん小さな体躯であるが、首都機能分散計画に際した都市再計画にて建てられたために、未だ新築同様の輝きを有している。
「狙うはドイツで生まれた高級ぬいぐるみ! 諸般の関係で報道に名前を出せませんが、誰もが知る著名なメーカー製とのこと!」
であるが。
「ですが、誰もが口を揃えて疑問しております!
割高であれど、数多く出回る工場製品なのです! ごく一部に出回る限定品でも、歴史に古い職人お手製の逸品でもありません!」
観客は首をかしげ、
「予告状には一切の説明はなし! スプリングテイルの目論見は奈辺にあるのでしょう!
まもなく告げられた時刻となります!
届くでしょうか、この、路上に溢れる人々の熱気と怒号が!」
けれども、興奮の中に飲み込んでいってしまう。
事情など二の次で、今日の娯楽を享受さえできればいいのだと。
※
「ナナヌイ第四ビルは、これまでのところ怪盗から『侵入』されたことがない」
かの姿を見下ろす摩天楼の一角にて、チームは手すりにもたれていた。
高層階の屋上は風が強く、衣装押さえていないと途端にめくれあがってしまう。
「なので、対怪盗の補償も許可も受け取ったこともなくて、つまり」
「通常のセキュリティしかないんね」
「通常……ですか?」
「うん。法令に基づく範囲の、致死非致死問わず暴力性の伴わないものだね」
「ま、せいぜい警報と警備会社への通告くらい?」
「あとは防犯カメラかな」
弟子は、そうしたなら、と疑問を眉間に寄せる。
咲華は、短い期間ながら、弟子の特性に驚かせていた。
言えば呑み込むし、教えれば及第点くらいにこなしてしまう。
地頭の良さかな、と高校への編入試験成績を思い出して感心したものだ。
「でしたら、通常ではない防犯……暴力性のあるセキュリティが?」
「そ。催涙ガスとか、ネットランチャーとか」
「さすがに、負傷を意図した装置は許可が下りないかんね」
「そういう類が、今回は存在しないってこと。安心だね!」
「ま、待ってください」
「なにかな?」
「許可って……省庁が、対怪盗用品に、ですか?」
「あ。そっか」
「そうだね。そりゃそうだ」
いくら地頭が良かろうが、知りえないものを判ずることができるのは、超常の力だ。
「協会だよ。正確には協会の下部組織が認可しているんだ」
「え? 自分たちを捕まえる物を、ですか?」
「怪盗を捕まえるなら、怪盗が適任ってことなのかもね」
「そんなキレイな話じゃないっしょ。押し入って補償金渡して、そのお金で認可品を買わせてるんし」
「それって……」
「まあ、マッチポンプってやつ。前に見た警備会社もそうなんよ?」
「怪盗の引退者と警察辞職者で構成される、対怪盗用警備保障だね」
愉快な話ではない。少女の顔色からも読み取れるほどに。
気持ちはわかるし、完全に同意だ。
「とはいえ、協会が組織を維持するに必要な進化だからねえ」
「モデルケースとして、欧米でも採用されてんしね」
「でも……」
そう。『でも、だって』である。
「面白くはないよね」
「え、いや、そこまでは言いませんけど……」
「僕は面白くなかったんだ」
「だから、左手オシャカになるまで突っ張ったんさ」
相棒が、目を丸くして言葉を失ってしまう。
優しさか、正義感か。
どちらと判ぜられないのなら、きっと両方なのだろう。
だからこそ、胸に灯った火は、熱く赤く盛っていく。
※
咲華が、昨年に何を為そうとしたものか。
その一端が、ほんのりと教示された。
そして、彼が敗れ諦めたその先が、自分に託されたことを。
「あ、の! 的屋さん、私……!」
「いやあ、今日も満員御礼だ」
確かめる言葉を受け取りたかったが、覗き込む彼は無暗に明るい声で遮ってしまう。
「ほんとうにありがたいことだね」
「ウチらの時は縁日みたいになるの、なんでなん?」
「え⁉ 他の怪盗さんは、ああはならないんですか⁉」
彼が続きを望まないのなら、今は止めておこう。
いや、まあ湧き出た疑問もいささか大きいのも事実だけど。
「屋台が出るくらいさね。あんな特設ステージ組んでライブしたり、酔っ払いが喧嘩始めたりなんて、見たことないんよ」
「僕ら学生だから、仕事は週末になっちゃうのもあるのかなあ」
「ああ……花火大会みたいな感覚なんでしょうかね……」
「それ。結局、金持ちが痛い目にあうのが娯楽になってるんね」
「あはは。じゃあ、僕らは正しく義賊じゃない」
「人様の財産を爆破するのに『正しさ』なんかミリも無いよ?」
手厳しい裏方の不機嫌そうな言葉に、主役は少しも堪えた様を見せない。
「まあ『正しい』とか『正しくない』とかよりも、大切なことがあるからね」
「え? なんですか? 法律より大切ってことですよね?」
「そういう具体的なボーダーを提示されちゃうと、ちょっと悩んじゃうねえ」
師匠に倣って、目下を覗き込む。
しんと静かな対象ビルを取り囲む人々は、熱気と明るさに満ち溢れ、みな笑って定刻を待ち焦がれているようだ。
「いい顔だよね」
「そうですね」
「僕はね、みんなを笑顔にしたいんだ」
エンターテイナーでありたいと彼は語って、
「だからさ『あの子』も笑顔にしたいし、みんな『漏れなく』笑顔にしたいんだ」
口にする規模の大きさに驚きこそすれ、
「素敵だと思います」
「もちろん『君も』だよ? 桃奈ちゃん」
「……ありがとうござます。けど……」
「そうね。協会関係者は笑顔にできないんよね」
「大を為すに小の犠牲はつきものだよ?」
「悪役のセリフじゃないですか……」
「ま『怪盗』なんてアウトローだからね、しょうがないね」
肩を落とせば、時報が鳴り響く。
「ようし、いこうか! 『ショウタイム』だ!」
「ま、待ってくださいよ!」
手すりに足をかけ、輝く夜の街へ身を躍らせる。
スプリングテイルとスイートアンカー、彼ら二人の第二夜が開幕したのだった。
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