2:闖入者の正気と常識は
「女連れでオークションとは、昨今の高校生は進んでいるわね」
目の前で泡の如く膨れあがる、不可視の価値醸造。
そんな砂上に築かれる楼閣に身震いを覚える桃奈は、声を掛けられるまでその女性に気づくことができなかった。
驚いて振り返れば、昏い赤で仕立てられたパンツスーツ姿が腕を組んでいた。
不機嫌そうな面持ちに気圧されしまったが、視線はこちらには向いていない。
涼しい顔でカップコーヒーに口をつける、師匠へぶつけられていた。
「引退じゃなかったの? 今さら戻って、またあちこちから鼻をつままれるつもり?」
「久しぶりなのに、相変わらず手厳しいなあ」
「嫌味かしら? 大人の半年なんか、あっという間よ」
「え、あの、的屋さん?」
メイクが表すかのように攻撃的な言葉を重ねる闖入者に、桃菜は視線を右往左往させるしかない。
応えるように、咲華は身を回す。
「
「あ、はい! 初めまして! 私は……」
「スイートアンカーよね。テレビで見させてもらったわ」
「ほんと? やったね、桃奈ちゃん! 業界からも注目されているよ!」
「白々しいわね……」
彼女が睨み吐き捨てる言葉の通り、注目は『スプリングテイルの帰還』である。
逆撫でるような物の言いざまにひやりとしてしまうが、であれば、先輩怪盗が発奮する怒りはなにを源泉としているものだろうか。
「最後まで拝見させてもらったわ。議員先生の自宅を爆破するところまでね」
「あはは。綺麗だったでしょ? みんな喜んでくれてさあ」
「笑ってるんじゃないわよ……! 保証は全額が協会を持ち出すのよ、私らの稼いだお金でね……!」
なるほど。
「的屋さん、一〇割方で作佐さんが正しいですよ……!」
「ね。尖った外見に反して、良識派なんだ」
「み、見た目は話題にしていませんよ!」
「……否定はしないのね」
半目で呆れられるに、弁明は失敗のようだ。
彼女は咳払いで体勢を整えると、ヒールを鳴らして詰め寄り、
「とにかく、あなたもやめときなさい。こんな奴を頼るなんて」
敵意害意を剝き出しに、前年度MVPの肩を軽く小突くのだった。
※
「協会じゃ有名よ? 直訴に来た『ビックス(複数形)』女子高生が、って」
確かに、窓口で必死に訴えはしたけれども、え? 私、協会からそんな言われ方をしているんです? しかも有名て。
けれども、今は組織のありようについて追及する暇はない。
信頼する師匠を、行く先を開いてくれた擁護する義務があるのだから。
「ま、的屋さんは誠実に私の話を聞いてくれたんです……! こんな奴なんて言い方……!」
「え?」
「……え?」
けれども、瞬く間に雲行きが怪しくなった。
「いや、だって……桃奈さん、親御さんの形見を取り戻す、んでしょ?」
「は、はい……それが……?」
曇り空から、さらに気圧が下がっていく。
「形見って、警察に持っていかれて所在不明になったのよね?」
「そう、ですけども……」
「……それって、最終的に警察署が爆破されない?」
発達する低気圧が、ハリケーンに進化した。
※
「ね? 外見に似合わず、常識派の人情家なんだよ?」
同業者の美点を褒めたたえ小突きで報われている師匠に、
「ひ、否定はしないんですか?」
「いやあ……うーん……」
曖昧な言葉が返された。
けれども、協会員は看過できず追及を進める。
「爆破する気マンマンじゃない……!」
「え。いや、でも……的屋さん、しませんよね?」
「けどね、手段の引き出しはたくさんあったほうが……」
「ほら見なさい! 『本丸』への攻撃なんか、今度こそ公安の監視対象にされるわ! やらない、って言質を取るまで帰さないわよ!」
「いやあ、でもねえ……」
腕を組んで、にこにこと困る様子を見せる。
すると、階下のオークションに目を落とし、
「あ、今日の大トリだ。作佐さんの案件じゃないです?」
「そうよ。大きい仕事だったのに、あんたのせいで霞んじゃったし……!」
憤懣やるかたなく、肩を震わせている。
仕方あるまい。
ただで嫌う相手に、仕事成果をかき消されてしまったのだ。
同情するに十分であり、さらには、
「それじゃあ、お詫びをしないと」
「お詫び?」
「ええ。オークションに『華』を添えて差し上げますよ」
「え? 的屋さん、何をひらひら……それ、ブラでは?」
「……っ⁉ ちょっと私の……いつのまに……!」
満面の笑みで、温もり残る下着を日の目に晒される姿を見てしまっては。
※
名の通り、頬を染めて貝のように体を抱き隠す様に、目頭が熱くなる。
さらには、実行犯は前言を執行していく。
「さあさ、ご連歴! ここに取り出すはかの逸品!」
「……スプリングテイルか⁉」
「あの鼻つまみ者が、こんな場で何を……!」
「見ろ! 何か振って……ブラ?」
「クリムゾンシェルが顔真っ赤で体を隠して……まさか!」
「やめろ! ばか! しね! ばか! ばか!」
語彙の死滅した抗議を背に、客席に躍り出る。
「昨年度MVPスプリングテイルが盗み出した、クリムゾンシェルの脱ぎたて下着! 無論のこと無洗! 御覧ください、この僕の拳がすっぽり収まる懐の深さ! どれほどの『夢』が詰まっているものかご賞味いただきたい!」
言い方! 言葉の選択が最悪ですよ!
オークション運営していた協会の人たちも、柔和な紳士の顔を鬼面に付け替えていますし!
こういうところが『鼻つまみ者』扱いになったんだろうなあ、と他人事にしていると、状況が前進していく。
「ふざけるな! こっちは貴様に家を爆破されたんだぞ! 五〇〇万!」
「神聖な泥棒市を汚すつもりか! 八〇〇!」
「警備員、奴を捕まえろ! 一二〇〇!」
「あのモジモジしている映像が無いと片手落ちだぞ! 二〇〇〇!」
ありていな言葉だけども、地獄かな、って。
「追いかけっこと同時にオークションが進んでいきますねえ……」
「待って、それ以上は待って。今すぐは、心がね、もたないのよ?」
被害者は顔を両手で覆って、いましばらくの猶予を要求してくる。
仕方がないことだ。
このまま落札と相成れば『今さっきまで付けていたブラ』が協会に登録されたうえで『投機対象』とされてしまうのだ。
行く末はショーケースを飾り、幾多の怪盗に狙われる運命。
進行中の金額を見ても、間違いない。素人同然である、桃奈の拙い知見からでも予断が無いほどに。
同業者として、同性として。
目下に奔る狂騒の被害者へ、責任感も相まってそっと寄り添うしかできないのだった。
余談であるが、最終的に『ブツ』は四八〇〇万で落札が成されたものの、正規の出品でなかったため取引は不成立となった。
さらに余談だが、オークション混乱と『紳士的』な罪でスプリングテイルこと的屋・咲華にはスタッフらによる『ブレーンバスターリレーの刑』が処され、壁面ボードに突き刺さることに。
加えて余談だが、最高値を提示した壮年が、彼の無防備な腹に号泣しながらぐるぐるパンチを見舞う地獄絵図に。一部始終の録画に成功した桃奈は、後に支・ひなたより多大な称賛で報われることと相成ったのであった。
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