5:『ショウタイム』

 夢の華を咲か散らかし。

 宵を白昼へ塗り替える。

 伝説を歩んだ若人。

 未踏を踏み分けた益荒男。

 

「引退を囁かれた昨年度MVP! それもデビューのその年に成し遂げた偉業であります!

 夢の! そして伝説の! 今宵、堂々たる帰還なのです!」


 摩天楼を駆け巡る報道ヘリが、今宵の主役を叫び煽っていた。

 夜景とカラフルに踊るレーザーに照らされた街頭大型ビジョンも漏れなく、かの怪盗が歩んだ道程をエンドレスで垂れ流しては、道行く人々を煽り立てていく。


「公開された予告状によれば、与党重鎮である新谷小路・権示にいやこうじ・ごんじ議員の大豪邸! その最奥に秘蔵されると噂される、先祖伝来の『招き猫像』とのこと!」


 奇しくも、だ。


「これは昨年、スプリングテイルがデビューの獲物と定め、見事に盗み出したお宝! まさに再始動のアピールに相応しいと言っていいでしょう!」


 濃い目な化粧に汗が滲むのも構わず、リポーターがカメラに食いつき吠える。


「新たな相棒を迎えた彼が、いかな活躍を見せてくれるものか! 

 楽しみなのは私だけではありません! 

 スタジオに届くでしょうか、この人々の大歓声が!

 あと、新谷小路議員のブチ切れている怒声が!」


      ※


「すごい……こんなに人気なんですね、的屋さん……」

 高層の建築群に埋もれた、五階建ての雑居ビル。

 その屋上より、伊井楽・桃奈は人で埋め尽くされた地上を覗き込んでいた。

 上昇気流に乗って届けられる声は、


「あいつがいないと、週末が寂しいんだよ!」

「ねーちゃん! こっち、ビールおかわり!」

「新相棒、聞いたか⁉ 爆発物ズ(複数形)持っているらしいぜ⁉」

「あ、俺、偶然写真撮ったわ」


 怒号に歓声に、満ち満ちた明るい熱気だ。

 あと、理由は不確かだけども殴り合いも。


「歴代屈指の経済効果だったらしいよ」


 手すりに体を預けて頬杖をつく支・ひなたが答えた。


「ま、派手好きが高じて大衆受けしたんさ」

「屋台とか売り子さんとか……ちょっとした縁日みたいになってますもんね……」

「グッズ販売の権利とか、雑誌の表紙とか、まあ忙しかったもんね」

「へえ、すごい!」


 けれども、桃奈には疑問がある。


「どうして、ひなたさんはそんなに……その、つまらなそうなんです?」

「そう? ま、見慣れた風景だし」

「……私が怪盗をすること、的屋さんを巻き込んでしまったこと、良く思っていないのはわかっているんです……」


      ※


 支・ひなたにとって、結論としてその通りだ。


「ケンカを売る相手が、大きすぎるんよ」


 けれども、


「じゃあ良くないからと言って、反対するかって言ったらそうじゃない」

「え」

「事がここまで至ったら、投げ出すわけないよ。だいたい」

 

 協会にて怪盗登録を果たして、五日目だ。


「だったら、ここまで親身に付き合わないさ」

「あ、はい! 一通りの訓練と、装備を整えていただいて……衣装もこんなに素敵な……素敵……」

「デザインは咲華だからね。気に入らなきゃ、作戦中に破いてきな? 新しいの用意するだろうから」

「わざと破くのは……だけど、こう、どうして胸のところに『爆弾』をあしらったんでしょう……」

「……すげー笑顔で縫ってたしなあ……」


 二人でいろいろ思うところがあって、沈黙が。

 気まずさを、けれど桃奈がすぐさまかき消してくれる。


「ごめんなさい、ひなたさん。勝手に、見た感でつまらないなんて」

「いい、いい。地顔なんだ……ほんと、いい子だね桃奈は」

「え?」

「親御さん、いい人だったのがわかるよ」


 少女が執着する理由が、間接的にであるが伝わってくる振る舞いだ。

 この五日ばかりの付き合いで、存分に堪能できた。


「だから、うまくやって欲しいとは願っている」

「あ、はい! ありがとうございます!」

「とはいえ、当の咲華がまだ来てないんだけど」


 現時刻は、一八時五五分。

 作戦開始は一九時ちょうど。


「昼にちょっと準備してくる、って出ていったキリですもんね」

「どこほっつき歩いているんだか……うん?」

『あーごめんごめん。お待たせしているね?』


 無線へ、話題にあがった待ち人の声が届けられた。


      ※


「的屋さん? その、もう時間が……」


 開始まで、五分を切っているのだ。

 予告状を出しているのだから、遅延や先駆けは許されない汚い手段となる。


「彼女のデビューに、泥を塗る気?」

『うんうん、わかっているよ。けどさあ、久しぶりの準備で熱が入っちゃってねえ』

「遅刻とか、プロ失格よ」

『ごめんて、ひなちゃん。悪いんだけど』


 悪びれない彼の声は、なんだか頼もしく、


『まあ、予定通りさ。最初は桃奈ちゃんの『お披露目』からでしょ?』

「的屋さんは後から、でしたね」

「ズブの新人を一人で突っ込ませる気なの?」

『平気平気。すぐに僕も追いつくからさ』


 募っていた緊張をもやわらげてくれる。

 そんな人となりが『人気』の秘訣でもあるのだろうか、なんて思ってしまうほどに。


 分針が、天上を刻んだ。

 

『さ、桃奈ちゃん……ああ、いや』

「……そうですね『スプリングテイル』さん」


 現刻を以て、作戦開始となるのだから。


『ああ『スイートアンカー』、行こうか』


 名を『得た』少女は、目元を引き締め、手摺りに足をかけ、

 

『ここから『ショウタイム』さ!』


 無線の声に背を押されるまま『戦場』へ飛び立つのだった。

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