5-4

「しかし、今日のところはひとまず帰ろうか。その方がエルデンも安心するだろう」


 ブレンにそう言われ、アイーシャは獲物が入った雑嚢を軽く振った。


「もうちょっと欲しいわね。無理はしたくないけど……お化け茸でもいいから、何かもうちょっと狩っていこう」


「そうか。お化け茸だと……ここから東の方が湿地だったな。そちらに行ってみるか」


 ブレンの言葉に、アイーシャが驚いた顔を見せる。


「あんた、お化け茸の生息地を覚えたの?」


「一度行った場所は記憶できる。頭の中に地図みたいなのがあるんだ」

 言いながらブレンは左手でこめかみのあたりを押さえた。


「へえ、魔導人形は便利なのね。あんたの言う通り東の方に湿地があるわ。行って――」


 吠声が響いた。それほど遠くない場所で、何かが戦っているようだった。


「何だろう?」


 ブレンが聞くと、アイーシャはしばらく耳を澄ませてから答えた。吠声は間断的に聞こえていた。


「狼……普通のじゃなく、多分暴れ狼の方ね。なにか捕まえたのかしら?」


「そいつらも狩りをしているというわけか。危険だな。やはり帰ろうか。暴れ狼は手強いんだろう?」

 そう言い、いくらか真面目な顔をしてブレンはアイーシャを見る。


 アイーシャは耳を左右に振って音や距離を確認しているようだった。ブレンの聴覚機能は南南西に約百メットルと判断していたが、方向に関してはアイーシャも南南西とみたらしい。そちらを睨んで考え込んでいるようだった。


「……行ってみましょう」


「本気か? 危険じゃないのか?」


「危険は危険だけど……食事中なら多少は気が緩んでいるはず。五頭程度の群れなら……一人だと無理だけど、あんたがいれば何とかなるわ」


「もっと多かったらどうするんだ? 囲まれたら危険だぞ」


「だから、言われなくても分かってるわよ! 私だって闇雲に近づく気はない。数が多いようなら引き返すわ」


「暴れ狼は金になる、ということか」


「そうよ。と言うか、金にはならないけど、暴れ狼は指定害獣だから特別に報奨金が出るのよ。耳か尻尾を交換所に持っていけば一つ一万ダーツ。五頭なら五万。悪くない儲けよ」

 アイーシャは雑嚢を担ぎ、吠声のする方向へ歩き始めた。


「ほら! 何やってんのよ! 早くしないと獲物を持ってどっかに行っちゃう!」


 ブレンは足を止めたまま、急かそうとするアイーシャを見ていた。


「僕はまだ、暴れ狼の危険度がどの程度かわからない。だから、君を守れるかどうかわからない」


「何言ってんのよ、狂い猪を倒したくせに! 狂い猪一頭で、ざっと暴れ狼五頭よ。戦力的にはね」


「ふむ。五頭だとすれば、あの時の狂い猪並ということか」


「だったら行けるでしょ? あんたの剣で五回斬ればいいだけよ! それが無理でも、今の私なら魔法をたくさん使える。あんたが狼を引き付けていれば、私は攻撃に専念できる。無理な戦いじゃないわ」


「一〇頭や二〇頭いたらどうするんだ? 僕はまだ自分の体を完全に扱えてはいない。こんな状態で、わざわざ危険な魔物を相手にすることは……危険だと思う」


「そんなこと言ってたら何にも出来ないわよ! やってみなきゃ、あんたの力だって戻るものも戻らないわよ!」

 反論するブレンにアイーシャは苛立った声をぶつける。


「むう……しかし」

 ブレンは煮えきらない様子でまだためらっているようだった。アイーシャはそんな様子に奇妙なものを感じた。


 通常、魔導人形は人間に従順だ。聞いた話でしか無いが、基本的にはなんでも言うことを聞く。極端なことを言えば、自分を壊せといえば壊してしまうのだそうだ。従順と言うより自分を壊すと自分がどうなるのか理解をしていない……そういう面もあるそうだが、今のブレンは明確にアイーシャに反対の意思を表明している。


 ますます変な魔導人形だ。アイーシャはそう思ったが、今はとにかく暴れ狼を逃したくなかった。


「しかしも案山子もないの! 行くわよ! ご主人様の命令!」


 そう言ってアイーシャは草木をかき分けて森の奥へと進んでいった。ブレンはその背を見ていたが、アイーシャに遅れないように駆け出した。

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