5-3

「ふう、疲れた……あんたのおかげで魔力はたくさんあるけど、魔法を使って疲れるのは、何だか前以上ね」


 アイーシャは胸に手を当てて深く息をつく。一日中走り回ったかのような疲れが足先から頭にまで詰まっている気分だった。三時間くらいしか狩りに出ていないのに、この疲れ方は異常だった。


 しかし体の奥底には魔力が渦巻き、まるで暴れたりないとでも言うように存在を主張している。自分の魔力をこんな風に感じるのは生まれてはじめてだ。ブレント主従関係を結んだ影響に他ならない。


「魔力が僕から君に流れているのは、僕も感じる。魔力の消耗という意味では、数度魔法を使っても今の君はさほど消耗しないだろう」

 ブレンは自分の右手の甲の模様を見ながら言った。


「となると、魔力量の問題ではなく使い方の問題か? これまでにその症状を感じたことはなかったのか?」


 ブレンの問いに、アイーシャは少し考え答える。


「そりゃ使いすぎると疲れるわよ。頭が割れそうに痛くなることもあった……でもそれとはちょっと違う。魔力に体の中をかき回されてるみたいな……変な疲れ方ね」

 言いながら、アイーシャは焦げた髪の毛先を手にとって見つめる。


「あーあ、こんなに髪が焦げて……絶対おじいちゃんに何か言われる。これも全部あんたのせいよ! あんたが初太刀でちゃんと仕留めてればこんなふうに私がやられることはなかった!」

 髪の焦げ付いた部分を捻じりながらアイーシャが言った。


「確かに何か言われそうだ。エルデンは心配性のようだからな」


「他人事みたいに言ってんじゃないわよ! おじいちゃんもあれで若い頃は結構無茶してたらしいけど……今じゃすっかり普通のおじいちゃんね。年を取るとみんなそうなるのかしら?」


「君を愛しているからだろう。年齢の問題ではないんじゃないか」


 ブレンの言葉に、アイーシャはぎょっとしながら答える。


「愛……まあ、そうなのかも知れないけど……恥ずかしいから真顔でそういうのやめてくれる?」


「そもそも……何故祖父しかいないんだ? 人間には両親がいるはずだろう。別の所に住んでいるのか」


「うげっ……それ聞く……?」

 アイーシャは苦虫を噛み潰したような顔でブレンに答えた。


「何か問題があるのか?」

 ブレンは涼しい顔で聞いた。察する、という機能は実装されていないようだった。


「ポンコツね、本当……まあいいわ。うちの親は……ダナーシュ教にかぶれて聖地巡礼の旅に出ちゃったのよ。大体十年くらい前……私が七歳位の時に」


「ダナーシュ教?」


「知らない……わよね。新興宗教だから。五十年前くらいから流行ってる宗教よ。今じゃ王様もこれにご執心らしいけど……一心に祈ってればいいことがあるって他力本願な宗教よ。教祖のダナーシュは各地を旅しながら祈り続けていて、それでいくつかの奇跡も起こしたらしい。そういう場所を信徒が巡るのが聖地巡礼だけど、うちの親は二人共それで私を置いて出て行っちゃったのよ」


「幼い君を置いてか?」


「そう。というか、置いて行かせたのよ。おじいちゃんが反対してね。でなけりゃ今ごろ私も、この国のどっかで巡礼の途中に野垂れ死んでたはずよ」


「死んだのか、君の両親は?」


 アイーシャは髪の毛を指でくるくると巻き取りながら空を見上げる。


「さあ? 聖地巡礼の旅は普通なら三年くらいで終わるらしい。でも十年経っても帰ってこないんだから……死んだか、別の場所で暮らしてるかでしょ? 別の場所で生きてたって今更関係ないし、死んだのと一緒よ」


「そうだったのか。だから君はエルデンと二人で暮らしているんだな」


「おじいちゃんは優しいし、今の暮らしに不満はないわ。金銭的にはともかく。おじいちゃんも怪我さえなければ今も調達士を続けていたんだろうし、私だって色々教わることが出来たはずなのに……怪我のせいですっかり弱気になって、なんだかしょぼくれちゃった……こんな事言わないでよ、おじいちゃんには」


「エルデンはダンジョンで怪我をしたんだったか。だから余計に君のことを心配しているんだな」


「でしょうね。私に何かあったら……おじいちゃんは耐えられないかも知れない。でも生活のためにはダンジョンに潜らないと。こうなったら頼りはあんただけね」

 アイーシャは値踏みするようにブレンを見つめた。


「ふむ……そう言われると、何だか責任重大だな」

 ブレンはいつもの、どこか茫洋とした顔で答えた。

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