5−2
「しかし……エルデンの言うように、無理にダンジョンに潜る必要はないんじゃないか? 今日だってこうして魔物を捕まえることが出来た。僕一人では無理だったにしても……」
剣を鞘に収めながら、ブレンが言った。
「あんたにとやかく言われる筋合いはないわよ! 従者だっていうなら大人しく私に従ってなさい」
「しかしダンジョンはもっと危険なんだろう? 入らずに済むのならそれに越したことはないのでは?」
「しつこいわね……そういう事を言うのはおじいちゃんだけで十分よ! まったく……例えば、今日の稼ぎはざっと二万ダーツ。この調子で月の半分も狩りをやれば月に三十万ダーツ。二人で暮らすならまあまあの稼ぎよ」
「三十万……よくわからないが、そのくらいの金なんだな」
「でも一つ問題がある。魔物の数には限りがあるから、月に半分もこんな調子で狩っていると、そのうちいなくなってしまう」
「魔物がいなくなる……それはそれでいいことなんじゃないのか?」
「町の人達なんかはそうでしょうね。でも私達調達士や狩人は困る。それに魔物からしか手に入らないものもあるから、そういうのがなくなると困る人はいる」
「魔物からしか手に入らない? そんな物があるのか」
「そうよ。例えば刃鴉の刃羽。これはそのまま刃物になるから、鎌とか包丁になる。それに鋳潰せば普通の鉄としても使える。この辺に鉄の鉱山はないけど、精錬された鉄が比較的簡単に手に入るから便利なのよ。そういうのは他にも色々ある。だから、本当に魔物がいなくなったら、今の社会自体が成り立たなくなる部分はある」
「ふむ、そういう問題があるのか」
「でもダンジョンだとそういう心配がない。ダンジョン内部には魔力が満ちていて、魔物も無尽蔵に生み出されていると言われている。絶滅することがないから、いくら獲っても問題にならない。しばらく前まで疫病のせいでダンジョンが封鎖されていたけど、物資不足はダンジョン拾得物からの供給がなくなったからっていうのも理由の一つなのよ」
「ダンジョンは魔物がいくらでも出てくるのか。それはそれで問題のような」
「うるさいわね。ダンジョン反対派みたいなこと言わないでよ。とにかく、魔物を狩って安定した生活をするには、ダンジョンに入るしか無いのよ。この森や山だけじゃ街全体の需要を賄うことは出来ない。もうドゥリアの町は、ダンジョンありきの経済構造になってるのよ」
「それが、君がダンジョンに拘る理由か。なるほど、理解できたよ。となるとエルデンは実現不可能な提案をしているわけか?」
ブレンがそう聞くと、アイーシャはバツが悪そうに目を逸らした。
「……無理ってわけじゃない。結構我慢しなきゃいけないことが増えるだろうけど……私もなにか内職を手伝えば不可能じゃない」
それはアイーシャも考えたことのある道だった。調達士であることを諦め
エルデンにも言ってはいないが、アイーシャには夢があった。調達士として名を上げ、調達士の地位を向上させたいのだ。特にエルデンは、引退した今も町で後ろ指をさされていることがある。それを変えたい。
金のためには手段を選ばない欲深な連中。その認識を改めさせたいのだ。そのためにもダンジョンに潜り、いずれは財宝を手に入れてみんなを見返してやる。それがアイーシャの密かな願い、野望だった。
しかしブレンはそんなアイーシャの願いに気付くはずもなく、言葉を続ける。
「安全だが貧乏な暮らしは、君にとっては積極的に賛同する理由がないということだな。危険を冒すことで利を得る方を選んだ。それは理解できる。エルデンが金よりも君の安全を優先したいというのも理解できる。世の中はままならないものだな」
「何知ったふうなこと言ってんのよ! あんたはせいぜい私の役に立てつよう頑張りなさい!」
「分かった。心がけるよ」
ブレンの軽い受け答えにあしらわれたような気がしてアイーシャはムッとする。しかしこの魔導人形は人間の感情を完璧に模倣しているわけではないようだ。深い部分ではどこか不自然な、無関心であったり深刻さが足りなかったりするようだ。少なくともそう見える。剣技のことといい、この魔導人形には何かが欠けている。
それをこいつに言っても無駄だろう。所詮はポンコツなのだ。とりあえず、従者として役に立ってくれればそれ以上は望むまい。アイーシャはそう考えていた。
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