第22話:エピローグ 勇士と共に

(しかし……)


 薄暮の帰り道を皆と歩きながら先程までのことを思い返す。

 突如挑まれた勝負、そして告白。色々とあったが、最善と思える形に収まった。

 いや、セレストに収めてもらったと言った方が適切か。

 その彼女は最初俺と並んでいたが、歩いている内に自然と男女に分れ、今はメアリーたちと話し込んでいる。


「セレストさんの髪、綺麗ですよね……」


「あ、本当。砂とかゴミとか着いてないのね」


「これはちょっとした修行の副産物でな。髪に魔力を編むように通すんだ。これを毎日続けていると──」


 前を歩く女性四人は今も楽しそうに喋り続けていて、俺が入る余地はない。


(どうしたものか……)


 テオフィロは上機嫌そうに、しかし静かに、俺と共に歩いている。話好きな彼なら女性陣に混じっていても良さそうなものだが、気を遣ってくれているのだろうか。

 思案しいると、彼が軽い口調で話しかけてきた。


「今日はどうだったかい?」


 漠然とした問いに今日の諸々を想う。生徒会の仲間と級友に祝福され、古くからの仲である彼女に想いを告げられた。

 文句の付けようもない。


「いい誕生日だった」


 テオフィロはうんうんと頷き、


「それはよかった。だ・け・ど」


 飛び掛かるように俺の肩をつかんだ。

 疲労の残る足がたたらを踏む。

 急に肩を組んできたテオフィロに眉を顰めると、彼は「気にするな」と言うように快活な

 笑みを見せた。


「なんだ、一体」


「ははは、ごめんごめん。いやいや、君が『いい誕生日だった』なんて過去形で話すものだからつい」


 テオフィロは前を歩くセレストを一瞥し、俺の耳に手をかざしてこそこそと続ける。


「まだやることが残ってるんじゃないかい?」


「ああ、わかっている」


 歩きながら思案していたことだ。

 外に連れ出されたことで機を逃したが、俺も彼女への贈り物を用意している。メアリーたち推薦のテディベアだ。

 俺は先に生徒会の方へ行かねばならなかったから、プレゼントは彼らが会場に運んでくれているはずだ。


「忘れてないようだね? よし、少しくらいは手伝ってあげよう」


 彼はそう言うと俺の肩から手を放し、代わりに大きく振って「おーい」と前の四人に呼び掛けた。


「どうかされましたか?」


「うん、それがローランくんがパーティ会場に忘れ物をしたらしくてね? 取りに行こうにも会場の場所も忘れてしまったそうだから誰かについていって貰いたいんだ」


 どうやら忘れ物の名目で俺とセレストを二人きりにする気らしい。


「あ、あぁ、そういうことですね、わかりました。ではセレストさんにお願いできますか? 私たちは、その……」


「事後の手続き」


「そう! 会場のお片付けの手配や、事務に使い終わりましたって報告に行かないといけませんので」


 白々しいセリフの意図に気づいた二人がフォローに入る。一方でエリザベットは不満げな様子で、


「なんでよ。セレストさんは疲れてるんだしそんなのテオフィロが付き合いなさいよ。大体片付けの手配なんて事前に──」


 言いかけたエリザベットの口がミリアの手でふさがれた。


「それでは、後のことはお願いいたしますね!」


「ちょっ、この女、ミリアまで! わたし何かした!?」


 そのまま彼女はメアリーに引っ張られいずこかに去っていく。

 俺に直接誘う勇気がないばかりに……。すまない、エリザベット様。


「ではでは、僕も失礼いたします」


 テオフィロはセレストに恭しく一礼すると、俺の背をたたき、


「例の物は入ってすぐ、左の机の下にあるから、頑張りなよ?」


 とだけ告げてメアリーたちの後を追っていった。

 俺と共に残されたセレストはあきれるたような顔をして、


「なあローラン。先週も思ったんだが……」


「言うな。心遣いは有り難く受け取るべきだろう」




 誰もいないパーティ会場に二人で入る。

 二人の足音が静かに響く。華々しい装飾だけが騒がしかった昼間を覚えているようで、寂寥感すら漂っている。

 目当ての物はテオフィロの言った通りの場所に安置されていた。

 パーティの余韻を味わうようにふらふらと歩いているセレストの元に、布で包まれたそれを持って行く。


「本当にあったのだな。忘れ物」


「何を言う。俺は忘れ物を取りにここに来たのだぞ」


「ふふ、そういうことにしておこう。それにしても、プレゼントのように見えるが、試合に行く前に運ばせたのではなかったか?」


 苦笑する彼女の言う通り、ここや生徒会でもらったものは既に使用人に任せている。


「そうだな。だからこれは貰ったものではない。贈り物だ。無論、君への」


「ローランの誕生日なのにか?」


「ああ、セレストには特別世話になっているから、その礼と思って受け取ってくれ」


 包みを差し出すと彼女は一瞬戸惑ったが、「そういうことなら」と愉快そうに手に取った。


「軽いな。ここで開けても?」


「構わない」


 彼女は袋の口を縛っていたリボンをほどき、中をのぞいて、固まった。


「ローラン、どうしてこれを……」


「気にいっていたようだったから。あー、違う柄の方がよかったか?」


 雑貨屋の一角には多種多様な柄や形のぬいぐるみが並んでいた。

 メアリーとエリザベットの助言を受け、ぬいぐるみをこっそり物色するセレストを、俺もまたこっそりと観察し、最も気に入っていると判断したのがこの花柄のテディベアだった。


「いや、合ってる、合ってはいるんだが、そんなにわかりやすかったか? というか、お前見てたのか!?」


「盗み見ていたことは謝罪する。だが、わかりやすかった」


「そうか……」


 彼女は嬉しそうなまましょんぼりするという器用な芸当をした後、周囲を警戒するようにうかがった。閉まり切っていなかった扉を足早に閉めてくる。


「よし、誰も見てないな……。じゃあ、開けるぞ」


「そこまで気合いを入れるほどの物でもないと思うが」


「いいんだよ」と彼女は笑って、袋からテディベアを取り出す。


「おお……」


 彼女は赤子をあやすようにテディベアの両脇を持って頭上に掲げ、くるりと回って喜びを表現する。次いでそれを胸元まで降ろすと、胴体や手足をふにふにと触りか感触を楽しんだ。

 今度は抱きしめようとして、


「いかんな、汚れてしまう」


 己の砂だらけなドレスを見て残念そうに中断。テディベアを袋に戻した。


「喜んでくれて何よりだ」


 想像以上の好反応だった。

 告白の返事をしたときよりも喜んでいないか?


「当たり前じゃないか。彼氏からの初プレゼントだぞ?」


 彼女は──俺の彼女は、いたずらっぽく笑った。

 そんな言い方をされるとこちらが恥ずかしくなってしまう。


「そうか」


「そうだ。勇気を出して告白した甲斐があったというものだ」


 テディベアの入った袋を大切そうに抱きかかえる。その両腕は少し強張って見えた。


「貴女も緊張するのだな」


「そりゃそうさ。『長年の付き合いのお前に、もし断られたらどうしようか』なんて何度も何度も不安になった。改めて考えると、断られてたとしても家の付き合いは続くのだから、もしものときは滅法気まずかっただろうな……」


 冗談めかして言う彼女を見て、勇気を出して告白してくれたのだということを実感する。


「そうか。悪かった」


「別にいい。私の方がお姉さんだからな。だが──」


 彼女は俺に一歩近づき、下からこちらの顔をのぞき込んで、からかうように言う。


「プロポーズは、期待しているぞ」


 次は俺の番、ということだろう。

 いつになるか、どのような方法にするか。何も考えられていないのに適当なことを言うのは不誠実だろう。故に、今は意気込みだけを伝える。


「ああ、善処する」




「あ、そうそう。私もお前に言おうと思っていたことがあったんだった」


 そろそろ帰ろうかというとき、セレストが思い出したように言った。


「お前、キメラと戦ったときに動けなかったことを悩んでいたようだが……それ、間違ってるぞ」


「なに?」


 どういうことだろうか。いや、それ以前に、


「エリザベット様には『内密に』という約束で相談したのだが……」


「秘密にしたいのなら相談する相手を間違えたな」


 エリザベット……!


「まあ、いいじゃないか。おかげで私たちは付き合えたのだから」


「……。それで、間違っているというのはどういうことだ?」


 彼女は一つ頷き、真剣な顔で俺を見る。


「メアリー曰く、お前、最初に・・・メアリーを庇って負傷したそうじゃないか」


 最初に、と強調してセレストは言う。


「ならばお前は強者に面して動けなかったのではない。逆だろ、一番に動いたのはローランじゃないか」


「……」


 あのとき、キメラがメアリーを襲ったとき、確かに俺は真っ先に彼女を庇った。だが、それは反射的なもので、相手が何かも認識していなかった。何より、


「その後、俺が立ち上がらなかった事実は変わらない」


 正直な悔いを伝えると、彼女は仕方なさそうに苦笑した。


「何が可笑しい」


「すまん、すまん。ただ真面目だな、と思って」


 言うと、彼女は俺の頭に手をのせた。

 うつむきがちになった視界に、軽くかかとを浮かした彼女の足が映る。


「図体ばかり大きくなって……。まあ、真面目さも君の美徳だがな。あまり思い詰めるな。過去は変わらないのだから、前向きに捉えた方が得だぞ」


「だが──」


「だがじゃない」


 わしわしと乱暴に頭を撫でられる。


「全く、それでも納得いかないというのなら……。ああ、そうだ、リベンジしよう」


「リベンジ?」


「そうだとも。幸い、と言うのも不謹慎だが、逃げたキメラは未だ見つかっていない。だから──私たちでの魔獣を倒そう」


 彼女の手が離れる。

 顔を上げると、凛とした力強い表情の彼女がいる。


「どこに居るのかも分からない」


「いつかまた会う。そんな予感がする」


「……俺たちで勝てるのか?」


「私たちなら勝てる。そんな気がしないか?」


 彼女は両腕でテディベアの袋を抱き直す。その腕には、やはり必要以上の力が入っているように見えた。俺は、それに気付かぬフリをして、彼女に応える。


「そう、だな」


 俺はセレストほど前向きに過去を考えられない。

 あの森に残した自責の念は消えない。

 だが、それでも未来を描くことは出来る。


「君と共に強くなると、つい先ほど誓ったのだったな。ならば、キメラさえも打倒出来る騎士になろう」


「ああ、お前のそういうところが好きだよ、ローラン。伝説の魔獣何するものぞ、目標には丁度良いさ」


 そう言うと、彼女は勝ち気に笑って見せた。


 それははじめて会ったあの日と変わらぬ、眩しくて力強い笑みだった。

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