幕間1『ゲームな世界』
幕間1-1:達成率20%
「ローランルート、クリア!?」
メアリーの部屋で見たもの、それは間違いなくローランルートをクリアした証。クリア後ゲームのホームに表示されるモニュメント、『鮮翠の騎士』の楯だった。
「今朝起きたらこの楯と棚が現れていたのです! ローラン様とセレスト様がお付き合いしたことで、言い換えればローラン様に彼女が出来たことで! ルートがクリアされたと判定されたんですよきっと!」
興奮冷めやらぬ様子でまくし立てるメアリーだったが、わたしは理解が追いつかない。
「ちょっと待ちなさい。えっと、『判定された』って誰に?」
問うと、彼女はきょとんと首をかしげる。
あ、うん。今自分でも「気にするべきはそこじゃないだろ」って思いました。なんと言うか、外したわ。
しかし、彼女はむむむと真剣そうに考え、
「この世界が『マジダム』の世界とするなら、判定するのはこの世界そのもの、世界のシステムみたいなものなのではないでしょうか? あるいは神様――大いなるレアノ様、とか?」
自信なさげに推論を述べた。
「少なくとも、私やポートさんが持ち込んでおらず、侵入者もいないはずのこの部屋に楯は忽然と現れました。これも一種の『ゲーム補正』と考えてよいかと」
ゲーム『
ゲーム世界の『補正』。
人の言動なんかが誘導されるだけならまだしも。ゼロから物が現れるなんて、それは『補正』と済ませていいものだろうか? ぞっ、と背筋に寒気を感じる。
わたしは薄ら寒さにクールダウンして、そういえば、と早朝に呼び出された無礼を思い出した。
「そう、そうよ、こんなもの見せられて忘れかけてたけど! あんたねえ、平民のくせにこの公爵令嬢のわたしを呼びつけるなんてどういう領分よ!? 楯が見せたいのなら、あんたがわたしの部屋まで持ってきなさいよ!」
「ご尤もです。しかし、エリザベット様にご足労頂かなくてはいけなかったのには理由がありまして」
「何? ゲームと同じ状態を見せたかったとか?」
「惜しいです! この楯、もしかしたら棚もなんですが──動かせないんです、全く」
「は?」
この、固定もされずにぽんと置かれてるだけに見える楯が? 動かせない?
「はい、今朝これを発見したときに机に登って取ろうとしたのですが──」
「朝から主人の奇行を見せられるポートさんが不憫だわ……」
「ちゃんと見られないように気をつけましたよ! とにかく、見た目に反してこの位置から一ミリも動かせないんです。きっと壊すことも出来ないんじゃないでしょうか」
そんな理不尽な……。
とはいえ、心当たりがないわけではない。
『Magie d’amour』のホーム、主人公の自室は家具や壁紙を買うことで模様替えが出来た。しかし、そこには例外がある。
それが、この棚だ。
これはインテリアというよりどのルートをクリアしたかを示すアイコンのようなもので、部屋に有りながら動かしたり片付けたりといった干渉が全く出来ない。
その仕様が再現された結果が、これだ。
「でもゲーム内で変更できない調度品なんて他にもいろいろあるじゃない? なんでこれだけ?」
「変更したり動かしたり出来る家具の中でこれだけは変えられないという特別さが世界の目を引いたんですかね……」
投げやりに言う彼女は遠い目をしていた。
と思えばぶんぶんと頭を振り、目を輝かせてこっちに詰め寄る。せわしない奴め。
「とにかく! これでローランルート攻略完了です! 『攻略対象に彼女が出来ればルートクリア扱いになるんじゃないかなあ』という希望的観測も立証されました!」
この『補正』の塊は不気味ではあるが、『他のルートを3つ以上クリア』を条件とするロミニドの攻略には光明となる。
『ルートクリア』をゲーム通りに捉えるなら各ルートに1年かかる以上、この世界で条件を達成するのは普通に考えて不可能なことだった。それを『攻略対象と他のヒロインをくっつける』ことで代用する、というのが計画だけど、正直かなり無理がある。というかわたしは無理だと思っていた。
それがなんとまあ驚くほどあっさり上手く行ったのだ。ロミニド攻略を目的とする彼女にとっては小躍りするくらい嬉しいだろう。
コンコン、と閉めていたドアがノックされる。
「メアリー様、エリザベット様もいらっしゃいますか? お話の途中でしたら申し訳ありません。そろそろ出ませんと始業の時間に遅れてしまいます」
「ありがとうございます! すぐに出ます!」
快活に返事をしたメアリーが、「最後に」とローランの楯の右横、3枚分の空いたスペースを指す。
「後3人、頑張りましょう!」
おー、と二人して拳を突き出す。彼女は元気に、わたしは適当に。
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