第21話(下):騎士の生まれた日
「ここは……」
「第4屋外試合会場。以前私に魔法試合を見せてくださった場所ですね」
セレストが向かったのは彼女とローランが試合した場所だった。
「おおー」
ミリアが小さく歓声をあげる。
そういえば、試合の話をしたとき「観たかった」って言ってたわね。
「セレストさんはここで何をする気なんだろうね?」
一緒に歩いてきたテオフィロが疑問する。
何ってまあ告白するはずなんだけど……。
こんな殺風景な土の地面で告白するくらいなら、こじんまりしてても小綺麗なさっきの会場でした方がまだムードがあると思う。せっかく頑張ってセッティングしたんだからちゃんと使って欲しいわ。
そんなわたしの意向なんてお構いなしに、セレストは木剣を二振抱えリングの中央に佇んでいる。
彼女の元にはローランだけが向かう。わたしたちは場内に入るのも躊躇われたため、傍からの観戦状態だ。
彼が十分に近づくと、セレストは抱えた木剣のうち大きい方を投げ渡した。
「ほら、得物はそれでよかったか?」
ローランは感触を確かめるように一回、二回と素振りし、
「剣は問題ない。だが……これはどういう趣向だ?」
当然の疑問に野次馬一同もうんうん頷く。
「ああ、うん。そうだよな、言わなくちゃ分からんよな……」
彼女は照れくさそうに目線を逸らす。
「私はな、ローラン。誕生日の機会にお前に伝えたいことがあったんだ。だが、気持ちを言葉にしようとしても、どうにも上手くまとまらなくてな……」
セレストさん、それは……。
彼女の説明を聞き同じことに気づいたのだろう、メアリーがこちらの袖を引き小声で、
「エリザベット様、あれもう告白してるようなものではないでしょうか?」
「しっ、セレストさん多分自分で気づいてないから言っちゃダメよ! 聞こえたらどうするの!」
わたしたちの心配をよそに彼女は続ける。
「そこで、だ。言葉でダメなら剣を打ち合えば気持ちも伝わるんじゃないかと思ってな」
セレストは剣を抱えていた剣を構え、今度こそローランと正対する。
彼女の意図はつまり“剣で語り合お”ということらしい。
「河原メソッド……」とメアリーがつぶやく。
いつぞや『河原で殴り合えば友情も生まれるでしょ』と言ったのはわたしだけど、まさか告白もそのノリでするなんて。わたしが思っていた以上にセレストは少年漫画的精神の持ち主だった。
「それがプレゼント、と?」
ローランはまだ困惑気味である。
「ああ。最近お前も悩んでいるようだったしな。思いっきり体を動かして人と剣を重ねる、悪くないだろう? まあ、他にも用意してるものはあるが、それは後で渡す」
「成程」
笑みすら浮かべて剣を突きつけるセレスト。彼女の言に一応納得した様子でローランも大剣を構えた。
セレストは笑みを濃くし、
「では、行くぞ!」
ローランに飛びかかった。
勝負の展開はこの前とほぼ同じだった。
セレストは“速度”の魔法で強化されたステップで連打を叩き込む。対するローランはじっと構えてそれを捌く。
ただ一つ違うのは、
「セレストさんが押してる?」
「前の試合ではローランくんが勝ったと聞いているけど、確かにこれは……」
前回はローランが場をコントロールして計画的に後退していた。
だが、今は完全にその場に釘付けにされており、厳しい顔色からも苦境に立たされているのが伺える。この違いは一体……。
「メンタルです」
メアリーが断言する。
「急に告白が戦闘になったのは驚きましたが、セレスト様はよく考え、剣を通して気持ちを伝えようと決心してこの場を用意したんだと思います。対してローラン様は葛藤を抱えたまま流されるようにこの場にいます」
一言で言うと、覚悟の差ってことかしら。
「悩みを抱えていらっしゃることもあって今日のローラン様の剣は精彩を欠いています。元よりお二人の実力差は僅かです。メンタルやコンディションが違えば、その差は簡単に覆ります!」
彼女の言葉を証明するようにセレストの連撃がローランの守りを上回った。
一度崩れた均衡は覆らない。
急所は防いでいるが腕、脚と徐々に被弾が増え、そしてついに──
「取った!」
セレストがローランの背後を取る。
上段から木剣を下ろすが、寸止め。勢いを殺し、こつんと軽く後頭部を叩いた。
「まずは私の一勝だな」
振り返るローランに見せつけるようにセレストは勝ち気に笑う。
「まずは……」
「そうだ。時間はまだまだあるんだ一戦で終わりなんてつまらないことは言わないさ。それとも、もう降参するか?」
「……いや、次に行こう」
距離を取り剣を構え直すローラン。
セレストはそれを見て笑みを濃くし、
「そうこなくては」
タンッ、と軽く跳んでローランに踊りかかった。
二戦目のはじまりだ。
────────
それから幾度となく二人は剣を重ねた。
わたしはちょっと飽きてきた。
他の人はどうかというと、
「あんた何してるの?」
メアリーはしゃがみ込み、どこからか持ってきた木の枝で地面に落書きをしていた。
「勝敗の記録を取っておこうかなと思いまして」
上下に区切られた地面には縦線が数本ずつ書かれている。
カンッと木を強く叩く音がした。
ローランの剣をセレストが弾き飛ばした音だ。
「これでセレスト様は5勝2敗ですね」
そう言って上の4本の上に斜めに線を引いた。
正の字じゃないんだ、と思ったけど漢字のないこの世界で正の字書くのも変か。タリー法って言うんだっけ、これ?
「ふむ。これはこのままセレストさんの逃げ切りかな?」
「ローランが逆転する、と思う」
テオフィロとミリアもメアリーの取る記録に興味を示してきた。
二人もただ見てるのは飽きてきたのかもね。
「私もローラン様の逆転に一票です」
「分かれたね。ではローランくんが勝ったら次のお茶会に何か持っていこう。パンフォルテがいいかな?」
「セレストが勝ったら、パンデピス」
こいつら賭けはじめた。
「ちょっと、あの二人の大事な……大事な、なんだろう? 告白? 儀式? そんな感じの何かを賭け事の対象にするんじゃないの。失礼でしょ」
「ははは、すまないね。ところで、エリザベット様はどちらが勝ち越すと」
「…………セレストさん」
3勝分の差を付けてるのは大きい。
というか、つい答えてしまった。予想を口にしたからにはわたしも同罪だ。
「ま、いいか」
場内の二人はもうこっちのことなど眼中にない。だったら邪魔にならなければ何をしてても構わないだろう。
あの試合場は二人だけの世界。
そう思えば、汗臭く無骨な場所でも、ある意味ロマンチックかもしれない。
陽はまだ沈みはじめたところで暗くなるまでは1時間ほどある。
それまで戦い続けるのかしら、なんて思いながらお茶受けが掛かった試合を眺め続けた。
───────
もう何試合目なのかも分からない。
ローランの隙を探りながら左右にステップを踏む。
彼に勝負を挑んでから一度休憩を挟んだだけで戦い続けている。
酷使し続けた脚は重く、魔力も残り少ない。
だと言うのに口の端が自然に上がる。
「楽しいな! ローラン!」
ただ真っ直ぐに突き込む。
「ああ!」
順手に握った大剣の腹で受け止められる。
よかった。彼も純粋に剣を重ねることが、戦うことが楽しいと感じてくれている。
彼が大剣をプッシュ、私の剣は斜め上に弾かれた。
その勢いを利用し一回転、弾かれた剣を体ごと回せばそのまま打ち下ろしの軌道になる。狙うのは右足、大剣を真逆の上に振った後では守りにくいはずだ。
魔法で補助をかけ、回る。遠心力を乗せて、流すようにふくらはぎを打とうとし──
「くっ!?」
止められた。
ローランの土壁が狙い澄ましたように立っていたからだ。軌道を読まれた。
攻撃に失敗し足が止まる、その隙を逃さず上から覆うように大剣が振り下ろされる。懐から離脱し大剣から逃れようとする、が、疲労の重なった足が付いてこない。
当る、その直前で剣はピタリと停止。寸止めによる決着、私の負けだ。
彼が剣を下げ、私も距離を取って仕切り直しとする。
試合の合間、息を整えながら言う。
「どうだローラン、私の気持ちは伝わったか?」
「わからないな」
きっぱりと言われてしまった。
「気持ちというのはやはり言葉の方が伝えやすいのではないか?」
「そうか。そうだな」
きっと彼の言う通りだ。
だけど、私はこれが最善で、気持ちが最もちゃんと伝わると思ったんだ。
今でもそれは間違いではないと思っている。
「だが──」
彼が続けた。
「貴女がとても真っ直ぐなのはわかった。その太刀筋は誠実だ」
なんだ、ちゃんと伝わってるじゃないか。
「それだけ分かれば、十分だとも!」
声とともに突進する。
軌道は回り込むように。今度の狙いはすれ違いざまの横薙ぎだ。
しかし、それもローランに合わせられ、真正面から剣がぶつかる。
いい剣だ!
剣を手放しそうになるほどの衝撃。手指が痺れ、そのまま大剣に押される。
「君の剣からは迷いを感じていた。だが今のはどうだ! 君のもいい太刀筋じゃないか!」
言うと、大剣に込められた力に綻びが出来た。
まだ迷いは振り切れないか。
まあいい。私の方がお姉さんだからな、それくらいは受け止めてやる。
圧から解放された長剣を立て、足の位置も軽くアジャスト。鋭く動かしたつま先に土が削れるのを感じながら次の手を打つ。
打って、止められ、弾かれ、また打ち込んで。
どうすれば優位を取れるか考えながら繰り返す。
ああ、本当に楽しい。
ずっとこうしていたいが、そろそろ日も暮れる。
「はぁああ!!」
最後に相応しいように長剣の先まで“速度”を乗せた渾身の一撃を放つ。
それはローランがコンパクトに振った大剣と交差し──
バリッ、と乾いた音がした。
長剣が折れたのだ。
来るべき反動が手に来ない。バランスを崩した体は勢いのままにローランに倒れかかる。
「あ」
二人でもつれるように地面に倒れ込んだ。
「えっと、すまん。大丈夫か? 木の先が刺さったりしてないか?」
「大丈夫だ。ただ……少し、近い」
そ、そう来たか!?
「お、おおう、そうか。すまない」
彼の胸板に密着していた上半身を起こす。
そのまま起きあがろうとして、やめた。
どうせドレスはもう砂だらけだ。汚れを気にすることもない。私は彼の隣に並び、仰向けになる。
暗くなりはじめた空にはうっすらと星が浮かんでいる。
「どうした?」
「別に大した理由はない。ただこうして君と並んで寝転びたくなったんだ。……後、足がそろそろ限界でな」
耳をすませばエリザベットたちが「助けに行くべきか」「もう少し様子を見るべきか」と話しているのが聞こえる。うん、もう少しそっとしておいて欲しい。
「なあ、ローラン楽しかったか?」
「ああ、有り難う。いい誕生日だった」
それは何よりだ。
「なあ、ローラン。お前は私よりも頭がいい。だけど、根は私と似ているよ。考え込むのは向いてない」
「……」
ほら、そうやって黙り込む。もっとシンプルでいいんだよ。
「最初の一戦の後、お前はもう一度やりたいって、負けて終わりたくないって思っただろ? 強くなりたい理由なんてそれだけでいいんじゃないか?」
「……ああ、そうかもな」
納得しきってはいないだろう。
でも空を見上げる横顔はどこかスッキリして見えた。
……。
こうして見ると、確かに、近い。
「『気持ちは言葉の方がよく伝わる』と言ったな」
「ああ」
返事が適当になってきているな……。
まあ疲れているのだから致し方あるまい。
もういっそこのまま……。
「そうだよな、じゃあ言うが──」
言ってしまおうか。
「ローラン、私はお前が好きだ。付き合ってくれ」
「ああ…………は?」
流れで認めて貰えるかと思ったが、流石にそう上手くは行かなかった。
目を丸くした彼がこちらを向く。息が触れそうな距離で目と目が合う。
たまらず、私はまた空を見上げる。目を合わせたまま告白の言葉を口にする勇気がなかったから。
「聞こえなかったのか? もう一度言おうか? 私は──」
「いや、大丈夫だ、聞こえてはいる。だが、なぜ……」
何故か。
それを上手く言葉に出来なかったから剣で伝えようと思ったのだが。
「それはまあ……直向きに訓練するかっこいいところとか、素直でかわいいところとか……後は、意外と頭がよくて気が利くところとか。そういう色んなところが昔から好きだよ。愛してる、と言ってもいい」
全く、なんてことを言わせるんだ気恥ずかしい。
「有り難う……。あ、いや、そうではなく、なぜ今ここで告白を……?」
彼の言葉に周囲を確認する。
踏み固められた土の上、砂埃にまみれたボロボロの二人。
告白のシチュエーションとしては0点に近い。
加点要素は星を見上げていることくらいか。
「お前結構そういうところ気にするよなあ……」
「ロマンチストでなければ騎士など目指すまい」
それもそうだ。
「まあ、なんだ。こんな状況で言ったのは、剣を打ち合うのが楽しくて気がはやった、とでも思っておけ」
さて、もうそろそろいいだろうか。
「それで? 結局、告白の返事は……?」
表には出てないと思うが、これでも内心ドキドキしているんだ。
返事を延ばされるのは心臓に悪い。
「セレスト」
彼がやっと口を開いた。
「少し、そのまま動かないで貰えるか?」
「ん? それはいいが──」
「どうして」と続けようとした口が、彼でふさがれた。
「ん!?」
唇が触れ合う。が、それもつかの間、すぐに離れてしまった。
名残惜しくて、彼と触れていた唇をはむと、少しじゃりじゃりした。
「ファーストキスは砂の味かー」
「すまん。熱のある返事をしようと思って、失敗した」
「いいさ」と笑う。
格好つけようとして、足りなくて、格好つかないところも嫌いじゃない。
寝転んだままの私の横、彼は起き上がり、片膝をついて手を差し伸べてきた。
「セレスト・リリシィ様。貴女の剣、そして貴女の言葉。しかと受け取った。それに応えたい。至らぬ身であるが、俺と交際してほしい」
彼の手を自分の手を重ね、起き上がる。
目線の高さが等しくなる。
「『至らぬ身』ではダメだ」
そのまま立ち上がり、今度は私が彼を引っ張り上げる。
「私とお前は横に並ぶんだ。支え合い、高め合えるように。だから『至らない』なんて謙遜はするな。いや、むしろそんな謙遜が出てこないほど鍛え直してやる。覚悟しとけよ?」
にやりと笑う。精一杯かっこつけて。
彼も笑っていた、「適わないな」と呟きながら。
二人で立つと、身長差で視線が再び彼の方が高くなる。
ほんの少し前まで私の方が高かったような気がするんだがな。
彼が表情を引き締め、凛と告げる。
「ならば、俺も誓おう。貴女とともに貴族として、騎士として、人として、強くあらんことを。そして、貴女がくじけそうになることがあれば、俺が貴女を支えると」
彼の言葉を反芻する。
うん、彼が望む関係は私の望むものと同じだ。
わき上がる気持ちのままに私は笑う。今度こそ、心から。
「ああ、その意気だ!」
────────────────
翌日のことである。
「エリザベット様、ご起床ください」
いつものようにサラに起こされて目が覚める。でも、いつもより時間が早い気がする。
「おはよう、サラ。まだ少し早くないかしら?」
「おはようございます、お嬢様。それが、メアリー様が『一刻も早く自分の部屋に来て欲しい』とおっしゃっておりまして……」
はあ?
手早く準備し、外に出ると、呼びつけた張本人が部屋の前で待っていた。
「あんたねえ、このわたしをわざわざ自分の部屋まで呼びつけようなんて──」
「お叱りは後で受けますので、とにかく今は私の部屋まで来て下さい!」
興奮気味なメアリーに引っ張られるように階段を駆け下り、彼女の部屋に入る。
そういえばこの世界でメアリーの部屋に来るのははじめてね。
『Magie d’amour』のホームまんまだわ……と感心していると、
「エリザベット様! これ! これ!!」
飛び跳ねんばかりの勢いで……訂正、本当に軽く跳ねながらメアリーが机の上の壁を指さす。
「だからなんなのよ」と言い返そうとして、そこにある物を見て絶句した。
「これは……」
簡素な壁付けの棚、その左の方に1枚の楯があった。
『鮮翠の騎士』と刻まれた楯が、
間違いない。この楯は『マジダム』における一つの証、ゲームには付き物のトロフィー。
その意味は明白だ。
「ローランルート、クリア!?」
「ローランルート、クリアです!!」
わたしは疑問符付きで、メアリーは元気に、攻略完了を宣言したのだった。
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