第21話(上):騎士の生まれた日

 この学園では学生の誕生日は親しい友人だけで簡単に・・・祝うのが習わしとなっている。


「貴族様のお誕生日なのに、意外と普通ですよね」


 わたしの部屋で飾り付けを選びながらメアリーが言う。


貴族わたしたちは見栄を張るのが大好きな人種よ。そんなのに好きにパーティさせてみなさい、学園が毎日お祭り騒ぎになるわ」


 人数と規模を自主規制しているのはそれを防ぐためだ。

 だから準備もちゃちゃっと終わるかと思ったのだけれど、小規模な分他人に任せることができず、自分でやることが存外に多い。

 今はローランへのプレゼントを考えている。

 あんまり気合い入れても仕方ないし、花束とか定番のものでいいかしらね……。

 贈答品の目録をめくりながら考えていると、飽きたのかメアリーが話しかけてきた。


「セレスト様とローラン様、大丈夫だと思われますか?」


「大丈夫じゃないのー。ゲームではほっとけばくっつく間柄だったんだし」


 わたしとメアリーしかいないからゲームのことも話し放題である。


「そう、ですね……。ですが、私たちが動いたためにゲームにはなかった関係やイベントが生まれています。幼馴染のお二人の関係は学園以前からの積み重ねたものですから問題ないとは思うのですが、それでも不安で……」


「面倒くさいわね。大体、あんたがくよくよ悩んだところで何の意味もないでしょうが」


 「そうですね」と繰り返しシュンとするメアリー。

 可哀想な姿に同情したわけではないが、確かにゲームとは違うことをしようとしているのにゲーム通りであることを期待しているのは矛盾している気がする。


 告白の前にこれまでのことを一度整理してみるのもいいかもしれない。


「セレストさんはあんたがローラン様とイチャイチャしてるのを見てムカついていた。そこにわたしが声をかけて、積極的にアプローチしようってなったのよね」


 メアリーが顔を上げる。


「最高に人聞きの悪い言われようですが事実ですのでどうしようもありませんね、反省してます……」


 わかっているならよろしい。

 まあ、不可抗力だったのはわかってるので今更問い詰めるつもりもないけど。


「で、二人の仲を深めるために色々やったわけだけど──」


「結果的にローラン様がゲーム以上に悩み、落ち込まれ、その様子がセレスト様には不服である、と……」


「なんでこうなちゃったのかしらね……」


 ゲーム世界の“補正”(仮)によってメアリーに熱を上げていたローラン。そんな彼の目を覚まさせ、本来好き合っているセレストとくっつける。

 比較的簡単な話だったはずなんだけど、気づいたら面倒なことになっていた。

 最初は上手くいったと思ったのだけれど……。

 試合をさせた後、割とすぐにローランからメアリーへの好意は薄れていた。そこまでは順調だった。


「割とすぐにローランが正気に戻ったのはあんたの推測だと……」


 『正気に』という言い回しがウケたようでメアリーはくすりと笑う。そして、「確証はありませんが」と前置きして自分の考えを説明し出した。


「あの試合はゲーム的に考えると“ローランとセレストのイベント”と捉えることが出来ます。それも結構大き目な。一方で、あの時点では“メアリーわたしとローラン”は好感度は高めなもののそれだけで、ルート分岐を起こせるほどのイベントはありませんでした」


 つまり、


「ローラン様は好感度の高さで暫定的に“メアリールート”にあった。しかし、試合イベントでフラグが立ち“セレストルート”に入ったのではないか、と私は考えています」


 いつぞやも確認したことだ。はっきりとした語調でメアリーは言った。


「ローランは攻略対象であって主人公じゃないでしょ? ルートってそんなことあるの?」


 率直な疑問を言うとメアリーは「うーん」と軽くうなり、


「それはまだ判断しかねるところです。この世界が『マジダム』であることは疑いようのないことですが、同時に『現実』でもあると私は考えています。ならば『みんながそれぞれの人生の主役』みたいな考え方が適応されることもある、かもしれない、のではないかなあ、と……」


「よくわかってないのね」


「申し訳ありません……」


「まあいいわ。大目に見てあげる」


 どう確かめればいいのかもわからない、世界に対する仮説だ。あやふやなのはよしとしてやる。

 でも、そうね。それが本当なら、


「ゲームにないイベントを起こせば簡単に攻略対象の相手を変えられる。それならわたしにとっては都合がいいわ」


「そうですね、カルバン様の“エリザベットルート”も案外簡単に作れるかもしれません!」


 そう、それがわたしのただ一つの目標。

 セレストを応援するのはその協力を得る対価の前払いである。さらに、今までの話から、彼女とローランの行く末はこの世界のシステムの検証にもなるかもしれない。

 そのためにもローランの現状を分析するのは有益なはず。


「話を戻すけど、どうしてローランはこんなに落ち込んでるのかしら」


「それでしたら、私よりもローラン様のお話を直接聞かれたエリザベット様の方がよくご存じなのではないでしょうか?」


 「あー」と間の抜けた声が出る。

 彼の話を聞いたのはわたしなんだからわたしが考えないとダメか。

 えーっと、ローランは何て言ってたかな、


「姉でライバルみたないな存在のセレストに認められて嬉しかったけど、キメラ相手に役に立たなくて無力さを痛感した、とかそんな感じだったような」


「それです! まさにそれです!」


 彼女は何かに深く納得したようで頭をうんうんと縦に振った。それからおもむろに手のひらを上にして両手を出す。左手の位置が右手よりも少し高い。


「ローラン様はセレスト様に認められることでゲームよりもメンタルが向上しました」


 左手をさらに上に上げる。ローランのメンタルを表してるつもりらしい。


「本来ならメアリーの助けがあったとはいえローラン様の攻撃が決め手となりキメラを追い払いましたから、その分の面目は保たれていました。しかし、この世界では、私とセレスト様だけで追い払ったので、ローラン様のメンタルはゲームより落ち込みました。」


 右手をさらに下げる。

 そして、左手の手首を返し、右手に向けて一気に落とした。

 パチン、と破裂音。


「この過剰に広がったギャップがローラン様が過剰に落ち込まれた原因だと考えられます」


「わたしたちの所為かー!?」


 いや、よく考えたら当たり前か。

 ゲームにはない状態が作られたのだから、その原因はゲームにないことをしているわたしたちに決まっている。


「ちょっと責任感じちゃうわ」


「そうですね……。でも、最終的にゲームよりもよくなっていればいいのではないか、と私は思います」


 メアリーこいつ……。


「いい性格してるわね、あんた」


「はい! 主人公ですので」


 理由になってるんだかないんだか分からないことを言って彼女は作業に戻った。

 終わりよければ全てよし、ね。

 わたしの罪悪感を払拭するためにも、今はローランの誕生日会の準備に勤しもう。セレストさんの告白が上手く行ってくれれば最終的な帳尻は合うんだから。


 ────────────────


 6月26日、日曜日。

 今日はローランの誕生日、すなわち決戦の日である。

 時刻は午後の4時。

 昼間に生徒会の方で誕生日をお祝いするということで、わたしたちの方にローランとメアリーが来るのは夕方からの予定だ。


「……」


 セレストは無言で想い人を待っている。

 小さくてもパーティ、ということで彼女もドレス姿だが、なんか独特なものを着ている。わたしが着ているものもそうだが、貴族が着るようなドレスは布を何層も重ねて豪華に飾るものだ。けれど、彼女のドレスは装飾は最低限、生地もほぼ一層で、随分とスッキリしたシルエットになっている。動きやすそうなデザインはある意味彼女らしいけど、本当にドレスなのかしら、これ?


 そんな彼女だが、この一週間、ローランとは全く話をしていないようだ。

 ついさっきも「ちゃんと告白はする」と念押しされたし、メアリーと確認した通り、二人が付き合うことに問題はないはずだ。だから安心して見守ってればいいはずなんだけど、この様子ではちょっと不安になってくる。

 そうして要らぬ気を揉んでいる間に、本日の主役がやってくる。


「メアリーです! ローラン様をお連れしてきましたよ!」


 彼女の元気な声が響く

 生徒会の一員かつわたしたちの協力者の彼女がローランの引率係だ。


「いいわよー」


 許可を出しみんなで扉の前に行儀よく並ぶ。みんな、といってもヒロインズ3人とテオフィロの計4人だけだけどね。

 扉を開け、現れた彼に向かって、決まり文句を斉唱する。


「「ローラン・シュバリエ様、お誕生日おめでとうございます」」


「ありがとう。本日は俺のためにこのような──」


 ローランも格式張った定型文でお祝いの礼を言う。

 不要にも思えるやり取りだけど、まあ、様式美ってものかしらね。


 その後は用意されたものをつまみながらしばしの歓談。

 そして、頃合いを見て誕生日プレゼントを渡し、最後にセレストがプレゼントとして告白、という段取になっている。

 パーティは立食スタイルを取っていた。

 主賓含めても6人しかいないんだから席を用意すれば良いと思ってたけど、顔を合わせづらいのかローランと距離を取っているセレストを見るとこれでよかったのかも知れない。

 彼女はさも料理に夢中ですといった体を取っているが、よく見ると全然箸が進んでいない。

 いや、本当に大丈夫かしら、この人。

 一方のローランといえばメアリーとテオフィロのおしゃべり二人の相手に忙しい。というか、ローランを手持ちぶさたにさせないために二人が頑張っているようだ。

 当たり障りのない会話を聞きながら時が過ぎるのに身を任せていると、ゴーンゴーン、5時を知らせる鐘が鳴った。

 誰からともなくプレゼントを用意し出す。一番手は小さな体に見合わない重厚な本を抱えた少女だ。


「プレゼント」


 ミリアが短く告げ、プレゼントの贈呈がはじまる。


「おすすめ」


 ミリアは実用書と英雄譚が書かれた本を1冊ずつ。


「簡単なものだけど、消え物のほうがいいかと思ってね。味は保証するよ」


 テオフィロはイータ産のお菓子と高級食材を。


「えへへ、お菓子が被ってしまいましたね。あの、高貴な方のお口には合わないかも知れませんが……手作りです!」


 メアリーはあざとく手作りのクッキーを。


「どうぞ。あ、枯れたら捨てていただいて結構ですので」


 わたしからはアマリリスの花束を贈った。

 受け取る彼の表情は分かりにくいが、どのプレゼントに対してもそれなりに好反応だったと思う。ちなみに一番嬉しそうに見えたのはミリアの本だった。意外とインテリなのよね、この男。


 さて、次はいよいよ本題。今日のメインイベントであるセレストからのプレゼント、つまりは告白である。

 どことなく緊張感が走る。

 わたしたちも彼女がどういう告白をするつもりなのかは聞かされていない。もうドキドキ。

 固唾を呑んで見守る中、セレストがローランの前に立つ。


「ローラン、改めて誕生日おめでとう。私からのプレゼントだが──」


 深呼吸。

 そして意を決したように彼を真っ直ぐ見つめ、


「ちょっと顔を貸せ」


 そう言って会場の外に歩き出してしまった。

 ローランは黙って頷き、ゆっくりと彼女の後を追う。


「……はい?」


 二人の間では意思の疎通ができているようで結構だが、取り残されたわたしたちは困ってしまう。

 えっと、これ、付いていっていいやつなのかしら……?

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