第20話:オリファン吹かず
ローランのメアリーへの気持ちは冷めていることが確認出来た。じゃあ、次は、
「話は変わりますけど──セレストさんのことはどう思っていますの?」
好きな人の話題を濁した後、セレストを出したら図星をつかれたように押し黙ったわけだ。
──ビンゴね!
これはもう好きな人=セレストで間違いないでしょう。
まあ、ゲームの設定からメアリー以外でローランが好きになるのはセレストだろうとわかってはいたけれども、こうして実際に確証が取れると安心感が違う。
言い切らないあたりまだ悩んでそうなのが不安ではあるけど、細かいことは付き合った後にでも当人たちでなんとかしてくれればいいでしょう。
脈ありだって確認できたことだし、わたしもう帰っていいかしら?
なんて考えていると、
「セレストとは……」
ローランが重い口を開いた。
「──彼女との関係も深く考えたことはなかった。存在が当たり前すぎた」
一息。
「考えてこなかったことのツケが回ってきたのだろうな」
“強くなりたい理由”についてと合わせてだろう。自嘲気味にローランは苦笑する。
うーん、あんまりよくない傾向な気がするわね。
そういえば朝から運動してお腹は空いてるだろうに買った昼食に彼は手をつけてない。まさしく喉も通らない心境なんだろうか?
もう少し話を聞いてあげようかしら。あげかけた腰を下ろす。
「越えるべき壁、というと少し大袈裟か。しかし、俺にとってセレストの印象はそうだ。俺より常に先を行っている好敵手。後は……手を引いてよく遊んでくれる友達であり、同じ武系の長子という親近感もあった」
「つまり?」
「月並みだが“姉のような存在”か」
親密さは伝わったけど、恋愛ごとにおいて家族に例えられるのはよろしくない。というか負けフラグだ。
「それ、本人に言っちゃダメですよ。セレストさんは貴方の姉ではありません」
「“ような”というだけで本当に姉だと思ってるわけではないのだが……。そういうものか、以後気をつける」
わかったなら結構。
ローランは面白みのない男だけど、素直なのは美徳よね。
「どうぞ」と遮った話を進めるよう促す。
「それで先の試合だ。俺はセレストに勝った。少し拍子抜けだった。俺はまだ彼女の方が強いと思ってたから。だが、彼女に『強くなった』と言われ、やっと実感が湧いてきた」
わたしたちの仕組んだ試合だ。
「ずっと目標だった存在を越えられたことが、嬉しかった。幼少期、何となくセレストには守られているような気がしていたが、これからは自分が彼女も守っていこうとさえ思った」
『ローランのセレストへの意識を変える』試合の目的は確かに果たされていたようだ。
本当に嬉しかったのだろう。ずっと沈んでいたローランの目に光が戻ったように見えた。
「だが──」
しかしそれもすぐに曇る。
時系列を考えれば次にくる話題は明白。
「キメライベ……キメラの一件ですね」
ローランは一瞬こちらを気にしたが、特に言及せず続ける。噛んだと思われたかしら?
「そうだ。ウリア森林での事件が起きた。あの事件で俺は何も出来なかった。伝説の魔獣を相手に勇敢に戦ったのはメアリーとセレストだ」
自分より弱いと思っていた二人の女子に戦わせた、そのことが彼のプライドを苛んでいる。
「それで、自信喪失ですか」
「ああ、情けないな、全く。その後のこともだ。セレストに辛い役目をさせてしまった。──俺は自分のことで手一杯で他人のことにまで気を回す余裕はなかった」
うわー、凹んでるわねえ……。
ますます眉間の皺を深くするローランを見ながら他人事のように思う。実際他人事か。
「そして、せめて少しでもセレストに恩を返そうとした結果があのザマだ」
昨日喧嘩別れしたことを悔いている。セレストさんと同じだ。
どっちも後悔してちゃ世話ないわね。
ローランの話は一区切りついたようだ。なので、わたしから少し気になったことを聞いてみる。
「あの、話が逸れるのですが、興味本位で一つ。異様な戦い方ってあの子何したんですか?」
「メアリーのことか? それはもう凄まじい戦い方だったぞ」
そう彼は前置きし、
「メアリーはキメラの前に立ち塞がり、一方的に負傷しながらもその身を魔法で治癒させることで戦い続けていた。異様だったのはそのダメージと回復速度だ。俺が見ただけでも四度は腕をあらぬ方向に曲げられていた。最も酷かった傷は腹に爪を受けたときだろう。内臓がまろび出てもおかしくない裂傷だった」
想像するだけでグロい。年齢制限は確実な戦闘シーンだった。
「そして、それら全てを一瞬で治し、彼女は戦い続けていた。白状するが、正直キメラよりもメアリーの方が怖くさえあった。護ってもらっておいてこんな酷い言い方もないが……」
「いえ、それに関しては一向に彼女がおかしいだけなので気に病むことはありません」
あの
隠してたのか、あるいは無自覚だったのか。どっちにしても怖い。メアリーは危険人物だと頭の片隅にでも置いておこう。あいつの自己評価は当てにならない。
閑話休題。仕切り直すように言う。
「話を戻します。といっても、既に聞きたかったことはおおよそ聞けましたが」
「そうか、それはよかった」
「ええ、よかったです。主にローラン様とセレストさんにとって」
「そういうものか?」
「わたしにとっては、元よりどうでもいいことですし」
ローランは小さく苦笑した。
「そうか。最近丸くなったと思っていたが、貴女も変わらないな」
「ええ、ええ。わたしは変わっていません。ですが──」
カウンターするように問いかける。
「ローラン様、貴方はどうなのです?」
返事はない。
ま、即答出来るようだったらこんなに悩んでないか。ここらが潮時かしらね? 今度こそ本当に帰ろう。
「それでは、失礼させていただきます」
「ああ……」
彼は俯いたままだ。見送る余裕もないらしい。
……。
最後に、話をしてくれたお礼としてフォローの一つでもしておこうかしら。
「ローラン様、色々言いましたし、かなりお悩みのようですが、例え答えが出なくともわたしはそれを咎めません」
顔は上がらない。
「ですが、来たる貴方の誕生日には必ずセレストさんとお節介な庶民が、答えを迫るでしょう」
ローランの肩が少し震える。ちゃんと聞いてはいるようね。
「せめて、それまでに返せるものくらい用意しておいて下さいね? だって
返事はない。
まあ、いいでしょう。元から返事を期待して言葉をかけたのではない。
そろそろ本当に出ていこう。席を離れ、扉に手を掛ける。
「エリザベット・イジャール様」
背中越しにやっと返事が来た。
遅い。
「何か」
振り返らない。いつまでも顔を上げなかった男にはこれでいいでしょう。
「ありがとう」
「ええ、どういたしまして。ですが、感謝の言葉ならわたしではなくあの二人に」
「セレストとメアリーにはもちろん感謝している。後で必ず伝える」
椅子を引く音がする。立ち上がったのだろうか?
きっと、もう俯いてはいまい。
「だが、俺は貴女にも感謝しているんだ、エリザベット・イジャール様」
「そうですか。それはどうも」
二度、わたしのことをフルネームで呼んだローラン。
その意味を考え、振り返ろうとして、やっぱりやめた。
代わりのように労いの言葉を吐き捨てる。
「心中お察ししますが、ご飯はちゃんと食べてくださいね。体を壊して主役不在の誕生日会とか笑い話にもなりませんわ」
────────────────
「ただいまー」
「お帰りなさいませ」
「おかえりなさい」
「おかえり」
部屋に戻ったらサラだけじゃなくメアリーとセレストに迎えられた。
サラが2人を部屋に入れたらしい。彼女は優秀なメイドだけれど、セキュリティには問題があるわね……。
「ローラン様のご様子は如何でしたか?」
メアリーに問われる。
わたしの悪役令嬢としてのバイアスかもしれないけれど、心配するような声音にはどことなく野次馬めいた好奇心が滲んでいるように感じる。
「如何と言われても、ローラン様には貴女達に話さない約束でお話しいただいたのだから話せることなんて……」
いや、そういえばローランから聞いた話は喋らないと約束したけどわたしが話した内容については制限がないなと思い出した。
なので最、後にローランに話した部分だけ教えてやった。
そしたら二人は無言になった。
おやおや?
わたしったらなんかやっちゃいました?
ややもして、メアリーがおずおずと手を挙げる。
「エリザベット様、それはフォローではなく宣戦布告か処刑宣告ではないでしょうか?」
「え? うーん、まあ、そうねえ……」
ふむ。そう言われるとそんな気もする。
「ま、似たようなものでしょ」
反論がなかったからわたしの勝ちね。
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