第18話:戦乙女のスーベニア

 がエリザベットの部屋に戻ったとき、他の皆はもう揃っていた。


「セレスト様のパジャマは大人ですね! お綺麗です!」


「そうか。ありがとう」


「透け透け」


「いや、そこまで透けてはいないだろ。ないよな?」


 どうせならと洒落ている寝衣を選んできたのだが、失敗だったかもしれない。


「君たちも似合っている、と言いたいところだがメアリーのそれは支給品か?」


 簡素な丈の長い服。染色もされておらず、素材のままにやや黄ばんだ白色をしている。


「はい。見た目は地味ですが着心地はとってもいいんですよ。流石、貴族様たちの通う学園のものです」


「着てる人がいいから服が質素でもかわいい。素朴でメアリーらしい。セレストさん、わたしは?」


 ミリアはもこもことした装飾のついた愛らしい寝衣を着ていた。ナイトキャップも着けている。童顔で小さなミリアによく似合っていて、正直言えば非常に私好みだ。撫で回したい。

 いかんいかん、緩む頬を押さえる。


「ミリアも可愛いよ。とても」


「あら、わたし抜きで楽しそうな話をされてますのね」


 拗ねたような声色でこの部屋の主が現れた。

 トレードマークの金髪ロールは解かれ、自然に降ろされている。が、服自体は普段着とあまり変わらない。コルセットはしていないようだが、赤で揃えたドレスのような服だ。


「君は、変わらないんだな」


「ええ、いついかなるときもわたしらしくがモットーですので」


 我の強さもここまで来ると感心する。

 彼女に案内され、寝室に通される。

 各々ベッドや小椅子に腰掛け、応接間よりも随分小さなテーブルを囲む。

「この密着感が悪いことしてるみたいでいいのよ」とはエリザベットの言だ。


「さて、ローランのどこが好きか、という話だったな。といっても、物心ついたときから将来付き合うなら彼とだろうと思っていたような間柄だからな……」


 あれから少し時間をもらって考えた結果がこれだ。漠然と好きではあるがその理由が思いつかない。

 話が続かないのを見て、「はい」とメアリーが手を挙げた。手を向けて発言を促す。


「どういうところが好きかわからないのでしたら、初心に立ち返る意味でローラン様との一番最初の思い出を思い起こしてみるのはいかがでしょうか?」


「最初の……」


 ローランとの最初の思い出。そう言われ、思い出したのは、夕陽に照らされたいつかの中庭だった。


「あれはいつだったか。私が5歳だったかな? 南の国境防衛を統括するリリシィ家と西の統括であるシュバリエ家、両家だけの会合があったんだ」


 当時はよくわからなかったが、両家だけだったのは機密性の担保だとか関係の良好さをアピールするためだとかそんな理由だったらしい。


「大人たちが何か難しい話をしている間、私たちは二人だけで遊ばされていた。その日ついて来た子供は私とローランだけだったんだ。幼い私は大人の目もなく自由に遊んでいいと言われて大いにはしゃいでいた」


 一応お目付役くらいは居たはずなのだが、覚えてないのは上手く影から見守っていてくれてたのだろう。


「ローランを連れ回して屋敷の敷地中を駆けずり回って、色んなことをした。しかし、覚えているのは最後、いつものようにハリボテの剣を持って鍛錬という名のチャンバラごっこをしていたことだ」


 自由に遊んでいいと言われても結局いつも通りになってしまう。想像力が乏しい子供だったかもしれん。


「前も言っただろう? 小さい頃は模擬試合でよくコテンパンにしていたと。この日も、いやこれが多分初めてだったから、この日から、も 既にそうだった。何度やっても連戦連勝」


 でも、思い出に刻まれているのは勝利の快感ではない。むしろ逆、勝者の私より敗者の彼の姿をよく覚えている。


「それでもあいつは諦めなかった。

 剣を跳ね飛ばしても、ぶん投げて土に転がしても、体を打っても、眼前に剣を突きつけても、あいつは立ち上がって、立ち向かって来た。

 そんなことを繰り返している内に気付けば陽は落ちる寸前。彼も私もボロボロで、それでもなんだか可笑しくなって私は笑っていた」


 興味津々に聞いていた後輩たち、その目線が冷たくなった気がする。



「いや、痛めつけるのが楽しかったんじゃないぞ?」


 本当だぞ?


「何度でも立ち上がる彼を見て思ったんだ。きっとこの健気で直向きな年下の男の子は、いつか私よりもずっと、ずうっと、強くなるだろう、とそう思ったんだ」


 その未来が輝かしいものに思えて私は笑った。


「きっとそのとき、私は彼が好きになったんだ」


 憧憬を懐かしむように語り、ようやく自分の気持ちも整理出来た。


「そうか、私は諦めないローランが好きなんだ」


 だから、悩むのはいい、立ち止まるときもあるだろう。だけど、


「“自分は弱くてもいい”なんて諦めたようなことをあいつに言って欲しくなかったんだ」


 一気に話して、ようやく一息をつく。エリザベットに差し出され、黄色のお茶をいただく。

 先ほどと同じハーブティーだった。

 頭が澄むようないい香りだ。今度サラさんにどこの銘柄か聞こう。

 カップを置くと、置いた手をエリザベットに取られた。それも両手でしっかりと。

 何事かと彼女を見れば、いたく得心した様子で


「わかります! そうですよね、諦めない男性はかっこいい!」


「お? おう、そうか! わかってくれるか!」


 彼女に共感されるのは少し意外だった。彼女が好きなカルバン殿下にそういう印象はあまりないが。


「ええ、ええ、わかりますとも。無謀に思える越え難い壁にも挑み続けるチャレンジ精神! そういう男性はかっこいいのです。あんたもそう思うわよね?」


「え、あー……」


 話を向けられたメアリーは困ったような顔をしていた。


「私はどちらかというと好きな人には無理をして欲しくない派、です……。辛いのでしたら逃げてもいい、みたいな……」


「わたしも、メアリーに賛成」


「んもう、わかってない。男の子はちょっと無茶するくらいがかっこいいのに」


 口を尖らせ拗ねる彼女は存外にかわいかった。

 しかし、彼女はため息ひとつで顔を切り替え


「まあ、好みは人それぞれということにしておきましょう。それより、結局どうするのです? 実際問題、今のローラン様は諦めモードなわけですが」


「個人的な意見になりますが、ローラン様の状態は一過性のものであると思います。実力は本物なこですから、一時的に弱気になっても徐々に自信は取り戻されていくのではないかと」


 メアリーの意見に頷く。ローランがあそこまで落ち込んでいるのを見るのは初めてだったが、あるいは誰しもにああいう時期はあるものかもしれない。ならば、時間が解決してくれるだろうというのはもっともらしい。


「でも、それじゃあ困るのよね、わたしたちとしては。早くローランの攻略は終わらせたいし、彼のメンタルはどうあれ、誕生日は一週間後には来てしまう。それに、どうせ立ち直るなら早い方が彼にとってもいいでしょう?」


「私は彼が自然に立ち直るまでゆっくりと側で支える、というのも“有り”だと思うんだが」


「セレスト、それ、我慢出来る?」


「自信はないな……」


 自分が直情的なのは痛感した。今日のような情けないローランの隣にいてまた癇癪を起こさないかと言われると自信がない。いや、多分無理だ。

 そうなると早急に、当初の予定通り来週末の誕生日に解決してしまいたい。

 そのためにはどうしたらいいのか。


「結局、ローラン様の方の準備が出来てないのが問題よね。わたしたちがああだこうだ話し合っても意味ないんじゃない?」


「無意味とまでは申しませんが、エリザベット様の言う通りかもしれませんね。セレスト様におかれましては、今お話し頂いたことをそのままお伝えするのがいいと思います。それで十分気持ちは伝わるはずです」


「後一週間で、ローランをなんとかする」


 後輩たちの意見はローランに問題ありという方向で固まってきていた。

 今の話で私の想いは伝わった、ということだろうか。改めて思うと気恥ずかしいものがある。


「私は君たちに話を出来てよかったと思う。ならば、ローランもこうして話せれば気持ちの整理がつくのではないか?」


 メアリーが手を叩く。


「名案です! でしたら私が明日にでもお話を……」


「馬鹿ね、あんたじゃダメよ」


 聞き役に立候補した彼女をエリザベットが言葉も半ばに断ち切る。


「あんた、ちょっと前までローランに意識されてたじゃない。そんな異性相手に弱音なんて吐きにくいでしょうが」


 しゅんとしたメアリーの代わりと言うように、今度はミリアがエリザベットを見つめる。


「貴女は聞き上手だけど、ちょっと顔が広過ぎるわ。貴女のことを信頼してないわけではないけれど弱味を握らせるのは怖いでしょう」


「ということは」


「ええ、面倒だけど、わたしが行ってあげる。どうでもいい相手の方が話しやすいってこともあるものじゃない?」


「そうだな、頼もしいよ。だが……」


 『どうでもいい相手』とエリザベットは自分のことをそう評した。

 ここ最近彼女の自己評価がやけに低くなっているような、それでいて評判通り偉そうでもあるような、なにか捻れたことになっているように感じるのがやや気掛かりだ。


「あら、何か問題が?」


「いや、なんでもない。ただの思い過しだろう」


 まあ、元からあまり親しいわけではないしな。風聞と実像に多少の差異があるのはよくあることか。


────────────────


 目を覚ますといつものようにサラがいた。みんなの姿はない。


「おはよう、サラ、今何時?」


「お早う御座います、エリザベット様。現在は午前11時。皆様は既に起床され、お出かけになられました」


 昨日は私がローランに話を聞くってことでまとまって、その後もしばらく話し込んで──気付いたら寝落ちしていた。

 みんなも結構夜更かししたと思うんだけど、もう出掛けてるとは健康的なことである。


 朝食……にはもう遅い時間だし、後で昼食とまとめて済ませばいいか。

 起きて早々だけど外に出る準備をする。

 本当に面倒なんだけど、約束してしまったからにはちゃんとローランから話を聞かなくちゃ。

 あれ、そういえば話を聞こうにもローランがどこにいるか知らないな?


「エリザベット様、こちらを」


 サラが身支度を済ませたわたしに一通の手紙を差し出してきた。

 差出人はテオフィロだ。

 そこには昨日分かれた後、出来る限りローランのフォローをしたこと、それはあまり効果がなさそうだったこと、そして一番下にローランは第3訓練場に居るだろうということが書き記してあった。

 最後のは手紙を渡すときにサラが追記するよう頼んだのだと言う。


「貴女、昨日の話聞いてたの?」


「いえ。ですが、お嬢様がお眠りになった後、他の方に今日のご予定を伺いました」


 なるほど。


 テオフィロの情報に従い第3訓練場を目指す。道すがら思い出したことだが、そこは奇しくも、メアリーに泣きつかれた次の日に彼女を回収した場所だった。

 まあ、あのときもローランはここで鍛錬してたわけだし、単に彼がここを気に入ってるだけか。

 訓練場が見えて来ると彼はすぐに見つかった。

 2メートル近い巨躯は遠目でもよく目立つ。

 彼はこちらに気付かず剣の素振りを繰り返している。しかし、その姿はどこか危なっかしい。

 横からとはいえ、手を伸ばせば触れそうな距離になってもまだ気が付かない。

 仕方ないわね、こちらから声をかけましょう。


「そんな心ここに在らずで剣を振り回されては、危ないのではないですか? ローラン様」

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