第17話:反省会

 デートの最後の最後でローラント喧嘩してしまったセレスト。彼女を先頭に息の詰まるような行進を続けること数分、わたしたちは寮に戻ってきていた。

 セレストは憤然として様子のまま「どこか使える場所は……」と首を左右させている。


「あのう、わたしの部屋を使います、か?」


「……頼む」


 部屋のグレードは主に家格によって変わる。わたしの部屋は寮の最上階にあり、大きさも設備も最上級だ。防音もしっかりしているからさっきみたいにセレストさんが大声上げても大丈夫。

 怒らせないのが一番だけどね。



 部屋の扉を開けるとサラが出迎えてくれた。


「お帰りなさい、ませ?」


 サラの出迎えは疑問形だった。

 いきなり主人がお通夜みたいな雰囲気の学友をぞろぞろ引き連れてきたのだ、無理もあるまい。


「えっと、これはね? みんなでちょっとお話しをしたいなあって。今日の反省会、みたいな……。いきなりで悪いんだけどいいかしら?」


「承知いたしました。でしたら……右の応接間をお使いください。後ほどお茶をお持ちいたします」


 入ってすぐ、右の扉を空けると8人程度で使用できる応接間がある。応接間の中心には一枚板のテーブル、奥の壁側には4人掛けの大きめのソファがある。そしてテーブルを囲むようにいくつかの椅子がならんでいる。

 いつもだったらわたしがソファを使うんだけど、今日はセレストさんに譲る。他の3人は椅子を持ち寄ってテーブルを挟んだ反対側にこじんまりまとまった。

 誰も口を開かない。

 セレストさんは座ってから俯いて考え込んでるし、怒られ待ちなわたしたちから喋るわけもない。


「お茶が入りました」


 気まずい沈黙を破ってサラが入室してきた。手にするおぼんには人数分のお茶が並んでいる。

「ありがとう」と礼を言い、湯気のたつティーカップに口をつける。

 美味しい。

 スーッとするハーブの香り。緊張していた身体をほぐすような優しい甘さ。

 見れば、他の3人も効果の高低はあれ緊張が緩んでいるようだ。


「サラ、このお茶は」


「はい。差し出がましいようですが、皆様大変お疲れのご様子でしたので、リラックス効果のあるハーブティーを淹れさせていただきました」


 本当によく気が効くメイドだ。

 これでセレストさんも気を鎮めてくれるといいんだけど……。ちらっと彼女の方を見る。


「これは……美味しいな」


 そう呟いた彼女のティーカップの中身はもう半分ほどになっていた。熱い紅茶を飲むにしてはかなりのハイペース、お世辞ではなく本当に気に入った証拠ね。


「光栄です」


「ああ、本当に美味しい。ありがとう、おかげで私も少しは落ち着いた」


 セレストの賛辞を受けサラは恭しく一礼。そして話が始まる気配を察してか部屋を出て、扉をしっかりと閉めた。

 これでわたしたち4人以外に会話を聞くものはいない。

 セレストはもう一度ティーカップを手に取り、ゆっくりと回して香りを嗅いだ。ゆっくり、ゆっくりと。

 そして残った半分を一気に煽り、カップを置き、


「はあああ…………」


 内に堪ったものを吐ききるように大きなため息をつく。

 と、今度は勢いよく両手をテーブルに手をついた。ガタンとカップは揺れ、わたしたちの肩もビクンと震える。

 それから彼女は額をテーブルに寄せ、


「本っ当にすまなかった」


 わたしたちに頭を下げて謝罪した。


「……え?」


 予想外の展開にフリーズしてしまう。なんでセレストがわたしたちに謝ってるの?


「そんな、頭を上げてください! セレスト様が謝られることなんて何もありません! むしろ謝るべきは私たちの方で……」


 メアリーの言葉にセレストが顔を上げる。


「ん? 何のことだ?」


「跡をつけてた」


「ああ、そのことか。それなら別に気にしていない。気にするのだったらさっさと巻いていたしな」


 あっけらかんとセレストは言った。

 なんだ、怒られると思って身構えて損した。でも、この口ぶりからすると


「あの、もしかして尾行してたのバレバレでした?」


 彼女は当然だと言わんばかりに頷く。


「私もローランも将来軍を率いる身として、その辺りの訓練は受けているからな。素人の尾行程度はすぐ分かる。だが、準備を手伝ってくれた手前、見守る権利くらいは君たちにもあると思ったからそのままにしておいたんだ。見られて減るものでもないしな」


 なんとまあ男らしい寛容さ。しかし、尾行の件で怒っていたわけではないというのならさっきまでの態度は何だったのか、それに


「話を戻しますが、何を謝られているんでしょうか?」


 聞くと、彼女は再び顔をしかめる。


「いや、今日のデートはみんなに協力して貰って計画したものだろう? それを最後の最後に私の癇癪で台無しにしてしまった……」


「そんなことを気にされていたのですか」


 メアリーがセレストにぐぐっと顔を寄せる。


「私たちはセレスト様とローラン様の恋路を応援していますが、それもお二人の気持ちを優先してのこと。上手く行かなかったとしてもお二人が真剣に話した結果なのでしたら、それは謝られるようなことではありません」


「メアリー……」


 メアリーが優しい声色で励まし、ミリアとわたしも「そうだそうだ」と同意する。

 うなだれていたセレストは慰めの声に感極まった様子でこちらを見る。あ、ちょっと涙目になってるわね。ついでに上目遣いになっているものだから落ち込んでる本人には悪いけど、かなり可愛い。

 セレストの様子に気をよくしたのかメアリーが更に続ける。


「大丈夫ですよセレスト様! ひどいことを言ったとしてもローラン様はきっとそんなに気にしていませんよ! わたしだってセレスト様に『殺す』とまで言われましたが今ではそんなに気にしていませんから!」


「私は本っ当にダメな奴だ!!」


「なに追い打ちしてんのよ! この馬鹿!」


 癇癪を起こしてしまったことを反省してるところに過去の軽挙を突きつけられて大ダメージ。またテーブルに突っ伏してしまった。うわーんって泣き声が聞こえそう。

 悪気なくとどめを刺した女は「私、そんなつもりでは……!」とあたふたして役に立たなくなった。仕方がないのでわたしが伏せったセレストさんをほどきに掛かる。


「えっと、セレストさん? 言ってしまったことはもうどうしようもありませんから、今後の建設的なお話しのためにも、ひとまずあのベンチで何を話して、どういう経緯で激昂してしまったのかだけでも教えていただけませんか?」


「ぐす……建設、的?」


 グスリと鼻をすすりながらだが反応があった。


「そうです! 建設的に、前向きに! これからのことを考えましょう。大体、これで終わりではわたしも協力し損ではありませんか」


 わたしたちに協力させたという負い目につけ込む。真面目な彼女のことだ、こうすればぐずってる場合じゃないと思ってくれるはず。


「そうだな、彼には嫌われたかも知れないが、これで終わりじゃないんだ。君たちの協力を本当に無駄にしないためにも、ちゃんと考えなければ」


 セレストは顔を上げ、居住まいを正す。こちらも、まだ落ち着かないメアリーを叩いて直し、聞く姿勢を整える。


「経緯だったな。ベンチに座って、まず最初はたわいない話をした。劇の演技がよかったとか、露店のパイがおいしかったとかそんな話だ」


 きっとそのときは楽しかったのだろう。セレストの表情は柔らかい。

 しかし、それもすぐ険しくなる。


「その後、私の方から『話したいことがあるんじゃないか』と振ったんだ。ここ最近、あいつから相談をしたそうな気配を感じていたから」


「その内容が問題だったのですね」


「そうだな。あいつはまず『俺は弱いのだろうか?』と聞いてきた」


「それは……そんなことを聞いてくる時点で『自分は弱いと思っている』と告解しているようなものではありませんか?」


 メアリーの指摘にセレストは苦笑する。


「そうだな。君の言う通りだ。実際『そんなことはない』とか『お前は強い』とかあれこれ否定しても彼は頑として認めなかったからな」


 そこまで言って、彼女は口を閉ざした。


「それで?」


「後はまあ、そのままの勢いでな。私は彼を励ましていたはずがドンドン熱くなってしまって、最後にはあのざまだ」


「えっと、セレスト様はローラン様が自分を卑下なさるのが許せなくて、それを否定していたら段々ヒートアップしていった、ということですか」


 彼女は首肯する。


「『男らしくない』とか、『騎士の誇りはどうした』とか『私の知ってるお前はそんなんじゃない』とか……。結構ひどいことも言ってしまったなあ……」


 やっと分かってきた。

 ローランはここ最近のことで自分の強さに自信が持てなくなり、自分は弱いと思い込んで彼女に相談という名の告白をした。セレストは強い彼が好きだったからそんな彼が嫌で反抗した。

 要は解釈違いを起こして暴れたのだ、この人は。

 思い出したことで余計に凹んだのだろう、彼女は頭を抱えてもだえていた。


「あー、思い返すと、これ完全に私の理想を押しつけただけだよなあ……。いくら情けないと思ってももっと親身に聞いてやるべきだったー!」


「厄介オタクの自覚があるなら結構です」


 セレストが怪訝な顔をする。


「やっか……? なんだそれは?」


「お気になさらず」


「と、とにかく、押しつけはよくないということですね! 自分の過ちは認めにくいものですのに、すぐに自分で反省することができたセレスト様は素晴らしいですよ!」


 メアリーが割って入る。

 そして「それより」と妙に真面目な顔になって、セレストに問いかけた。


「確認をしたいのですが、セレスト様は強い男性が好きなのですよね? でしたら、弱音を吐くローラン様のことはもうお嫌いですか?」


「は? いやそんなことは……」


 セレストは否定しかけて口を噤んだ。

 確かにメアリーの言うことも一理ある。強いところが好きだったというのなら、弱くなったら好きではなくなる。うん、筋が通っている。

 彼女もその考えに至ったから黙ったのだろう。

 けど、理屈ではそうでもまず否定しようとしたということは、本心ではローランのことが好きなんじゃないだろうか?

 セレストはまだ考え込んでいる。


「セレスト様、ローラン様の好きなところは、強くてかっこいいところだけではないのではありませんか?」


「それは……」


 答えようとして、言葉が続かない。唇を開いては閉じて、何か言おうとする意思はあるが、上手く言葉が見つからない、といった様子だ。

 助け船を出すようにミリアが口を挟んだ。


「そもそも、ローラン様のどこが好きか、聞いてない」


 あ、そういえば。


「そうですね、一旦今日のことは置いておいて、ローラン様のどんなところがお好きなのか言葉にしてみると気持ちの整理も付きやすいのではないでしょうか?」


 メアリーの補足にミリアも頷く。

 当の彼女は「そうか、理由か……いつから……きっかけ?」とうなりながら考えている。

 これは長くなりそうね。となれば、


「みなさん、よろしければ今日はわたしの部屋に泊まっていきませんか? それで朝までゆっくりと、セレストさんのお話を聞きましょう」


「パジャマパーティですね!」


 反対はないようだ。特にメアリーは目を輝かせて喜んでいる。こいつこの手のイベント好きよね。


「だったら寝間着を取りに一度自室に戻るよ。少し歩けば考えもまとまるかもしれない」


 それは望み薄じゃないかな……。

 考え事が苦手そうな彼女を見送り、一時解散となった。

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