第16話:期待通りの展開

「よし、そろそろいくわよ」


 デート当日、わたしたちは馬車の中にいた。

 わたしの隣にミリア、斜め前にテオフィロが座っていて、6人掛けの馬車は半分の人数しか乗せていない。その代わりに、テオフィロの隣には大きめの包みが置かれている。

 後1時間ほどで正午になる。予定ではメアリーの防具修理の依頼を済ませ、解散場所の広場に向かっているはずの時間だ。

 わたしたちが馬車に乗っているのは用の済んだメアリーを回収するためだ。急に彼女が「急用があったので失礼します」と言い出すよりは他の人が迎えに行って回収した方が自然でしょう。


「ねえ、今更なんだけどこんな面倒くさい手段取る必要あったのかしら? 普通にセレストさんが『一緒に遊びに出かけよう』って一声ローランにかければよかったんじゃ」


「本当に今更だね。しかし、異性を、しかも二人っきりで遊びに誘うというのはなかなか勇気がいることだよ? 僕たちのやることも無駄ではないさ。エリザベット様もカルバン様を誘うのは難しいだろう?」


「それはそうだけど、貴方が言うと説得力ないわね」


 言っていることは正論でもナンパ男のテオフィロが言うとまるで説得力がない。横を見ればミリアも首を小さく縦に振っている。


 雑談をしているとすぐに目的の広場についた。学園からそう遠くない場所だ。


(本当にゲームそのままね)


 大きな噴水を中心に置く石畳の広場。アングルこそ違うがゲームの背景と同じ場所だ。

 ちょっとした聖地巡礼気分に浸っていると、なんとタイミングのいいことか、まさに今メアリーたちが広場に入る通りを歩いてきていた。

 彼女たちはまだこちらに気付いていない。


「……ふむ」


 ちょっとした悪戯を思いついた。


「エリザベット?」


 ほくそ笑むわたしに疑問の声をかけるミリアを無視して馬車の扉を強く開く。大きく息を吸って、


「あんた! ちょっと来なさい!」


 噴水の水が震えんばかりの大声で叫んだ。

 メアリーは大音に肩を震わせると、声の主がわたしと気づき駆け寄ってきた。他の二人も少し遅れてこちらに向かっている


「ど、どうされましたか? エリザベット様」


「どうもこうもないわよ。貴女、平民のくせに公爵令嬢たるわたしとの約束をすっぽかすとかどういうつもり? それもミリアさんとテオフィロ様までお待たせして」


 地上に立つメアリーよりも一段高い車上からの高圧的なセリフ!

 アドリブだ。メアリーを広場で回収するとは伝えていたがその詳細までは決めてなかったのだ。


「え、え!? 一体なんのことで、す……」


 メアリーは最初こそ動揺したものの、疑問の声は尻すぼみになっていった。これがセレストとローランを二人きりにするための小芝居だと気付いたらしい。もうちょっと慌てふためく姿が見たかったわ、残念。

 わたしの声は後から来る二人にもしっかり聞こえていたようで、追いついたローランが問いかける。


「メアリー、先約があったのか」


「ええっと……そう、そうです! 申し訳ありません。私、エリザベット様たちと先にお約束があったのを失念してしまっていました」


 メアリーは正しくこちらの意図を受け取ったようだ。

 彼女は二人の方を振り返り、ぺこりと頭を下げる。


「そういうわけですから、ローラン様。彼女はわたしたちと一緒に来てもらいます。よろしいですね?」


「僕らもその方が助かるかな」


「うん」


 乗員総出で圧をかける。


「それは構わないが、先日は今日予定があるなどとは──」


「ああ! ああー! 申し訳ありません、この前のときもすっかり忘れてしまっていまして!」


 ローランが何か言おうとしたのをメアリーが遮る。

 まあ、今日のことは事前に相談されていたのに急に用事があったと言い出すなんて普通におかしいわよね……。でも状況的に気を利かせて二人きりにしようとしていることくらい気付いてほしい、朴念仁め。


「ともかく、私は失礼させていただきますので、どうか私のことはお気になさらず、後の時間はセレストさんとお二人でお楽しみください!」


「お、おう。了解した」


 強引にフォローするメアリーの勢いに気圧され、ローランも一応納得してくれた。


「じゃ、そういうことで」


 疑問をぶり返される前にと誘拐するがごとくメアリーを馬車に引き込み、颯爽と馬車を出した。


「ローランくん! がんばれよ!」


「セレストも」


 テオフィロとミリアが去り際に車上からエールをかけていく。

 わたしも何か言った方がいいかしらと後ろを見やると、この茶番中一言も発さなかったセレストさんが「もう少し上手くやれよ」とでも言いたげに苦笑いしていた。

 エールをかけようとしていた口が開いたまま固まる。


「……」


 これが返す言葉もないってやつね!


 ────────────────


 新しい乗客はわたしの隣、ミリアとは逆側の席に収まっていた。走る馬車の中、4人で昼食を手早く食べる。サラお手製のサンドイッチだ。

 もぐもぐと口を動かしながらメアリーは向かいに鎮座する物体を不思議そうに見つめていた。


「エリザベット様、テオくんの横にあるあの大荷物は一体何なのでしょうか?」


「気にする必要はないわ。すぐにわかるもの」


 言うが早いが馬車はゆっくりと減速し、足を止めた。


「学園に着くにはまだ早いような……」


 その通り。

 馬車が止まったここは我らが学園エメラルドではなく、その辺の人気のない行き止まりである。


「先に僕は出ているね」


「え?」


 テオフィロが横に置かれた包みからさっと何かを取り出して馬車から降りる。

 困惑するメアリーを他所にわたしとミリアは馬車の窓のカーテンを閉め、包みの中から自分たち用の物を取り出す。


「あの、もしかしてそれって」


「もしかしても何もないでしょ。ほら、あんたも早く着替えなさい」


 彼女に包みの中身、即ち変装用の服一式を突き出した。




「へえ! 代々学園に御者として仕えている家系ですか!」


「ええ、正確には王家と学園にですな。私の息子も今は王家の所有する厩舎きゅうしゃで──」


 わたしたちが変装を済ませ外に出ると、テオフィロと御者のおじさんが意気投合していた。コミュ強ってすごい。

 彼もわたしたち同様に普段の贅を凝らした華美な服装から多少上質ではあるが地味な普段着に着替えている。上流の住民が暮らす地区に溶け込むにはうってつけの恰好だ。


「待たせたわ、それと外で着替えさせてごめんなさいね」


「気にされないで欲しい、僕は貴女方と違って上着と帽子だけだからね。加えて言うなら、レディを待つのが苦であるはずがない」


 キザな言い回しは好かないが、こちらを気負わせないように気を配るところ、いい奴なんだろうなあとは思います。


「さて、早くいくわよ」


「あの、行くとはどこに……?」


「もう、鈍いわねぇ。デートする男女を見送った後、変装してすることなんてひとつしかないででしょうが」


 未だに状況が飲み込めていないメアリーに三人で言う


「尾行よ」

「尾行さ」

「尾行」


 見事なユニゾンだった。三人でグッジョブと親指を立てあう。


「それは、その、倫理的にまずいのでは……」


「何よいい子ちゃんぶって、あんたはあの二人のデートが気にならないの?」


「そう言われますと……気になります……! 正直超見たいです! 推しカプですし!」


 即落ちだった。

 そういえば前にも『Magieマジー d’amourダムール』の推しCPはローセレとか言ってたわね。


「それじゃあ気を取り直して。レッツ尾行!」


「まだ昼食を食べてるはず。すぐ追いつける」


 ミリアの案内に従い、わたしたちは尾行を始めた


 ────────────────


 そして尾行はつつがなく終わろうとしていた。


「何もなかったわね……」


「何もないことはありませんよ? お二人ともずっと楽しそうでしたし、好感度を稼いで距離を縮める目的は果たせていると思います」


 あの後わたしたちはテオフィロが勧めた店で昼食を取るローランとセレストを見つけ、そのまま雑貨屋、小劇場、露店とプラン通りに街を回る二人に付いていった。今は学園に続く景観の良い道を歩いている。この先の小さな広場で学園寮の門限まで小休止をして今日のプランはおしまいだ。

 特にトラブルもなくデートは終わろうとしている。それは多分いいことなんだけれど、


「あんたは推しカプのゆるい日常見て尊くなって満足かも知れないけど、わたしはつまんない。もっと尾行が見つかりそうになってハラハラとか険悪になって修羅場でドキドキとか面白いイベントが起こると思ったのに」


「他人の不幸を願うようなことを言うのはよくない。いつか自分に返ってくる」


 ごもっとも。

 ミリアの指摘に肩をすくめる。


「みんな静かに。そろそろ止まるよ」


 前を見れば道がそのまま広くなったような空間が開けていた。右側にはベンチが並んでいて、逆側には目を楽しませる花壇やなんだかよくわからないモニュメントが置いてある。散歩の途中で一休みするための場所だ。こういった余分を設ける余裕は王都の裕福さを示している。整備も行き届いている。

 二人はそのベンチに腰を下ろした。わたしたちはというと、道の真ん中に突っ立ってる訳にもいかないので脇の茂みにそそくさと身を隠す。二人とはそれなりに距離がある。


「これじゃ、なに話してるか聞こえないわね」


「では、僕の出番かな」


 テオフィロは両手の上に小さな魔法陣を描きだした。宙に浮いた二つの魔法陣は大きさも文様も微妙に違う。彼は右手の小さい方を自分の耳に当て、左手のやや大きい方をセレストたちの方に向け、微調整をはじめた。


「テオくんの魔法は“風”属性、性質は“伝達”です」


「あんたに言われなくても知ってるわよ、それくらい」


 テオフィロの魔法はゲームでもこういうものだった。声を遠くに飛ばしたり受け取ったりする。ルートの最後の方では、同系統の仲間と協力して、イータから学園までの国を超える超長距離通信までやってのけていた覚えがある。

 また、同じような風魔法は魔法使いを雇えるような王族・大貴族の主催する行事ではスピーカー代わりによく使われるので公爵家のエリザベットとしても知らないものではない。

 とはいえ、こうして魔法を行使する姿を間近に見るのははじめてである。

 わたしの視線に気付いたのか、テオフィロが手を動かしながら口を開く。


「もう少し待って欲しい。得意な性質は違うとは言えセレストさんも風属性だからね、彼女に気取られないように会話を拾うには慎重にいかなくては」


 じろじろ見ていたのが催促しているように思われたのかしら。


「そ、気にしなくて良いわ、ゆっくりやって頂戴。メアリー、丁度良い、解説したいならもう少し聞いてあげる」


 メアリーはにっこり笑って楽しそうに続ける。


「ではでは、“伝達”の風魔法は音などの情報を遠くに伝えたり、受け取ったり、加工したりできます。イメージとしては“風の噂”ですね。

 テオくんが今発動しているのはそれぞれ情報の受信と処理の魔法です。一つの魔法陣で同時に行うことも出来ますが別けた方が細かい調整が出来るそうです。テクニカルです!」


 前世における通信兵を思い出す。通信設備を背負いアンテナを構えた姿を。まあ、もちろん本物なんて見たことないから映画か何かのイメージだけど。


「左手の魔法陣が面方向の情報を収集し、右手の魔法陣で情報の増幅とフィルタリングをしています。ただ音を拾うだけでは雑音が多すぎて聞きたい会話がまともに分かりませんから。意外と情報の受信そのものより処理する方が難易度高いそうですよ」


 結構難しいことやってるのね、なんて思いながら魔法の調整を続けるテオフィロをぼんやり眺めることしばらく。「おや」と彼が不穏な声をあげた。


「どうかしたの? まさかセレストさんにバレた!?」


「いや、バレてはいません。ですが、これは……」


「エリザベット様、メアリーも、見て」


 歯切れの悪いテオフィロに代わるようにミリアが告げる。

「何を」と、彼女を見るとその視線はベンチの方に向いている。魔法を使うテオフィロに興味が移っていたわたしたちと違ってミリアは二人の方をずっと見ていたようだ。

 言われた通りに見る。

 ベンチに座っていてのはローランだけだった。セレストは立ち上がり、身振りからするに何かを強く訴えているようだ。叱責しているようでもある。

 修羅場だった。


「一応、魔法は完成したけど、聞くかい?」


 テオフィロは複製した魔法陣をこちらに差し出してきた。それを手に取るか、迷う。他人の説教を、怒鳴り声をわざわざ聞きたがるほどマゾでもないし悪趣味でもない。

 しかし、ここまできた以上今更引き返せないのも事実。

 ちらりとセレストの方を窺うと、こうしている合間にも彼女はますます興奮しているようだった。

 メアリーとミリアはわなわなと首を横に振り、わたしだけが魔法陣を受け取る。テオフィロを真似て耳に当てた、その瞬間


「『だから、私は!!』」


 耳元で響く爆音。

 魔法がなくても聞こえるほど大きな声でセレストが叫んだのだ。耳がキーンとする! 野次馬根性出した罰かしら。


 大声に、しかし力強さはない。震えた、泣いているかのような叫びだ。


「あ、やば、セレストさんがこっちに来ちゃいます!」


 耳を押さえてうずくまるテオフィロとわたしにメアリーが言う。

 とはいえ今茂みから出て行けばまず間違いなくセレストに見つかる。わたしたちに出来ることはここでじっとしながら彼女がわたしたちに気付かないことを祈るだけ──


「それで隠れたつもりか!そこにいるのは分かっている、付いてこい!」


 バレてました。

 よく考えたら帰る学園と逆方向のこっちに来ている時点でわたしたちの存在を把握しているのは明白だった。

 立ち上がるわたしたち4人を見ると彼女は黙って踵を返し、憤然とした様子で歩き出す。

 今度こそ学園に戻るらしい。

 わたしたちも彼女にとぼとぼと付いていく。当然ベンチを横切ることになるが、そこには未だ座ったままのローランがいる。気まずい。


「あの、セレストさん。僕はローランくんをフォローしに行っても?」


 そんな彼を気遣ってか、あるいはただならぬ様子のセレストさんから逃げ出すためか、テオフィロがセレストにお伺いを立てる。

 彼女は振り返りもせず「勝手にしろ」と短く答え、テオフィロは小走りでローランに駆け寄っていった。彼とはこれでお別れか。


 黙々と歩く。女子だけになったが楽しくガールズトークをする雰囲気ではない。幸い学園まではもう5分とかからないが、それでもこれはキツい。

 ん、と隣を歩くメアリーを小突く。息苦しい雰囲気を変えるようなことを言って頂戴、と。

 メアリーはそれをどう受け取ったのか、すこし考え、曖昧な表情で言う。


「お望み通りの展開になりました、ね?」


「うぐっ……」


 背中にミリアの視線が突き刺さった気がした。

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