第15話:楽しいデート計画
昼下がり、お茶とお菓子を囲む乙女の秘密会議。
しかし、今日はそこに異物が混じっている。
テオフィロ・キアーラだ。
当然、本日最初の議題はテオフィロの加入を認めるかという話になる。彼がそつなく自己紹介をこなした後、わたしは声を掛けられたいきさつを大雑把に説明した。
「──と、いうわけで、こちらが仲間に入りたがってるテオフィロです。わたしとソレは仲間にしてもいいと思ってるけれど、お二人はどう思われますか?」
「エリザベット様、エリザベット様! テオくんを仲間にするのは賛成でいいのですが、“ソレ”はちょっとひどいと思います!」
メアリーが何やら騒がしいが無視する。テオフィロのことは賛成なら別に良いでしょ。
一瞬、セレストの視線が咎めるようにわたしを刺した。だが、態度が変わらないのを見ると諦めたように軽くため息。
「君はなんでそうメアリーに……。まあいい、テオフィロについてなら、私は構わないよ」
「わたしは、反対」
あっさりと認めたセレストに対し、ミリアは不許可を表明した。
「人が増えると情報が漏れやすくなる」
ミリアは無口でぼーっとしてるように見えるが、あれで『
「僕は秘密は守る男だよ? 全てを見たるレアノ様にだって誓おう」
彼の祖国、神聖国家イータは“神聖”の名の通り教皇が治める国である。
その宗教の名前はミルチェン教。人々に魔法を与えたと言われる女神レアノ様を崇める宗教で、ミルチェンの名はレアノ様の使いとされる伝説の人物に由来する。イメージとしてはキリスト教みたいなものね。
各地で発掘されるマジックアイテム
話は逸れたけど、とにかく教皇の国だけあってイータはレアニアに増して信心深い。
ゆえに、レアノ様に誓うことはイータ国民にとって重大な意味を持つ……はずなのだが、テオフィロの態度は軽薄なためにいまいち信用できない。
「利害の一致がない相手は、信用できない」
わたしと同じ感想だったのか、ミリアは重ねてノーを突きつける。
一方でテオフィロは拒絶されたというのに口元は微笑んだままで、むしろ少し楽しそうに言う。
「僕が貴女たちと組むことによるメリットを示せということかな?」
「わたしたちにとってと、貴方にとっての、両方」
静かに呟くように、しかし、しっかりとミリアは要求する。
対するテオフィロはわずかに考え込んだ後、ご自慢らしい髪をかき上げ、開いた手を立てて指先を自分の胸に当てた。妙に様になっているのが腹立つ。
「まずは僕のメリットからだね。エリザベット様にご説明頂いたように僕は楽しいことが好きだ。だから、何やら楽しそうなことをしている貴女たちに協力することはそれ自体がメリットになる」
「不十分」
「付け加えるなら、そうだね。留学生代表として、僕には外交官めいた役割もある。大貴族のイジャール公、王室に重用されているローリー伯、何より我が国と貴国の国境を統括するリリシィ候のご息女とお近づきになれる機会をふいにするわけにはいかない。信頼を得るためにも秘密は守ると重ねて誓おう」
イータはこの国の南に位置する。国境に領土を持つ貴族はいくつかあるが、中でもそれらを統括する立場にあるのがセレストの生家、リリシィ侯爵家だ。
「そう。それなら、納得できる」
ミリアが小さく頷くとテオフィロも満足そうに笑みを濃くする。そのまま彼は自分の胸に当てた手を今度はミリアやセレストのいる方に差し出した。紹介するためにテオフィロの隣に立っているわたしは仲間はずれね。別に良いけれど。
「次は貴女たちの、あぁもちろんエリザベット様も含めて、メリットを示そう。とはいえ僕はまだ貴女たちがしていることの詳細も目標も知らないからね……。一般的な話になるが、麗しい女性ばかりでは意見が偏るかもしれないだろう? 男性の意見もあった方がいいかもしれない。あるいは男手が必要なときだってあるかもだ」
「……」
ミリアは黙っている。これだけでは不足という意思表示かしら。
テオフィロもミリアの様子をそう捉えたようで、更に言葉を続ける。
「他には……そう、イータ名産の美味しいお菓子とお茶を直送で」
「わかった、認める」
食い気味でOKが出た。
そういえばこの子食いしん坊キャラだったわね……。
────────────────
「なるほど。それぞれが意中の相手と付き合えるようにサポートする同盟で、今は手始めにセレスト様とローラン君をくっつけようとしている、と。いいね、面白そうだ」
わたしたちの目的と現状を教えてやった。テオフィロはますます乗り気になったようだ。伊達男とかプレイボーイとかいったコンセプトのキャラだけあって恋愛ごとは好きなのだろう。
「平たく言えばそうね。ああ、貴方も仲間になったんだから好きな子が出来たらいって頂戴。適当に手助けしてあげるわ」
「それは有り難い。しかし今はまだ色んなレディとお話ししていんだ。まずは多くを知らないと誰が一番好きか分からないだろ?」
うわぁ、そういう考えなんだ……。軽薄というか何というか、ナンパ師の理屈にしか聞こえない。思わず半目で彼を見る。
他のヒロインたちを見るとわたし同様やや引きしているのがセレストさんで、ミリアはいつものことだが反応が薄くてよく分からない。メアリーといえば「それも一つの考え方ですね」と神妙な面持ちで頷いている。やはり彼女とは趣味が合わないわ。
「まあ、いいわ。いや本当にテオフィロの主義とかどうでもいいし」
肩をすくめる彼を横目に続ける。
「予定外のことで時間を使ってしまいましたが、本題に入りましょう。今週末、もう明後日ですね、に控えたデート。そして来週末、ローラン様の誕生日に行う告白。デートで距離を詰め、特別な日の告白で一気に陥落させてしまいましょう!」
おぉ、と小さな歓声がわく。特にテオフィロからすれば参加初日からクライマックスなのだから盛り上がりもするだろう。
「まずはデートのプランからですね」
メアリーが街の地図を広げながら言う。大雑把な道の並びくらいしかわからない簡易な地図だ。とはいえ、印刷技術の未発達なこの世界ではこの程度の地図でもそれなりにする。庶民の彼女が地図を用意してくるということはそれだけ力が入っている証かしら。
「まずは今回の口実になっている私の防具をお二人の勧める店で新調していただきます。その後私は理由を作って消えますので、昼食からはお二人でお過ごしください。防具のお店がここですから、私が別れるのはこの噴水の広場が良いでしょう。広場から近くて軽食を取れる場所は……」
メアリーが地図を指さしながら当日の流れを説明していく。
お邪魔虫がいなくなった後からが本番だ。その周辺でデートに使えそうな店やスポットをみんなで挙げて、メアリーが地図に書き込んでいく。
もっとも盛んに意見を出しているのはテオフィロだった。次にミリアが多く、メアリー、セレストと続き、わたしは完全に置物と化している。あまりにも暇なので茶々の一つでも入れようかしら。
「テオフィロ様はずいぶんとお詳しいんですね」
「城下町の散策は女の子達とよくするからね。王都の治安の良さは素晴らしい! 特に中心部、王城と学園の周囲は通り魔や誘拐の危険がほとんどない! 貴族の子息令嬢が平気で町歩きを楽しめるのなんてここだけだとも。目新しいものだから僕も楽しいし女の子からの評判も上々さ」
「レアニアでもここまで治安の良い街は貴重。散策は男女ともに人気。わたしも話をよく聞く。良い店も人伝てに知ってる」
なるほど。
わたしもそんなにリアル中世ヨーロッパに詳しいわけじゃないけれど、この世界は中世ヨーロッパ風と言いつつ実際の時代よりかなり小綺麗になっている、らしい。治安においても衛生においても。
それでも、現代日本に比べれば治安はかなり悪い。中世っぽさを残すためかしらね。
おかげで「貴族でも街ぶら出来る」という王都中心部の治安の良さはそれだけでちょっとした名物になっているようだ。行ってみる学生が多いから、友達の多い二人には情報が集まっているというわけね。どうでもいいけど中世っぽい世界に生きているわたしが“現代日本”っていうのもなんか変ね。
「私は──」
セレストさんは地図の一部、『防具』と書き込まれた点を含む商店街の一区画を指で囲んだ。
「この辺り、防具や武器、馬具といった金物を扱う店が密集した区画にはよく行く。それ以外はあまり知らないな」
「私もセレスト様たちに連れて行っていただいたところと今回のために調べたところ程度しか分かりませんね……」
「あんた王都の生まれじゃないの?」
「私が育った孤児院はもっと外の方です。中心部は上流の方たちがいらっしゃる場所という印象ですね。行くようになったのも学園に入ってからです。と言っても忙しくてあまり行けてませんけれど……」
それぞれの事情で街の知識も違ってくるのねえ、なんて他人事のように感心していると皆の視線が自分の方に集まっていた。みんな話したんだからお前も言えってことかしら?
「わたし? 悪いけど、わたしは街の店なんて全く知らないわよ。欲しいものがあったらサラに手配させるか職人を家に呼ぶもの」
「流石、公爵令嬢です! ブルジョワジー……!」
メアリーがおののいている。
ふっ、平民が。格の違いを思い知ったか!
そんなわけで、完全に戦力外なわたしを他所にデートプランは着々と組み上がっていった。
内容はこうだ。
噴水の広場でメアリーと別れた後、食事処で昼食。周辺の雑貨屋やアクセサリーなど軽い店を冷やかし、少し先の小劇場で1時間程度の演目を鑑賞。露店の多い通りで小腹を満たし、最後に適当に話しながら歩いて学園まで戻ってくる。
後でメアリーに聞いたことだけど、この噴水の広場がマジダムにおける『広場』であり、近くの雑貨屋に『巷で噂のテディベア』が売っているそうだ。
ローランに相談されたセレストへの贈り物の件も覚えていたのね。
詳細が不明な『巷で噂のテディベア』だけど、セレストが好感度を爆上げするほど気にいるのだけは確かだ。デートで雑貨屋を回ればセレストの反応でどれがそうなのかは分かるでしょう。
テオフィロを中心に作り上げられたプランを眺めていると、ふと見覚えがある気がした。わたしには縁遠いイベントばかりなのに、なんでだろ?
昼食、買い物、劇の鑑賞、食べ歩き、散策、解散……と、地図に書き込まれた動線を追いながら反芻していると……。あ、分かった。
「映画館デートみたいね、これ」
「あ、そうですね! 確かによく似ています」
得心が行ったとうんうん頷き合うわたしとメアリー。一方で他の3人はきょとんとしている。まあ映画も映画館もないもんね、ここ。
こんなことで前世のことがバレるとは思えないけれど、一応話を変えておこう。
「ともかく、いいデートプランができたようね。上手くいきそうでよかったわ」
場をまとめに入る。その空気を感じたのか、当事者であるセレストさんが立ち上がって軽く礼をした。
「ああ、これならば町での遊びに不慣れな私たちでも楽しくすごせそうだよ。みんな、ありがとう」
「僕としても早速お役に立てたようで何より──」
テオフィロが社交辞令のようなことを言いかけて、止まった。
「テオ?」
妙な様子に、ミリアが小首を傾げて彼の名を呼ぶ。加入に反対してたのにいつのまにか愛称で呼んでるわね、この子。
「ああ、いや、その……今更なんだけどね? セレストさんはローラン君にエスコートしてもらわなくてよかったのかなって」
「本当に今更ね」
でも一理ある。
前世の世界でもこういうデートは男性の方が事前に調べておいて引っ張っていくのが常識と聞く。彼氏はいなかった(少なくとも今のところ彼氏がいた記憶はない)から本当のところは分からないけど、イメージはそうだ。男女平等が叫ばれる世界でもそうだったのだから、中世風男社会のこの世界では男性がよりしっかりするべきと考えるのが道理だろう。
そう思ったのだけれど、セレストは全く気にしてる様子がない。
むしろ愉快そうに微笑む。
「ローランに君のような気配りは求めてないさ。遊ぼうというときは、いつも私が生真面目なあいつの手を引いていたからな。私もそれが嫌いじゃなかったが、最近はそういう機会もなくなっていた。だから、こうしてあいつとどう遊ぼうかと考えるのは懐かしくて楽しいくらいだ」
一般的な男女の関係なんかより、この二人にはこの二人に合った関係があるってことかしらね。小さな頃からの付き合いで積み上げて出来たものが。
ちょっと想像してみると、わんぱくな笑顔の幼いセレストがまだ背の低い困り顔のショタローランの手を掴んでかけだしている画が目に浮かぶようだ。
微笑ましい画を思い描いてほっこりしていると、メアリーがくいくいと袖を引っ張ってきた。「何よ」と耳を寄せる。彼女は小声で、
「目に浮かぶと言いますかスチルにありましたよ、その場面」
と、無粋な指摘をしてきたのだった。
考えてることが口に出てたのは反省ポイントかしら?
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