第14話:赤

 セレストから持ち掛けられた相談は、わたし考案の『プレゼントはわ・た・し☆』作戦でまとまった。面白みのない言い方をすると『ローランの誕生日に告白する』という方針だ。

 作戦名がイロモノっぽいとメアリーには不評だが、コイツの言う『私の全てを貴方に捧ぐ』も重すぎてどうかと思う。

 当日の段取りなどの細かいことはミリアも呼んでいつものようにお茶でも嗜みながら決めましょう、ということでセレストとは別れた。

 一方のわたしたちはどちらが言うでもなく二人で残って話し合う流れになる。昨日のローランのときと同じく、ゲームや前世の知識込みで話そうという腹積もりだ。メアリーと二人きりというのはあまり好かないが、現状転生者が二人しかいないのだから仕方ない……。

 ふと、思う。

 本当に、転生者はわたしたちだけなんだろうか?

 一人、二人と現れたのだから三人目がいたっておかしくはない。あるいはまだ記憶を思い出してない転生者予備軍がいたりして……。まあ、探しようもないし、無い物ねだりをしても仕方ないわね。今はこいつで我慢しましょう。

 さて、そんなことを考えている内にセレストの姿も見えなくなったことだし、メアリーに声を掛けようか。


「ねぇ──」

「やぁ、面白そうなことをしているね?」


 唐突に声が掛けられた。カラッとした陽射しを思わせる明るい声だ。


「ぃぎゃぁあーー!!」

「あ、テオくん!」


 声の主はテオくん、つまりテオフィロ・キアーラだとメアリーの声で気付く。『Magieマジー d'amourダムール』の攻略対象の一人。隣国である神聖国家イータからの留学生だ。

 というか、こいつ今“テオくん”って言ったわね。テオフィロはイータではレアニア以上に貴重な魔力持ちであり、更に王国一の魔法学園エメラルドに留学生代表として来るくらいだからイータでも屈指の有力貴族なはずなんだけど。慣れ慣れしくししおって。

 ふう、考え事をしてたらやっと落ち着いてきた。

 メアリーへの八つ当たりはわたしの心を安定させる。そして平静になると結構大きな声で叫んじゃったのが恥ずかしくなってきた。顔に熱が昇るのを自覚する。

 いや、あれは他の人に聞かれてはいけない前世の話をしようとしていたからでね? 決してわたしが小心者というわけではなくてね? 

 そんな誰にでもない言い訳を心の中でしていると、メアリーと目が合った。わたしの動揺にめざとく気付き、しかも無神経につついてくる女だ。


「エリザベット様、赤くなってますよ?」


「うるさいわね、夕日の所為でしょ。」


 そう言って顔をそむけたわたしの様子が可笑しかったのか、メアリーはクスクスと笑っていた。この野郎……!


「そ、それに赤いというならわたしよりもっと赤い奴がいるじゃない」


 “赤い奴”とは急に現れたこの男だ。わたしの注目が向いたのが分かったのか、テオフィロは仰々しく一礼を返してきた。


「ははっ、いや驚かせてしまったようで申し訳ない。女性に不快な声かけをしてしまうとは、情熱の国イータの代表として実に情けない。こうしてお話しするのは初めてになりますね、エリザベット様。神聖国家イータはキアーラ伯の一子、テオフィロ・キアーラと申します。どうぞ、気軽にテオと呼んでいただければ」


 口だけは殊勝なことを言うこの男。背は平均程度、体は多少鍛えた程度の細身で明るく軽薄な、よく言えばノリのいい性格で親しみやすい印象を与える。珍しい留学生ということもあって実際結構な人気者だ。

 そして、なんといっても彼の一番の特徴は、


「赤い……」


「えぇ、自慢の髪ですとも、手入れもきちんとしています」


 そう赤毛だ。肩にかかる程度で切りそろえられた男性にしては長い艶やかな赤髪。それも太陽の恵みを一身に受けた完熟トマトのように鮮やかな赤。


「赤毛ってそういう意味じゃないと思う」


「二次元ではそういうものです」


 つぶやきに同調するように苦笑する茶髪のメアリー。あんたは地に足着いた髪色でいいわよね。

 ゲームやラノベ、マンガ等ではよくあること、それはわたしだって分かってるんだけど、こう、目の当たりにするとなんだか理不尽を感じて……。


「それで、テオくんはどうされたのですか? わたしたちに何かご用が?」


 納得のいかないわたしを尻目に、メアリーがテオフィロに切り込んでいた。


「用というほどでもないんだけどね。メアリーとエリザベット様たちが組んで何やら面白そうなことをしていると友人から聞いたのだよ。面白そうなこと、と聞いては放っておけないのが僕のさがだ。セレスト様とは何やら込み入った話をしていたようだから話しかけるタイミングをうかがっていたのだが、それも終わったようなのでね、声をかけさせてもらった」


 どうやらセレストさんと話していた途中から見ていたらしい。女子三人の内緒話に割り込まない程度の節度はあったようだが、だったらもうちょっと声をかけるときも気遣って欲しかった。


「それで? テオフィロ、あんた結局何がしたいのよ」


「一言で言うとね『入ーれーてー』ってことさ。面白そうなことなら僕にも一枚かませてくれないかい? もっとも、貴女たちが何をしているのかも僕はまだ知らないわけだが」


 落ちていく陽よりもなお明るく朗らかに、赤い男は言ってのけた。




「どうするのよ、こいつ」


「どうする、と申されましても……」


 公園で遊ぶ子供のようなことを言ってきたテオフィロに背を向け、メアリーと顔を寄せて話し合う。顔を近づける度に思うのだけどほんと無駄に顔がいいなこいつ。


「セレスト様とミリア様の合意は必要ですが、テオくんの申し入れ通り仲間になっていただいていいのではないでしょうか? 男性を落とそうというのですから男性のご意見もあった方がいいと思います」


「貴女も元男じゃない」


「元は元です。以前も申し上げましたが、今は心も体も女性ですし、前世の記憶はあっても現在のバイアスはかかります。それにこの世界の男性と前世の世界のとでは価値観も恋愛観も異なるのではないでしょうか?」


 そこで言葉を区切ると、一度振り返りテオフィロが聞いていないのを確認して、より声をひそめて話し出した。


「何より、ロミニドルートの開放に必須ではないとはいえ、テオフィロも攻略対象の一人、メインキャラです。その動向は把握しておくに越したことはありません」


 確かに。主人公メアリーが関わらなければ大丈夫とは思うけど、何かの間違いでわたし達の知らない内に本筋に関わるイベントが起きてしまうのは危険だ。最悪、解決グッドエンドのためのフラグが建てられず取り返しのつかないことになるかもしれない。だったら目のつくところにいてもらった方が安心というものだ。

 そうと決まれば、大きくかぶりを振って、テオフィロに相対するように仁王立ち。なるべく高圧的に恩着せがましく言う。


「いいわテオフィロ、わたしの仲間に貴方も入れてあげる。感謝しなさい」


「恐悦至極に御座います」


 芝居がかった素振りで恭しく礼をする。

 んん、流れるように合わせて来おったわ。アドリブ力高いな、この男!


「実際の内容についてはセレスト様とミリア様の承諾も得てからお話ししますね、近く一緒にお茶会する予定なので、そこにテオくんもお招きします」


「レディからお茶のお誘いとは、嬉しい限りだね。イータの美味しい紅茶を持参するとも。それともお菓子の方がいいかな?」


 後のことは元から仲がいいらしい二人に任せておけばいいだろう、セレストの件で何をメアリーに言おうとしていたかももう忘れちゃったし。今日はもう疲れた。帰る。


「んじゃ、わたしはもう帰るから。テオフィロ、まだ話したいことがあるならその子としてなさい」


「ああ、一つだけよろしいですか?」


「まだ何か?」


 帰りたい気持ちを抑えて足を止めると、テオフィロはさらさらな赤髪をかき上げ、ウインクまでつけたキメ顔でほほ笑みながら言った。


「僕のことは気軽に『テオ』とお呼びいただければ幸いです」


 それはなれなれしくてヤダ。

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