第13話:セレストの相談

「相談がしたいことがある」


「わたし知ってる、こういうのデジャブって言うのよね」


「天丼ですねー」


 ローランからプレゼントの相談を受けた次の日、わたしたち今度はセレストさんに呼び出されていた。場所も昨日と同じ渡り廊下だ。流行りなのかしら?


「どうした? 2人とも」


「「お気になさらず」」


 ローランから彼女へのプレゼントはサプライズで、という話だった。悟られるわけにはいかない。


「そうか。では本題に入るがローランの誕生日が近くてな」


 なんとまあ、相談内容まで被っててデジャヴマシマシ。まあでも時期と面子を考えればローランの誕生日が話題になるのも当然か。


「そこでプレゼントに何がいいか、考えるのを手伝って欲しい」


 いや本当にまんまね!


「お話は分かりましたが、わたしたちに聞く意味はあるのでしょうか? ローラン様のことはセレストさんが一番よくわかっているのでは?」


 思ったことを率直に告げる。入学してから仲のいい、仲の良すぎるメアリーに聞くのはまだ分かる。けれど、わたしはローランとほぼ交流がない。彼のことを聞かれても戦力外でしかないと思う。


「あー、それもそうなんだが、私は毎年プレゼントを贈っているから正直ネタ切れ気味でな……。他の人の意見が欲しい」


「それにしてもわたしは戦力外だと思いますが……」


「エリザベット様も、と言ったのは私です!色んな意見があった方がまだいいと思ったので!因みに、ミリア様もお誘いしましたがノエル様とご予定があるそうで不参加です」


 ミリアも大人しそうに見えてやることやってんのね、なんて思っているとメアリーがわたしの方に顔を寄せ、声をひそめて続けた。


「ゲーム知識のことを相談出来る人がいると心強いですしね。私だけだとぼろが出てしまいそうで……」


 えぇい、こしょこしょ耳が側痒い。妙に声音が可愛らしいのもムカつく。

 言うだけ言って離れようとするメアリー。


「ちょっと待ちなさい」


「ぴゃっ!?」


 その首根っこを引っ掴んだ。


「確認だけど、ローラン様とセレストさんとあんたで出掛けるって話はもうしてあるの?」


「あ、はい。それは既に。名目は私の壊れた装備を見繕いつつお疲れ様会ってことにしました」


「そう。抜かりがなくて結構なことだわ」


 聞きたかったのはそれだけなのでメアリーを解放してやる。

 正直確認そのものは割とどうでもよかった。メアリーの計画通りという顔が癪に障っただけで。少しは驚いたようで満足である。ちょっとした悪戯は悪役令嬢のさがね。


「終わったか?」


「ええ、お待たせしました」


 セレストに向け、自信たっぷりに胸を張る。まあ、メアリーの話を聞いても、やっぱりわたし要らなくない? と思っているのだけれど、頼られてる以上は頼りがいがあるように見せたい。空威張りは得意なのだ。


「そういうことであれば、このエリザベット・イジャールが力をお貸ししましょう」


 パチパチとメアリーが細かく手を打っている。

 そこ! 拍手は要らない!


 とは言ったものの、ローランへのプレゼントねぇ……。


「手堅いのは、やはり『英雄の小像』でしょうか」


 『英雄の小像』とはゲームでローランの好感度が最も上がるプレゼントアイテムだ。

 通常の傾向からは外れていたセレストさんの『巷で噂のテディベア』と違い、こちらは普通にローランが好む傾向のアイテムである。分かりやすい代わりなのかかなり高額なため利用するには金策とちょっとの勇気が必要だった。しかし、高いと言っても平民設定の主人公が頑張れば買える程度の値段、上級貴族のわたしやセレストなら苦も無く買える。

 具体的にどんなものなのかというと、


「神話の英雄を象った金物細工ですわね。大きさは机上に飾れる程度で彫像よりも気軽に扱えるものです。精巧な造りと勇ましい姿で、男の子なら誰しも惹かれる逸品だとか」


「成る程、そういう物が……。確かにそれならあいつも喜びそうだが」


 ふ、昨日と同じく速攻で悩みを解決してしまった。ゲーム知識万歳……と悦に浸っていたが、セレストはまだ納得がいってない様子で思案顔だ。


「あらセレストさん、『英雄の小像』ではダメでした?」


「いや、ダメではない、実際贈ればすごく喜ぶとは思う。だがな……なんというか意外性がない」


「意外性、ですか?」


 それは必要なんだろうか?

 メアリーとわたしの疑問に答えるようにセレストはゆっくり頷く。


「ほら、最近のローランはあからさまに意気消沈しているだろう? だから、どうせなら思いっきり元気になるくらいパンチのある物を送って元気づけてやりたいんだ。インパクトを出すなら予想通りのものより、予想外の物を叩きつけたほうがいいだろう?」


 セレストさんは強いインパクトをお求めらしい。確かに普通に好きそうな物を贈っては、わざわざ彼と交友が少ないわたしたちに相談した意味もないものね。

 うーん、でもそうなると難しい。ローランの好感度が上がりやすいプレゼントは傾向が一貫していたからゲーム知識が使えない。そして、わたし個人は彼のことをほぼ知らないし、男の子にプレゼントを贈ったこともほぼない。詰みかな。

 三人でうんうん唸ってた中、最初に口を開いたのはメアリーだった。


「セレスト様が手作りしたものを送られてはいかがでしょうか?」


「え、手作り?」


「はい、個人的な経験になりますが、孤児院にいたときに下の子たちが作った物をプレゼントしてくれたことがあります。それはお世辞にも出来がいいものではありませんでしたが、私はとっても嬉しかったですし、今でも宝物にしています。ちょっと子供っぽいかもしれませんが、きっとセレスト様が想いを込めて作ったものならローラン様に特別響くと思います!」


「え、ああ、いや、うーん。メアリーの言ってることは分かるんだが、手作りか……」


 メアリーの提案は庶民なら、あるいは前世の世界なら悪くないだろうが、今のわたしたちは特権階級でブルジョワなお貴族様である。加えて、成人意識の早いこの世界では学生身分といってもいい歳だ。手芸が趣味であるとか余程いいものを作れる自信があるならともかく、付け焼刃のガラクタを贈るのは恥ずかしいし、相手も困るだろう。


「子供っぽい、というか貧乏くさい。却下」


「そうですか……」


「ああ……だが、方針としてはよかったぞ、提案してくれてありがとう」


 セレストさんがしゅんとしたメアリーをフォローする。

 それにしても、そっか、方針はこれでいいんだ。

 意外でインパクトがあって、想いのこもったプレゼント……セレストさんの手作り……セレストさん……そこに昨日のローランのちょろそうな雰囲気も合わせれば……。

は! ひらめいた!


「いいですか、二人とも。そもそも、わたしたにがこうして協力しているのはそれぞれが意中の相手をゲットするためです」


「どうしたエリザベット、藪から棒に」


 戸惑う様子のセレストさんに見せつけるように笑みを作る。悪役令嬢らしく、高慢に。悪役は陰謀を練るのが得意なイメージがある。悪人面も説得力を増す役には立ってくれるはずだ。


「思いついたのです、名案を」


「おお! 倒置法ですね!」


 多分盛り上げてるつもりなんだろうが、表現技法を改めて強調されるとなんか恥ずかしいからやめて欲しい……。

 ゴホンと咳払いして羞恥を誤魔化す。


「いいですか? セレストさんの、わたしたちの目的はセレストさんとローラン様をくっつけることです。ですから、ローラン様を元気づけるのも大事ですが誕生日プレゼントは二人の距離を近づける、いえ、もう直接結んじゃうくらいの物にすべきです」


「性急過ぎないか?」


「いえいえ、わたしたちの見立てではローラン様からセレストさんへの好感度は既にかなり高いです。そうよね?」


 メアリーはセレストに訴えるようにコクコクと頷いた。


「もう機会があれば即付き合ってもおかしくないと言えるでしょう」


 メアリーは首をひねりかけたが、思い直したようにブンブンとさっきよりも大きく頷いた。

 そう、今はセレストさんを丸め込む……背中を押すのが大事な時間だ、事実かどうかは二の次でいい。


「おい、今なにか間があったぞ」


「これが挙動不審なのは今に始まったことではありませんのでお気になさらず。ともかく、機は熟しています。それにセレストさんもありったけの想いを込めてインパクト抜群の奇襲性のあるプレゼントを贈りたいのでしょう? でしたら、やるっきゃありません。つまり……」


「つまり!」


 同調するメアリーに頼もしさを感じつつ、堂々と渾身のアイデアを宣言する。


「つまりは、『プレゼントはわ・た・し☆』作戦……!」


……。

…………。

沈黙。

 先ほどまでノっていたメアリーも、訝しみつつも素直に聞いていたセレストも押し黙ってしまった。

 自信ありげに言ったわたしの声だけが空虚に響く。痛い、そしていたたまれない。


「ちょっと何か言いなさいよ」


「いえ、その……。流石に露骨すぎると言いますか、狙いすぎと言いますか……。ネタ過ぎませんか?」


 セレストも苦笑いしながらメアリーの言葉に肯いている。


「な、何よ、この前の試合のときだって、シンプルに当って砕けろな企画で上手く行ったでしょ? あんたはそういう雰囲気とか情緒とか細かいことを気にしすぎなの。わかりやすいのが一番いいに決まってるんだから」


「う、そうおっしゃられますと返す言葉もありません……。言い方はアレですが、記念日に告白するのは殊更変なことではありませんし、“私の全てを貴方に捧げる”と思えばなんだかロマンチックな気も……」


 よし、メアリーは折れたこの勢いでセレストも丸め込んでしまえ。


「いいですか、恋は戦争です。すなわち即断即決、速さが命。脈アリなら押して押して押し倒すくらいの気概で攻めるべきなのです。セレストさんだってそういうやり方はお好みでしょう?」


「そう、だな。そう言われると私好みのやり方ではある、と思う」


 まくしたてるわたしの気迫に押されたのかセレストさんもおずおずと了承した。

 長年高圧的に威張り散らして来ただけあって圧には自信があるのだ。今後も困ったらこれでいきましょう。

 セレストはまだ思案を続けていたが、


「よしっ」


 と膝を叩いて覚悟を決めた。


「その案を否定する理由はない。エリザベット、それで行こう」


 よしよし、セレストさんも乗り気になったようだ。わたしもなんだか気分が良い。

自分の意見が通るというのは気持ちの良いものね。


「しかしまあ……」


 セレストさんがわたしを半目で見ながらなにやら呟く。

 逆接から入るということは、まだ反対意見があるのかしら?


「その積極性が自分のことでも出せるのなら、もう少しカルバン殿下との関係も進むだろうに……」


 気分が良いので聞こえなかったことにしました。

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