第12話:ローランの相談

 『キメライベント』から5日が過ぎた。

 キメラについては生徒会長兼第一王子のロミニド主導で事件の翌日には既に捜索が始まっている。流石ハイスペック俺様王子、仕事が早い。ゲーム通りの辣腕ね。

 しかし、それでも今のところ目ぼしい成果は挙げられていない。今後も成果があがることはないだろう。だってゲームがそうなっていたから。

 キメラ捜索の噂を聞くたび、無駄な労力を払わさせてごめんなさい、と心の中で小さく謝るのがここ最近の習慣になっている。


 そんな折、わたしはメアリーともどもローランに呼び出されていた。

 呼び出された場所は滅多に使われない教室に続く渡り廊下。「先日私がお話しした場所です」とはメアリーの言。

 けれど、ここは大きな窓から射す日差しが白い大理石に反射する明るい場所で、先日メアリーが語った不穏さとは随分と印象が異なる。時間の問題かしら。


「相談したいことがある」


 あの後のローランは、表情は暗いし、視線は下向きがちだし、何より覇気がない、ちょっと心配になるくらい酷い落ち込みようだった。しかしそれも数日経てばある程度持ち直して来たようで、今は普通に見える。まだなんとなく覇気が足りてない気はするけど。


「それで、相談とは? 小娘はともかく、わたしにもですか?」


「ああ、その……」


 ローランは少しだけ言いにくそうに間を開けて、言った。


「俺の誕生日が近いんだ」


「存じ上げております。二週間後でしたよね?」


 ローランの誕生日は6/30、メアリーの言うとおり今日から約2週間後だ。


「シュバリエ侯爵のご長男ともあろうお方が誕生日祝いの催促ですか?」


「いや、そうではない。むしろ祝われるのが問題で、毎年のことだから分かっているが、セレストは俺に誕生日プレゼントをくれる」


「仲がよろしいのですね!」


「家ぐるみの長い付き合いだ、これくらいは礼儀としてな」


 仲が良いというのも間違ってはないが、これは貴族としての習慣だろう。貴族はコネと面子が命。関係を保ち、寛容さを見せるために贈り物のやり取りは多くなる。


「だが、先の試合、そしてウィリア森林の戦いとセレストには助けられてばかりだ。そんな中で一方的に物を貰うのは面子が立たない。故に、俺からも何かを贈ろうと思う。その助言を願いたい。」


「プレゼント!素敵だと思います!」


「なるほどね」


 キメラ戦では良いとこ無しだったのだ。それを挽回しないままプレゼントを受け取り、祝われるだけというのはバツが悪い。その前の試合では完勝してたからいいんじゃないかと思うけれど、口ぶりからするにアレもローランに自信を付けさせるために気遣われたと感じているようだ。

 そうなるように仕向けたのはわたしたちだからちょっと責任を感じる。


「礼という意味では君にも何かせねばならないが」


「あー、それでは破れてしまった服と同じものをお願いいたします。私はそれで、いえ、それがいいです!」


 2人がメアリーへの礼などというどうでもいいことについて話してるのを聞き流しつつ、セレストさんへのプレゼントは何がいいか考える。

 プレゼントといえば『Magieマジー d'amourダムール』にもプレゼントを贈るシステムがあったわね。大抵のものは贈ると好感度が少し上がって、相手の好みに合う物を贈ると好感度が大きく上がり、逆に嫌いなものを贈ると好感度が下がる。

 ぶっちゃけ嫌いなものをわざと贈って必要ないキャラの好感度を下げ、余計なイベントを起こさないようにするのによく使ったわ。プレゼントって何だろう……とも思うけれど、ゲームってそんなものよね。


「エリザベット様、エリザベット様」


 名前を呼ばれ、逸れかけていた思考を現実に戻す。


「2人は何がいいと思う」


「え、ああ、そうね……」


 ゲームではプレゼントアイテムごとに好感度の上がり具合が変わった。一番好感度が上がったアイテムが最も喜ばれるプレゼントと考えていいでしょう。セレストの場合それは、


「巷で噂のテディベア」

「巷で噂のテディベアです」


 む、被ってしまった。


「ふふ、ハモりましたね! ──あたっ!」


 嬉しそうに言うのが癪に触ったので頭を小突いておく。

 セレストは基本的にビューティ系、綺麗やかっこいい系のプレゼントに好反応を示すが、1番好感度が上がるプレゼントは例外的にかわいらしいテディベアだった。かっこいいクールなお姉さまが実はかわいいものが好き、というよくあるギャップ萌設定だ。

 ベタなのがいいのよ。


「ちま……? なんだ?」


 ローランが置いてかれていた。アイテムとして『巷で人気のテディベア』を知ってるわたしたちはすっと飲み込めるが、そんなもの知らない彼からしたら戸惑うのも無理はない。

 適当に誤魔化して丸め込まねば。


「えっと……ローラン様、セレストさんへのプレゼントは巷で噂の──わたしたちのような貴族には馴染みがないことですがコレのような庶民の女子にはそういうのがあるそうです──テディベアになさると良いでしょう」


 説明しにくい部分はメアリーのせいにするに限る。

 庶民が貴族のことをわからないのと同じく、貴族も庶民のことはよく知らないのだ。


「そういうものか。テディベア。なるほど、了解した」


 ローランはすんなりとわたしたちの提案を受け入れた。セレストさんのキャラとは違う傾向の物だからもう少し説得に手間取ると思ったんだけど……。


「意外とは思われないので?」


「ん? ああ、セレストがそういう系統の物が好きなのは知っている。本人は『らしくないから』と隠している様だが」


 彼は慈しむように口元を綻ばせた。


 それは、わたしが見てきた彼の中で一番優しい表情だった。


「俺は『好き』なものは『好き』でいいと思う。その方が彼女らしい」


 それを見たメアリーが、「キャーッ!」と聞こえてきそうな喜色満面の表情で興奮気味にわたしの袖を握ってぶんぶんと振り回す。

 まあ、わかるわよーこういうのなんかいいわよねー推せるわねー、でも今ちょっとお話の途中だからおとなしくしてよっ、か!

 握る手を振り払って袖を直す。


「では、そういうことで」


「今のは……」


「お気になさらないでください、持病みたいなものですので。それよりも、他に聞きたいことはございませんか?」


 メアリーも落ち着いたようだ。切り替えが早いのはいいことね。

 ローランはしばし考え、


「そのテディベアの色や形、売っている場所はわかるか?」


「ゲーム通りなら……」


 独り言のように小さく呟き、ゲーム知識を引っ張り出す。


『王都』王都の>『街中』街中にある>『雑貨屋』雑貨屋に売ってるとは思うんだけれど……」


「すいません、私も大通りの噴水の近くにあるお店らしいとしか」


 ああ、そういえば『街中』の背景は大きな噴水だった。あれこの世界にもちゃんとあるのね。

 メアリーが続ける。


「形はベーシックなテディベアです。色は、確か薄ピンクに水玉……」


「あれ? 花柄じゃなかった?」


 なんとなく薄ピンクに花の模様が入ってるイメージだったけれど、よく思い返すと水玉だった気もしなくもない。というか、


「アイコン小さかったし、ドットも荒かったからよくわかんないわね」


「どっと?」


「いえ、こっちの話です」


 いけない、またやってしまった。

 今日はちょっと口を滑らし過ぎね。意味不明なことを言う変人なんて噂が立ったらどうしましょう。


「とにかく、わたしたちも詳細は知りませんの」


「そうか……」


 ローランの表情は不安気だ。無骨の代名詞のような彼にかわいいプレゼントを選ぶセンスがあるとはちょっと思えない。テディベアなのに全然かわいくない変なのを買ってきそう。


「だったらもう、セレストさんと直接見てこればいいんじゃないですか? どうせなら2人きりで。一緒に見て、セレストさんが一番気に入ってそうなテディベアを買えばいいんです」


 わたしの提案にメアリーが顔を輝かせた。


「いいですね! デートですね! 是非そうされてはいかがでしょう?」


「……メアリー、エリザベット様も、からかうのはやめてくれないか」


 ローランは顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。でも、嫌というより恥ずかしいといった雰囲気だ。おやおやおや?

 メアリーも本気で嫌がってないのが分かっているのか、やめろと言われたのに「デート、デート!」と囃し立て、ローランをますます赤くさせている。こいつ、いい性格してるわ……。

 結局、「2人きりはハードルが高い」ということで後日メアリーも交えた3人で街へ行くことになった。


「ありがとう、今日は助かった」


 礼を言って去ってゆくローランの後ろ姿をわたしはメアリーとしばらく見ていた。メアリーと2人で話したいことがあったからだ。彼の背が完全に見えなくなるのを待ってメアリーに話しかける。


「ねぇ、今日のローラン様とあんた、なんというか普通だったわね」


「?」


 わたしが何を言いたいか分かってないようだ。はあ、とこれ見よがしにため息を吐き、言葉を付け足す。


「だからね? ほら、ちょっと前までもっと『俺の姫よ♡』みたいな感じで、熱に浮かされたような接し方だったじゃない?」


「あ、そういえばそうですね。他の方は未だにそのような雰囲気ですが、確かに最近のローラン様は普通です」


 『他の方』という言葉に眉がピクッと動く。カルバン様もまだこいつにお熱というのはいただけない。

 まあ、まだわたしにはどうとも出来ないことなのだが。我慢よ、エリザベット。


「今のご相談もセレスト様についてでした。私への好感度よりセレスト様への好感度の方が上回って、優先順位が変わったのではないでしょうか?」


「え? チョロくない?」


 まだ試合を組んだくらいであんまり干渉してないけど。


「ローラン様は元々主人公がローランルートに入らない場合、ご結婚なさるくらいですから。きっと初期好感度が高かったんです」


 そんなもんかしら?

 何はともあれ、わたしたちプロデュースのカップル第一号は思ったよりも簡単に成立しそうなのでした。

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