第10話:魔法試合

 準備とそれぞれの予定を鑑みて、決闘の日取りは3日後となった。そして当日、校舎から試合会場へ向かおうというとき、


「イジャール様、説明を願う」


「私からも頼む、何故ローランと試合をすることになるんだ?」


 会うなり疑問のダブルパンチ。メアリーが先に説明したはずなんだけど、上手く伝わってないんだろうか?


「いいでしょう、わたしから説明いたしましょう。繰り返しになったらごめんなさいね」


 隣で申し訳なさそうにしているメアリーの肩を掴み、説得力がでるように胸を張って堂々と言う。


「貴族の子となれば、魔法を使った戦闘なんて飽きるくらい見る機会があるけれど、この平民娘は違います。聞けば授業のデモくらいでちゃんとした魔法戦は見たことないって言うじゃない。生徒会の仕事には魔獣の駆除もあると聞きますし、魔法戦を見たこともないんじゃ心配でしょう? だからわたしが知る中でも最強に近い御二人の試合を見せてあげようと思いましたの。いわゆるノブレス・オブリージュですわ」


 もちろん本当の目的はセレストとローランの関係を変えることだが、表向きの理由も一応の筋は通っているはずだ。とはいえ、やはり多少無理があったのかローランはなんとなく腑に落ちない顔。一方でセレストもなにやら不安げな様子である。彼女にはメアリーから本当の目的も伝えられているはずなのだけど……。

 とにかく、疑問を挟まれても面倒だ。さっさと動き出してしまおう。


「分かったら早く行きましょう、場所は押さえてありますからついてきてください」


────────────────


 土を固めた地面を30m四方ほど木製の柵で囲った野外。それが今回のステージだ。

 簡素ではあるがよく手入れされ、長年使われてきたにも拘わらず地面にはへこみ一つない。前世で行われていたような格闘技のリングよりはずいぶん広いが、遠距離攻撃も珍しくない魔法を使う試合だ、何ならこれでも中規模レベルだろう。


「エリザベット様、メアリー様、こちらに」


 声の方を見れば先に来ていたサラとポートが観覧席を用意してくれていた。日傘とティーセット付きだ、流石は出来るメイドたち。ありがとう、と声を掛けつつメアリーだけを先に向かわせる。席に落ち着く前に、セレストに意図が通じているか確認をしたい。


 二人は柵の外に大量に置かれた訓練用の武器から自分に合う得物を選んでいた。ローランは幅広な大剣を、セレストは細身の剣を物色していて、二人の距離は少し離れている。この分なら内緒話をしてもローランに聞こえることはないだろう。

 セレストさん、ちょっとこっちに。


「どうした、エリザベット」


「確認です。あの娘からこの試合の目的はちゃんと聞いていますか?建前じゃなく、本当の方を」


「ああ、聞いているよ。それでローランとの仲が前進するのか、実のところよく分かってはいないがね。それでも何もしてこなかった私に君たちが考えてくれたことだ、信じるよ」


 不安そうだったのはそれが理由か。たしかに、女の子としてアピールしようと話していたのに、一転本気で戦えと言われても困るだろう。


「それに──ああ、あいつと全力で戦うのはいつぶりだろう? 白状すると少なからず昂ぶっている。心配せずとも手は抜かんさ」


 そういって不敵に笑う彼女には不安げな雰囲気は欠片も残っていなかった。うん、心配なさそうね。


 両者が試合場の中心で対峙する。右のセレストはレイピアのような細身の長剣を、左のローランは身の丈ほどもある大剣を選んだ。なお、怪我防止のために両方とも木刀である。

 それをわたしたちはメイドル姉妹謹製の即席観覧席から見ている。


「ねえ、そういえばローランが勝つこと前提で考えていたけれど、もしセレストさんが勝っちゃったらどうするのよ?」


「ゲームだとローランはメインキャラの中で対マン最強の設定だったので、負けることはないと思うのですが……。もし負けてしまったらそのときはそのとき考えましょう!」


 おい、と返したのと同時、おーいとセレストから声が掛かった。


「エリザベット、そろそろ開始の合図を頼む」


 おっと、わたし待ちだったのか。ずっと向き合ったままだなぁとは思っていたけど、そういえばこれの主催わたしだったわ。わたしが号令出さないとはじまらないわよね。


「二人とも、いい? さっきも言ったけど、本気でやらないと意味がないんだから死なない程度に」


「あの! 怪我しない程度でお願いします!」


「細かいわね。それじゃあ間を取って後遺症が残らない程度に全力で、いいわね?」


 二人が肯き、合意となる。正式な試合でもないし細かいルールは不要だろう。

 剣を構え、臨戦態勢となれば離れたこちらにも緊張感が伝わる。

 静寂。

 ヤバい、こっちまで緊張してきた。しかし先ほど待たせてしまった手前、もう待たせるわけにはいかない。腹をくくって大きく息を吸った。


「いざ尋常に、はじみぇ!」


 力んだせいで声が裏返った。

 クッソ、生暖かい目で見てくるメアリーに何も言い返せない……。


 締まらない号令でも二人の戦いはしっかりと始まっていた。

 セレストが攻め、ローランが守る。

 攻める軌跡は受け手を中心とした円となる。ローランの周りを跳び回り、隙を見て刺突を仕掛ける高速のヒットアンドアウェイ、しかしそのすべては彼の大剣に受けられていた。


「魔法は四大属性──土・水・風・火──で分類されます。さらに“属性”はそれぞれがいくつもの“性質”を内包しています。“風”属性のひとつは“速度”。それを高レベルで修めるセレスト様は単なる移動の加速にとどまらず、一挙手一投足に“速度”を乗せ、高速化していますね。軽やかに見えますが一つ間違えれば自滅しかねない繊細なバランスで成り立っているはずです。苛烈さを覆い隠すほどの優雅さ、まさに『戦乙女ワルキューレ』の異名に相応しいお方です」


 メアリーが頼んでもないのにノリノリで解説している。

 こいつ、わたしより魔法戦について詳しいじゃん。

 いきなり建前が無意味になったが、まあでも、ありがたいはありがたい。正直セレストさんの動きは速すぎて目で追い切れないのよね……。ただ解説を念頭によく見れば、セレストの動きは速度に振り回されることもなく、体捌きすべてが制御されている。熟練の踊り子に通じるものを感じるわ。


「大きく動くセレスト様に目が行きがちですが、一方で猛攻を受けて揺らぎもしないローラン様も見事としか言いようがありません。高速の攪乱と刺突を見切り、大剣で受ける技量ももちろんですが、得物もセレスト様ご自身も細身とはいえ、あれだけの速度で衝突すればかなりの衝撃があるはずです。ですが──」


 ガン、と固い音がして二人がまた衝突、しかしローランは一歩も後ずさりしていない。それどころかぴくりとも動いていないように見える。


「“土”属性の基本的な性質である“停止”。それにより大剣と皮鎧を硬化させ強度を上げ、更に土の魔力を全身に巡らせることでセレストさんの刺突による衝撃を完全に殺しています。素晴らしい出力です。その防御は個人にして城塞に匹敵するでしょう」


「なるほど。じゃあこの拮抗した状態がずっと続くわけ?」


「もしそうなれば魔力の消費は同量としても動きが大きい分セレスト様の体力が先に尽きるでしょう。セレスト様には厳しい展開ですね」


「だったら攻めずにセレストさんが受けに回れば?」


「ローラン様は卓越した土属性の魔法使いであり、会場の地面は土です。時間を与えれば土壁や柱を建てフィールド自体をローラン様の有利に作り変えることすら可能でしょう。ですから待ちの択はありません」


 セレストがまたローランに突貫する、が崩せない。


「ヒットアンドアウェイにこだわるのもローラン様の近くで足を止めてしまったら土で足を固められて詰むからですね」


 わたしの質問に答えている間もメアリーはこちらを見もしないで、試合から目が離せないといった様子だった。


「これは本当にどうでもいいことなんだけれど、楽しそうね、あんた」


「はい! それはもう……! 夢の世界だった魔法使いの戦いを目の前で見られるなんて、もう感激です!」


 腕をぶんぶん振り回し、目をキラキラさせてはしゃぐメアリーはそれはもう輝かんばかりの笑みを浮かべていた。当所の目論見が外れてもこれだけ喜んでもらえれば、まぁいいか、なんて血迷うぐらいのいい笑顔だった。男子みたいだと思ったが、そういえば前世は男だったわね。


「あ、そういえば、拮抗状態が続くのかって問い、あんた結局答えてないわね?」


「流石エリザベット様、ご慧眼です。実際は完全な膠着でもありません。ローラン様の位置をよくご覧になって下さい」


 言われてみれば、最初より下がってる?


「その通りです。ローラン様は衝撃を相殺し、全く構えを崩していませんが、攻撃がこないタイミングを見計らって少しずつ下がっています。」


「セレストさんが追い詰めてるってこと?」


「むしろ逆ですね。フィールドを広く使っているのはセレスト様ですから、壁を背にされ攻められる方向が減ると不利になります。そして、そろそろローラン様の後ろに回り込むのは限界になりそうですね、戦況が動きますよ!」


 彼女がそう言ったのと同時、ローランに付かず離れずだったセレストが大きく右に、ローランと反対のリングのほぼ端まで跳んだ。

 クラウチングスタートのように身を低くした彼女の周りに風が渦巻く。

 魔法の才がないわたしでも分かるほどの魔力の奔流だ。

 魔力を溜め、一気に放出。空けた助走距離で加速して、ローランにも受けきれない一撃を見舞うつもりだろう。


 魔力を練り上げていくセレストに対し、フィールドにも変化が起きる。

 リングの中心から左、いくつかの点で小さな魔法陣が発生した。魔法陣の中心からは土が隆起し、そのまま咲くように広がる。

 確定した土壁は総数5枚。やや半球状に広がった形状はローランがバリアを展開したようにも見える。


「こんなの、どうやって」


「通常自分より離れた位置に素早く何かを作り上げるのは困難です。しかし、この防壁はローラン様が下がった軌跡上を起点として発生しました。おそらく、下がりながら種を仕込んでいたのだと思います」


 言う間にもセレストの魔力は増大していき、ごう、と風のうなる音さえ聞こえる。

 音がふいに止まった。それは嵐の前の静けさに他ならない。

 次の瞬間、セレストの姿が


「消えた!?」

「早い!!」


 感想の差は動体視力の差かしらね。

 目にもとまらぬ速さで駆け抜けたセレストは一息で3枚の壁を割っていた。

 一歩踏み込み4枚。

 魔法による追加加速で5枚を穿つ。


「はあぁああ!!」


 気合いの声と共に最高の突きがローランに撃ち込まれる!


 固い音が続けて2回聞こえた。

 1つはローランの大剣が折れる音、そして、


「届かない、か」


 もう1つは大剣の裏、隠すように仕込まれた土の置き盾によってセレストの長剣が阻まれる音だった。

 渾身の一撃を止められたセレストに余力はなく、止まった足は既に土で拘束されている。折れた大剣でも動けない彼女を仕留めるには十分だろう。

 決着だった。


「そこまで!!」


 わたしの声と共にローランが振り上げた剣を下げ構えを解いた。すると未だ形を残していた5枚の壁は完全に崩壊し、セレストの拘束も砂に還っていく。

 お、と声を出したのはセレストで、いきなり拘束が解けた彼女はバランスを崩して前のめりに倒れ込んだ。

 うわ、顔面からいったわ、痛そう。

 なんとも言えない沈黙がしばらく続いたが、それを破ったのもまた彼女だった。

 セレストは地べたでも気にしないように寝返りを打ち、仰向けになると空に向けて笑った。


「ふ、はは、あぁはっは! ああ、負けたな、負けだ、完全に負けたよ。完敗だ」


 降参するように両手を上に伸ばせば、すぐ横のローランがその手を掴み彼女の身を起こす。至近距離で二人が向き合う。


「強くなったな……いや、強くなりましたね、ローラン様」


 微笑むように言うセレストにローランはしばし無言だった。その間彼が何を考えていたのかは知るよしもないが、やっと口を開いて出たのは、


「有り難う、今後も精進する」


 なんて模範解答みたいな言葉だった。真面目だな、と苦笑しながらセレストは肩を叩き、その二人にメアリーが興奮気味に駆け寄って感謝と賛辞を投げかけていた。

 明るい空気を邪魔しても悪いので悪役令嬢たるわたしは席に座ったままその様子をぼーっと眺めていた。

 並び立つセレストとローランのシルエットは頭一つ分ローランが高い

 もしかしたらローランはその差についさっき気付いたんじゃないか、なんて、そんなことをわたしは思っていた。

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