第一章「騎士と戦乙女」

第7話:三度の礼

 時間もちょうどよかったので続きはお昼の後とした。メアリーは午後は予復習の時間に充てるつもりだったというのでこちらを優先させる。今更学力のステータスが多少減っても別に構わないだろう。

 応接室に昼食を持ってきてもらい二人で食べる。これからどうするか、いまどうなっているのか食べながらすり合わせていきたい。まずはアイスブレイクも兼ねてわたしたちの戦力を確認しようかしら。


「あんた、恋愛経験は?」


 メアリーは上を向いて少し考え、首を横に振った。


「今世では同世代のいない孤児院で育ちましたし、前世では病気がちで入退院を繰り返していたので……恋愛経験どころか、同世代との交友もあまり。エリザベット様はいかがですか?」


 今世についてはゲーム通りだった。メアリー・メーンは背景のない主人公だ。そして彼女、いや彼と言うべきかしら? まあどっちでもいいや、こいつの前世は思ったより可哀そうな生い立ちらしかった。気にならなくもないが今はスルー。


「前世では縁がなかったし、今世では……あるわけないでしょう?」


 カルバン様への連敗記録がわたしの恋愛遍歴の全てだ。つまりはゼロに等しい。


「わたしたちだけじゃ埒があかないわね」


「そうですね。目標のためにもセレスト様とミリア様には仲間になって欲しいところですが……」


 声が尻すぼみになっていくのは先日の負い目があるからだろう。ふむ。


「ご馳走様。わたしはちょっと出るけど貴女はここで待ってなさい」


「え? あ、はい。わかりました」


 リスのようにちびちびと食べているメアリーを置いて部屋を出る。いいことを思いついた。

 セレストとミリアも部屋に呼んで話をシンプルにしてやろう。

 この寮は5階建てで上階ほど部屋が広く、おおよそ身分が高いほど上階の部屋が割り当てられる。わたしはもちろん5階、セレストは4階でミリアは3階、メアリーは1階だ。綺麗に階が分かれているのはその方が分かりやすいというゲーム的都合でもある。

 ミリアの招待はサラに頼み、セレストを呼びに行く。幸い2人とも用事はなかったようで手配はつつがなく完了した。


「ただいま」


 部屋に戻ったが返事がない。

 応接室に行くとメアリーは椅子に座ったまま寝ていた。昨日といい今日といい……。わたしの部屋を仮眠室とでも思ってるのかしら? 適当に肩を揺すって起こしてやる。


「ふぁ~、おはようなさいエリザベット様」


「おはようございますかお帰りなさいかどっちかにしなさい。ほら、寝ぼけてないでしゃっきりしなさいな、そろそろ来るわよ」


「来るって何方どなたが……。まさか!?」


 寝ぼけていた表情がさっと青ざめる。昼間の流れを考えれば、誰を呼んだかを当てるのはそう難しくないだろう。


「ええ、セレストさんとミリアをわたしの部屋にご招待しましたの」


「本気ですか!?」


「わたしはいつだって本気よ。ま、わたしも付いててあげるからさっさと謝って、彼女達を仲間に引き入れなさい」


「え、あの、はい! 頑張ります」


 メアリーは気持ちを切り替えたようで、身だしなみを整え、対応を考えはじめた。もう少し慌てふためく姿が見たかったので少し残念ではある。切り替えの早さは、流石、主人公というべきか。


「エリザベット様、メアリー様。お二人がおいでになりました」


「ありがとう、お連れして」


「かしこまりました」


 メアリーを起こしてから5分ほどで2人はやってきた。


「やあ、エリザベット。今日は──」


 挨拶をしようとしたセレストが途中で固まった。ミリアもだ。よし、ナイス反応。

 わたしの隣にたたずむメアリーがこちらの袖を軽く引っ張る。


「エリザベット様エリザベット様、もしかして私が居ることをお二人に伝えていなかったんですか?」


「あら、わたしったらうっかり」


「わざとですよね、絶対わざとですよね!」


「ちょっとした冗談よぅ、冗談。ほら、場が和んだでしょ?」


 実際、セレスト達はあっけにとられているが敵意は感じない。作戦大成功。


「あー、つまり、私達に用があるのは君ということかな? メアリー」


 わたしとメアリーのコントを見て硬直した身もほぐれたのか、セレストが口を挟んだ。


「は、はい」


 わたしの腕を掴んでガクガクと揺らしていたメアリーもその声で状況を思い出したようで、姿勢を正し彼女達に向き合う。そして緊張した身を落ち着かせるように大きく息を吸い、深く腰を折った。


「先日は、私の浅慮によりリリシィ様とローリー様に失礼な態度をとってしまい、本当に申し訳ありませんでした」


 月並みながら誠実な謝罪の言葉は素朴な彼女らしく悪い印象は与えないだろう。しかし、これでは経緯がまるで分からない。


「……事情を説明してくれないかな?」


 同じことを思ったのかセレストが続きを促す。メアリーは促されるままに顔を上げようとする、おっと。


「あの、エリザベット様?」


 彼女の後頭部を右手で押さえ顔を上げられないようにした。姿勢だけ示させた後は平民の彼女に任せるより公爵令嬢たるわたしが主導権を握った方が話がスムーズに進むはずだ。


「許されるまで頭を下げ続けるのが謝罪の基本よ。あんたはしばらくそうしてなさい。ここからは彼女に代わりわたしが説明させていただきます。」


「いや、しかし──」


「それは3日前のことでした」


 セレストから上がる抗議の声を無視して続ける。今は多少強引にでもわたしのターンにすべきと見た。


「校舎を散策していたらこの子が辛そうにしていたものですから事情を聞いたらわたしにしがみついて泣き出したのです。なんでもカルバン様たちに誘われるままに予定を詰めていったら過密スケジュールになって疲労が限界に近い、かといって貴い方々のお誘いを自分なんかが断るわけにはいかない、とのことでした。そこで『過密なのが問題なら殿方に他に親密な女性が出来るようにすれば、具体的にはローラン様とセレストさん、ノエル様とミリアの仲を助ければ、自然とメアリーへのお誘いも減るでしょう』と提案したのです」


「メアリーがしたことは、エリザベットの提案だったということ?」


「そういうことね」


「いや君、昨日は如何いかにも初耳という様子だったじゃないか」


「あれは……この子がまさかそんな極端で下手な手に出るとは思わなかったので……。何よりあの場で『それはわたしの差し金です』などと申し上げれば激昂したお二人にどう思われるか分からなかったでしょう? ですから知らぬフリをさせていただきました」


「君はそういう腹芸が苦手なタイプだと記憶しているが?」


「セレストさん、これでもわたしは公爵令嬢、社交界に身を置くものです。この程度の演技は出来て当然でしてよ?」


 セレストの視線が右下に、わたしに押さえつけられたままメアリーに向く。わずかに顔がこちらに向いて驚きの表情が見えてしまっている。

 しまった、もっとしっかり押さえつけるべきだったか。


「……メアリーも驚いているが」


「大方わたしが自分に責任を押しつけるとでも思っていたのでしょう。まぁ酷い、わたしが平民を虐げる悪徳貴族だとでも思っていたのかしら?」


「けしてそン──」


 何か言おうとしたメアリーの頭をさらに押し込み、喉を詰めることで黙らせる。


「……わかりました。改めて、確認。多少の誤解はあっても、メアリーの行動はエリザベット様の指示。それでよろしいのですね?」


「ええ、そうよ。そういうことにしておいてちょうだい」


「しかしなミリア──」


「セレスト、少しこちらに」


 反論しかけたセレストをミリアがちょいちょいと引っ張り部屋の隅に行く。動き掛けたところでこちらに振り向き


「少し待っていてください。メアリーのことは、許すから、もう頭を上げてあげて」


 そういうとこちらに背を向け二人でこそこそと話し始めた。メアリーを押さえつけていた手を離す。こちらも作戦タイムといこうか。


「どう? 事実と嘘を織り交ぜた改心の作り話だったのだけど、何か言いたいことはある?」


 無断でセレストとミリアを呼び出し、急に頭を押さえつけ、やはり無断で経緯をでっち上げた。流石に文句の一つも出るだろう、そう思っていたらメアリーはあげた頭を再び下げた。もしやこやつ頭を下げるのが趣味なのかしら。


「ありがとうございます。私の所為なのに、庇っていただいて」


「単にわたしの所為にした方が都合が良かっただけよ」


「分かっています。同じことでも平民の私がやった非礼を許すのは貴族の面子に関わりますが、大貴族のエリザベット様がやらせたなら許容しやすいとそういうことですよね? それでもエリザベット様が守ってくれたという事実は変わりません。私は、それが嬉しいのです!」


 照れ隠しとかではなく、本当に打算と少しの悪戯心でやっただけなのだが、そう真っ直ぐに感謝されるとむずかゆい。いけない、ちょっと本当に照れてきた。


「頭をあげなさい、下民の感謝など要らないわ。別に貴女のためにやったんじゃないんだから」


「……レ」


「ちょっと、あんた、今『ツンデレ』って言った? わたしはデレないわよ」


「言ってません、言ってません。ツンデレだなんて言ってませんよ」


「じゃあ何て言ったのよ」


「『テンプレ』」


「そう、それならい……ねえ、よく考えなくてもそっちの方が失礼じゃないかしら!」


 そんな調子でわたしたちが遊んでいる内にあちらの作戦会議も終わったようだ。セレストはやや不満顔だが、ミリアがほっとした様子なのを見るに一応納得はしてくれたらしい。


「腑に落ちないところはあるが、了解した。エリザベット・イジャール様の策なら仕方ない、か」


「ええ、分かっていただけて何よりです」


 セレストが謝罪を受け入れたことで、少なくとも形式上はメアリーと二人の間にわだかまりはなくなった。

 本題に入る。


「さて、そこで提案なのですが、私とカルバン様、セレストさんとローラン様、ミリアとノエル様、それと──」


 悪印象がぬぐい切れてない今、身分の低いメアリーが狙っている相手が第一王子のロミニドだということは言わない方がいいか。


「ついでにこの女と好きな相手。それぞれお付き合い出来るように、互いに協力する同盟を結びませんか?」


「構わないが、メアリーの好きな相手とは誰なんだ?」


「それは後のお楽しみということで。どうせカルバン様たちを引きはがさないとこいつは身動き取れませんもの」


「お三方と競合しないことは保証いたします」


 メアリーが補足する。


「しかしな、これから協力するなら腹の内は明かしておいて欲しいものだが」


「わたしは、それでいい。協力する」


 難色を示すセレスト。対照的にミリアはあっさりと協力を表明した。

 知力の高いミリアの方が説得には苦労するかと思ってたんだけど。


「いいのか?」


「この前のことを抜きにすればメアリーは信用出来ます。エリザベットもカルバン様絡みなら。それに、メアリーの相手も想像は付く。言いにくい理由も。だから問題ありません」


 あ、バレてるのね……。分かった上でこちらを信頼してくれるのならそれに越したことはないからいいんだけど。


「まあ、君がそう言うなら。私とローラン様の仲を応援してくれるというのなら、元来拒む理由もないか」


 ついにセレストも折れ、四人の協力関係がまとまった。


「じゃ、同盟成立ね」


「ありがとうございます!」


 軽く肯くわたしとセレミリに合わせ、メアリーは深く一礼する。


 やっぱりこの子頭を下げるのが趣味なんじゃないかしら。

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