第6話:私、メアリー・メーンは主人公となる
「私が前世の記憶を思い出したのは四月の初め、入学式前日のことでした」
エリザベット様に向けて、
「私はその日初めてこの学園にやってきて、右も左も分からない場所に戸惑って、心細くて、とにかく不安でした。そんなときにちょっとした段差で躓いてしまって、少し擦りむいただけなのに思わず泣いてしまいました。
そんなとき、泣いてる私に手を差し伸べてくれる人がいました。ロミニド様です」
「ああ、OPにそんなのあったわね」
「はい、そうです。今思えば、これはマジダムのOPにあったシーンですね」
そのときのことは今でも鮮明に思い出せる。まだ一ヶ月しか経ってませんけど。
「『大丈夫か』とかけられた声に顔を上げて、彼の顔を、彼の目を見たときに、私は失礼ながら目を見開いて驚いてしまいました。彼の青い目があまりに綺麗で、でもあまりに暗かったから。
ほら、ロミニドってルートの終盤までずっと目にハイライトがないじゃないですか?」
ゲームのときは「レイプ目のキャラだなー」としか思わなかったのですが、実際に目の当たりにすると本当に何の光も届かないような暗い目をしていて衝撃でした。
「深海のようなその瞳に私は引き込まれていくように感じました。彼の暗い目に吸い込まれ、茫然自失とした、そのとき! 私は前世の記憶を思い出したのです!」
「なんでよ」
理由は私自身にもよくわかりません。ロミニド様に惚れた衝撃、と言えれば良かったのですが、そうとも言い難い心中です。
「それだけロミニド様の目が衝撃的だったのだと思います」
理由としては弱いですが、これで通します。
「ロミニド様は茫然としている私をちょっと強引に立ち上がらせると『泣き止んだのならもういいな』とおっしゃり去っていきました。心細かった私にはぶっきらぼうな優しさが本当に嬉しくて、それと同時に見ず知らずの私に優しくしてくれた彼がこんなに暗い目をしているのはダメだ、そんなのは嫌だ、とそう思いました」
幸い前世ではアドベンチャーゲームの類が好きで『Magie d'amour』もやり込んでいましたし、外伝や設定集、ファンブックも一通り目を通していました。知識は万全です。
「しかし、ゲームについて思い出すと、ロミニド様だけを助けるのは不公平ではないかと思いました」
「乙女ゲームはイケメンのメンタルケアをするゲーム」なんて誰かが言っていましたが、『Magie d'amour』もその例に漏れず、テオフィロ以外の
「だから私は決心したのです。
私を助けてくれたロミニド様のために、これから出会う
一息、
「私は、メアリー・メーンはみんなを救う主人公になる。そう決めたのです」
「終わり……?」
渾身の決意表明だったのですが、エリザベット様が微妙な顔をされています。
「えっと、きっかけの話は終わりです」
「それだけ」
「はい、それだけです」
あの、そんな目で見ないでください……。
「ほら! 目の前に困ってる人がいて、自分がそれを解決できるなら手を貸したくなりませんか? なりますよね!」
今思えば傲慢極まりない考えですが、そのときは心底そう思ったのです。好きだったゲームの主人公に転生したことでハイになっていたのかもしれませんね……。
「ともかく、私は攻略対象全員の問題を解決すべく動きました。ゲームでは全員を同時に攻略することは出来ませんが、この世界なら時間に融通を聞かせて無理を通すことが出来ます」
実際しばらくは上手くいっていました。
皆さんのイベントをこなしつつ攻略に必要な能力を伸ばして、ギリギリでしたけどスケジュール管理もできていました。
このまま皆さんの問題が解決できる程度まで攻略を進めて、程々で好感度を止めれば関係も友達程度で収まるだろうと考えていました。『Magie d'amour』に逆ハールートはありませんしね。
「雲行きが怪しくなったのはここ一週間ほどです。日に日に
破綻を誤魔化そうと努力はしましたが数日でどうにもならなくなってしまいました。誰かに相談しようにも、学園に入ってから攻略に精いっぱいだったせいで友達も少なく……。もっとも、友達がたくさん居てもゲームのことを話すわけにもいきませんから変わらなかったかもしれませんが。
「
少し前までゲーム通りだったキャラがウソのように変わっていて、驚きました。しかも、私のことを主人公と呼ぶではありませんか!
これはもうエリザベット様も前世の記憶を思い出したに違いない! と思い、ポートに手紙を託しました。
「それで、改めてお会いしたらやっぱりエリザベット様にも記憶があって、これまで誰にも相談できなかったことをやっと話せる人が出来たと思ったら何だかこみ上げてきてしまって……昨日は思いっきり泣いちゃいました」
「わたしの服をぐずぐずにしてね」
「申し訳ありません、弁償はいつか必ずさせていただきます……。ですが、有り難う御座いました。お嫌いなはずの私のことを受け止めてくれて」
眠ってしまった私を起こさずにそのままにしておいてくれたとポートに聞いたときは安心しましたし嬉しかったです。エリザベット様は優しい方だと確信しました。
「ですから、エリザベット様の優しさに甘えて、お願い申し上げます。私一人では無理なのです、どうか
「……」
「私の、逆ハーレムを壊してください」
────────────────
メアリーは深々と頭を下げた。
つまり、何だ、この女は攻略対象と程々に仲良くなるつもりが好感度を上げすぎて手に負えなくなったから
「それ、手伝ったとしてわたしに何の得が?」
「はい! もし手伝っていただけるならカルバン様とエリザベット様の仲が深まるように全力で支援します! ゲームにもないルートなのでどこまでお力になるかわかりませんが、それでも役に立つはずです!」
「なるほど、確かにそれは魅力的な提案ね。」
そう言って紅茶を一口。一息入れ、改めてメアリーをキッとにらむ。口を開こうとすると、声を出す前にメアリーが割り込んできた。
「待ってください! 今絶対『だが断る』って言おうとしてますよね!?」
「あったり前でしょ! 相手は王族とトップレベルの貴族よ! その意に歯向かうようなことしたくないし、大体あんた“みんなを救う”って何様よ! 相手の気持ちも無視して、そんな思い上がりに関わりたくないわよ!」
「でも、でもいいんですか? このままだと私がカルバン様と結ばれて、あんなことやこんなことをしちゃいますよ!?」
「カルバン様を人質に取るなんて卑怯よ! あんたそれでも主人公なの?」
「エリザベット様こそ、悪役令嬢なら悪役令嬢らしくなりふり構わず好きな人のことを求めたらどうです!」
「それは……」
気づけば乗り出していた身を椅子に戻し、勢いでヒートアップした頭を冷ます。
そうして、ふと思ったことを言ってみる。
「大体、あんたがはっきりしないからいけないんじゃない。誰かとちゃんと付き合えば関係性もはっきりするでしょうが」
「それは、そうなんですけど……」
メアリーの目が泳ぐ。
「目をそらさない。この際前世での推しとかでもいいわ。マジダム好きだったんでしょ?」
「あの、私、いや、
「は?」
こいつは何をいきなりカミングアウトしてきたのか。というか、そうすると昨夜いきなり抱き着いて胸に顔をうずめて来たのは……。
「あ、待って! 席を立たないでください! 逃げないで! 前世では男でしたが、今の私は身も心も女性ですし、異性愛者です! エリザベット様に邪な思いは一切ありませんし──あの、ゴミを見るような目で見るのはやめてください……」
「……本当でしょうね?」
「本当です! 神に、偉大なるレアノ様に誓って本当です!」
渋々席に戻る。
「そういう訳で、今は女性ですけど、男性のときに男として見ていたキャラは恋愛対象としてはちょっと……。そもそも、私はキャラ押しよりカプ押し派なんです。推しはローセレです!」
出てきた名前に先日のお茶会を思い出す。
「あんた、セレストさんに『ぶっ殺す』って言われたんじゃなかった?」
「アレは結構堪えました……。戦闘力のある推しに殺意を向けられるのは怖かったです、いろんな意味で……」
そう言ってメアリーはうなだれる。
これまでの話で彼女の現状と目的は分かった。ついでに妙に男性陣と距離が近かった理由も分かった、同性の友達感覚だったのね。
倫理的にはともかく、正直悪くない提案だと思うけど、
「あんたを見ていると何故か理屈抜きにイラっときて提案を跳ねのけたくなるのよね……」
「それです!」
「何がよ」
「エリザベット様が私を見るとイライラするのは、きっとゲームでメアリーとエリザベットが敵対していたからです! ゲームと同じ関係になるように誘導されていると考えられます。いわばゲーム世界の“補正”です。
いいやない、と反語で強調までしてメアリーが主張する。
そう言われるとそうかもしれない。『
メアリーの動向を思い返していると、彼女の周りで見かけていない人物がいたのを思い出す。
そうだ、そういえば彼の攻略条件は……。
「そんなこと言って、あんた、本当はロミニド様が本命なのね! 他の攻略対象をくっつけようとしてるのもそれが目的でしょ?」
手応え有り! と思ったのだが、メアリーは首をひねっていた。
「何よ、当ったのか外れたのか、はっきりしなさい」
「いえ、外れ、ではないのですが……。私の前世の記憶を思い出したきっかけはロミニド様ですし、きっとあのとき惚れていたのだと思います。ですが、その瞬間に前世の記憶を思い出してしまったせいで、ちょっと感情が迷子になっていまして……」
一目惚れと記憶のフラッシュバックが同時に起こったことで混乱したってことか。
どうも本気で悩んでいるらしく、彼女は額に深くしわを作って考え込んでいた。わたしがどれだけいじめても全く応えていなかったのに。
「今はロミニド様と付き合いたいというよりも、ロミニド様を助けてあげたいって気持ちの方が強いですね」
「どっちにしろロミニド様を攻略したいんじゃない」
「あ、本当です! 結局同じことですね、これ。流石エリザベット様!」
メアリーは悪びれる様子もなく言った。
ロミニドルートは『Magie d'amour』のGRAND ENDにあたる。ある程度他のルートをクリアした後にプレイするのが推奨されているのだ。そのため、彼のルートは他の攻略対象4人のうち3人以上を攻略した後でないと開放されない。しかも攻略にはロミニド以外の
今ひとつはっきりしないけど、彼女がみんなの問題を解決しようとしたのはこの条件を満たすためでもあるはず。
「そんな微妙なモチベーションで第一王子の妻の座を狙う女は、あんたが史上初でしょうね」
「えへへ」
「誉めてないわよ!」
とぼけてはいるが、彼女も自分の想いを遂げるために動いているのね……。
彼女に言われた「悪役令嬢なら悪役令嬢らしくなりふり構わず」という言葉を思い出す。以前の、前世の記憶を思い出す前のわたしなら、確かにそうしていたはずだ。
想いはまだ燻ぶっている。
一度は無理だとあきらめたものの、主人公たるメアリーとならそれも叶うかもしれない。
だったら躊躇うことはない。悪役らしく覚悟を決めよう。
「わかったわ。ええ、正直わたしとカルバン様のこと以外なんてどうでもよかったのよ。だから、貴女の不遜な案に乗ってあげる」
出来るだけ不敵に笑って、彼女に手を差し出す。
「ありがとうございます、それでこそエリザベット・イジャール様。マジダム一の悪役令嬢です」
握手とともに契約は交わされる。
「わたしがあんたをロミニド様とくっつけてあげる。だから、あんたもわたしとカルバン様を結ばせなさい」
「お互いがお互いの恋のキューピッドになりましょう。はっ! 名付けて!」
何かを閃いたらしいメアリーはどこからか紙を取り出し筆を走らせた。
『互射』と書かれたそれを見せながら、言う。
「
その当て字は無理がないかしら。
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