第76話 不明
帝国領内の小さな山村
見たところ農林業以外に産業はない至って穏やかな村のようである。その村で2年ほど前から噂になっていることがある。南の聖王国領との間にある山の麓に一人の若い女が現れるというものであった。最初は聖王国から流れてきた女がこのあたりに住み着いたのかと思ったのだが、話を聞くとその女は山から下りてきたと言うのだ。
最初は皆ただの作り話だと思っていたのだが、一人またひとりと目撃者が増えていき、今では村人の多くが目撃している状態だ。そして今日も女を見たという村人が現れた。
男が朝早く村の近くの森へ薪拾いに行った時のことだった。いつものように森の中を歩いていると目の前に女が現れたのだという。彼は最初夢でも見ているのかと思い頬っぺたをつねったら痛かったらしく夢じゃないと確信したと言っていた。そして女をよく見ると銀色の長い髪をしたとても可愛らしい顔立ちをしている女の子だったそうだ。しかし、着ている服はボロボロで手足には切り傷や火傷の跡があり見ていて心が苦しくなったらしい。そこで彼は慌ててポーションを取り出して彼女に飲ませようとしたら彼女は驚いた表情をして首を横に振っていたそうだ。
それからしばらくすると少女の姿が見えなくなった為、彼は急いで村に帰ったらしい。家族にそのことを話すと村長の家に連れていかれ、話を聞いた村長は直ぐに教会に連絡をしたそうだ。その後、村人総出で彼女を探し出し保護し、教会の神官様たちが治療を始めたのだが、傷口を見てみると魔物に襲われたような傷跡が無数にあると言っていたそうだ。
そして、それを聞いた男はあることを思い出していた。3年前の王国領内の魔物の大襲撃である。その時この村も魔物に襲われ犠牲者を出したのだ。もしあの少女がその時の生き残りならば辛い過去を思い出してしまうかもしれないと思い男は自分の胸にしまっておこうと考えた。
だが、そんな男の心配は杞憂だった。なぜなら少女はその日を境に毎日村に姿を見せるようになったからだ。それからも村の子供たちと一緒になって遊んでいる光景を何度も目にするようになっていた。ただ、言葉遣いも思考も年齢に合わず、小さな子どもたちと同じようだった。
そんなある日、いつものように子供と遊んでいた女の子に男が話しかけたことがあった。その村人も聞くまいと思っていたが、どうしても気になることがあり思い切って聞いてみたとのことだった。あの時の魔物の襲撃についてもしかすると彼女なら何か知っているのではないかと思ったのだ。
少女は悲しそうに微笑んだ、ように見えたそうだ。
そして無言で首を振った。
なにも覚えていないらしい。
男はそれ以上聞くことができなかった。女の子の目が全てを語っていたように思えたからである。きっと彼女は何も知らない方がいいのだろう。だから村のみんなももう聞かないことにした。
それから数日後、女の子の姿を見なくなっていた。子供達の話によると女の子は最近姿を見せないらしい。
そしてある日、村人達が広場に集まった時に突然現れた女の子によって事件がおこる。
なんと女の子が村人達の前で魔法を使って見せたのだ。しかもそれは初級魔法の火球ではなく上級魔法であった。その威力は凄まじく村の周囲を囲む外壁すら破壊してみせたのだ。これには流石に村人達も驚きを隠せなかった。そして次の瞬間、悲しそうな微笑みを浮かべた女の子の身体が光り輝き始めたかと思うと姿が消えていたのである。まるで転移魔法を使ったかのように……。結局、彼女の行方は不明のままとなってしまった。
村ではそれ以降彼女のことを「ムジナ」だったのではないかと噂している。
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