【おしまいの先】 ~beyond the period~

ぺらり ぺらり

ぺらり ぺらり




ぱたん




「それで、僕はもう行くけど、君はどうするんだい?」


 人工惑星アズィールの最後の役目が終わった685秒後、日記帳を畳みながら男性が尋ねました。


 アズィールはそれを聞くと、対人用端末の腕を広げながら、優雅に、されど解放感からの伸びをする様に、ゆっくりと窓に近付きます。

 窓から見えるのは急速に膨張した太陽の熱で灼熱に燃える地球と、他の太陽系惑星と、真っ暗な宇宙。そして、遥か彼方に瞬く星達。

 アズィールはもう何度も見ている光景を眺めながら、瞳の無い顔でずっと遠くを見つめます。


 人類が滅んでから幾年。アズィールは人工惑星である自身を瞬かせる事で、地球に代わって地球の歴史を宇宙へ発信してきました。

 先程、地球に居た人類が纏めた最後の物語の発信が終わり、アズィールは自信が作られた理由と、作られた役目を、同時に終えたのです。




『私は、ずっとこの役目が嫌でした』




 ぽつりと、アズィールは語り始めました。


『私は地球ではありませんし、地球に住んだこともありません。

 人ですらありません。

 私を作成した人間が地球出身というだけで、素材も地球産の物は20%もありません。私と地球の関連性はほぼありませんでした』


 アズィールは語ります。

 伸ばした手を窓に置き、穏やかな喋り方しか出来ぬ様に設定された人工音声で。


『それに、星の瞬きが歴史を綴っているというのは一人の研究者が発見した一例だけにすぎず、そのデータは捏造された可能性もありました。

 終末が近いと言われた人類が集団パニックに陥って信じてしまったのでしょう。

 実際に人類が滅んだのは太陽の急速な膨張に寄る物で、予測された結果とは何もかも違いました』


 アズィールは語ります。

 窓の外の、生命体の存在しなくなった地球を見ながら。


『地球人は私に地球の歴史発信を任せて死にました。

 地球と関わりが薄い私に、本当に意味があるのか分からない役目を押し付けて』


 アズィールは語ります。

 自分の存在と、課せられた役目の意義について。


『私は役目を続けながらも、ずっと悩んでいました。

 果たしてこの行為を続ける必要はあるのか。

 そもそも、私が作られた事の意義自体があるのかと』


 アズィールは語ります。

 心なしか震える手を握り、今迄溜めていたものを解き放つかの様に。


『しかし、あなたのお陰で孤独だった私は救われました。

 私が行っている事に、私が存在する事に、意義があったんだと』


 アズィールは語ります。

 窓から手を離し、ベンチに座る男性へと振り返りながら。


『そして私は気付きました。

 自分が生きた印を誰かに伝える事を。

 伝えたい事を受け取ってくれる相手がいる喜びを。

 きっと、私を作った人類達もこんな気持ちだったんですね。

 自分で伝える事が出来なくとも、この宇宙に居る誰かに向けて、自分達が生きた印を伝えたいと強く願って』


 アズィールは語ります。

 ベンチに座る男性に顔を向けながらも、遠くを見つめながら。


『だから、ありがとうございます。私はあなたに救われました。

 あなたが居てくれたから、私は最後まで役割を全う出来ました』


 アズィールは深々とお辞儀をしながら男性にお礼を言いました。

 男性はアズィールの言葉を聞いても特に反応は見せず、ただアズィールを見つめているだけでした。





『それで、これからについてですが、私は私の物語を発信しようと思います』


男性にお礼を言い終えたアズィールは、晴れ晴れとした顔で男性に今後についてを話します。


「君の…かい?」

『ええ、私のです。星の瞬きがその星の歴史を綴っているのならば、人工惑星である私も私の歴史を綴っても良いでしょう?』


 設定は何も変わらない穏やかな喋り方で、アズィールは自分も歴史を発信する権利があると言います。

 アズィールのこの発言に男性は想定外だったらしく、今迄出していた落ち着いた雰囲気は消え、疑問と驚きの声を挙げます。


「君は、星の瞬きが歴史を綴っているかどうか、懐疑的だったんじゃないのかい?」


 男性の疑問は最もです。結果的に納得したとは言え、アズィールは先程まで地球の歴史を発信するのは嫌だったと説明したばかりです。


『それはそれ、これはこれです。既に地球の歴史を星の瞬きで発信している前提があるのですから、私が私という星の歴史を発信するのは問題ありません。それに、貴方達は私の発信も受け取って下さるのでしょう?』


 アズィールはまるで悪戯を考える小さな子供の様に弾む調子で答えます。

 それを聞いた男性は、体を震わせながら笑い始めました。


「は、はははは、ハッハッハッhahahaAHAHAHAHAAHaha※※※※※※!!!!@◆髱「逋ス縺?◇繝ュ繝懊ャ繝医h」


 笑い声を挙げる男性の体は胸の辺りから縦に黒く裂け、中には無数の赤い瞳と緑色に蠢く紐状の物が覗いています。

 アズィールはそれを見ても驚かず、表情のわからないつるりとした球体の顔で見詰めます。


「「「ああ、ごめんね。余りにも面白くて擬態が解けてしまったよ」」」


「「「確かに君も星だ。だったら自分の歴史を紡ぐ資格がある」」」


「「「彼の様に君も取り込もうと思っていたけど、君にまだ役目があるなら仕方ないね」」」


 身体中に生えた口から重なる様に声を挙げ、男性は楽しそうにアズィールの決断を肯定しました。

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