第9話 世界の裏側④
俺と海里は小さな影を倒しながら、ついに親玉の影がいる学校に辿り着いた。
当然ながら、この場所も周囲は荒廃している…その理由は相変わらず不明だが、ここは人の心が関係している世界なので、その辺りに理由があるのかもしれない。
だが、今はその事について深く考えている余裕は無さそうだった。
「縹君…」
「あぁ、こいつを倒せば帰れる…って事でいいんだったよな?」
「うん」
その巨大な影は、6本の折れ曲がった棒によって支えられている黒い球体だった。
その球体から、影が生み出されている様だ。
「でも、油断しないでね」
彼女の視線の先では、今も大きな影からボトボトと小さな人型の影が産み落とされていた。
その影達は両手を支えに立ち上がり、こちらを見るや否や駆け出してきた。
「雑魚を蹴散らして本体を叩くぞ」
「了解。縹君、心化は使えそう?」
「まだ使い始めたばかりで、右も左も分かんねぇよ…でも、何とかやってみる」
「あはは、まぁ難しいよね…作戦とかある?」
「…いのちを大事に、でいこうか」
「臨機応変もプラスで」
「そうだな」
こっちはそもそも喧嘩すらまともにした事が無いのだ。作戦なんて立てられるわけないだろう。
ただ、戦いながら考えてみるつもりではいる。こうして対面したからこそ、何か気付くことがあるかもしれないしな。
そうこう話している内に、小さな影がこちらに迫ってきている。
数は10体…想定より多い。
「来るよ!」
「分かってる!」
当初の計算だと、生み出される数はもっと少なかったはずだ。
考えられる可能性としては、外敵の出現に身の危険を感じた黒い球体の影が、身を守る為に生み出す速度を速めた…ってところだが、それは頭数の少ない俺達にとってはかなりのバッドニュースだ。
長期戦もこちらが不利となると、奴をすぐに倒すには…。
「海里、雑魚は俺がまとめて相手をするから、あの支えの棒を斬れるか?」
雑魚を1体消滅させながら、俺は問いかけた。
「あの6本の足みたいなのを?」
足…なるほどな、そういう見方もあるか。
確かに、クモの足の様に見えなくもない…いや、今はそんな事どうでもよくて。
「あの黒い丸いの、あれが本体で間違いないなら、結構な重さがあるんじゃないかと思ってさ」
それに、狙いはもう一つある。
「加えてあの黒い球、さっき見た時は分かり辛かったが、学校の屋上よりも高い位置にある。支えを失えば、あのサイズであの重さなら…」
「地面にぶつかって壊れるんじゃないかって事?」
「あぁ、そうだ」
俺達は話ながら、産み落とされたばかりの影を全て蹴散らした。
だが、こうしている今もなお、あの黒い球体は新たに影の子どもを産み落としている。
「了解、心化も無限に使えるもんじゃないもんね…いいよ、私は右側の足をやるから、縹君は左側をお願い」
「あー、まぁ、確かに叩き落とすなら左右同時にやらなきゃダメか…いいよ、分かった、頑張ってみる」
大きく息を吐き、中段の構えで刀を構える。
俺の緊張をほぐす為か、背中をポンポン叩きながら、彼女が言った。
「頼りにしてるね?」
「お、おう…」
こんな事でやる気になる辺り、俺も自分が12歳の思春期真っ只中だと言う事を思い知らされる。
俺の事が好きだと、そう言ってはいたが…100%その言葉を信じられるほど、俺は馬鹿でもないつもりだ。
きっと、さっきのキスも、俺がこの世界で生き残れるようにする為のものだ。
決して俺の事が好きだからという訳ではないだろう…女はそんなにチョロくない。
そんな子はアニメや漫画やライトノベルの世界の中だけにしかいないんだ。
だが、こうした感情も、心化と呼ばれる感情のエネルギーになるのなら、俺にとっては悪い話ではない。
今はこの感情さえも利用して、彼女と生きて現実に帰るのだ。
「行こう」
「うん!」
作戦通り、俺は親玉の左側、海里は右側へ駆けだした。
黒い球体が脈動し、またも新たな影の子を産みだそうとしている。
その震えが先程よりも大きい事から、一度により多くの影を産み落とすつもりなのだろうが、その時はまたそいつらを相手にする必要が出てきてしまう。
となると、一発で決めるつもりでやるしかない。
目を閉じて、俺は頭の中に手元の刀を思い浮かべた。
俺の両の手が握っているこの刀が、より鋭く、そして長くなる様に想像する。
絶対に現実世界に帰るという強い想いを力に変えて、俺はその長大な刃を振るう。
「く…おぉぉぉぉぉ!!!」
刃渡りに見合った重さになり、ややバランスを崩しながら、その重さを利用して漆黒の支柱に刃を叩きつけた。
一本目の支柱は、何の手応えも感じないままにへし折れた。
二本目、三本目も同様に問題なく刃が通り、切断された部分からグラグラと揺れ始める。
反対側では、海里が三本目を斬り飛ばしたところだった。
「倒れないか!?」
俺達の斬った位置が低く、完全に支えを失われたわけではないので、少しバランスを崩した程度に留まったらしい。
「こうなったら…海里、雑魚を頼む!!」
「縹君!?」
俺は刀の長さを元に戻し、勢いをつけて学校の壁を走って登り始めた。
「しっかりと靴の裏で壁を掴み、壁を駆け上る事ができる」というイメージを自身の両脚に込めれば、出来るのではないかと思ったのだ。
そして狙い通り、俺はグングン上に駆け上がっていき、やがて屋上に辿り着いた。
そのまま立ち止まる事なく、俺は勢いをつける為に屋上の端に立った。
「どうするの!?」
「根元から叩っ斬る!!」
最初はあまりにも斬った場所が下過ぎたのが良くなかった。
それなら、黒い球体と柱…いや、足の付け根の部分をまとめて斬ればいい。
「それなら…10秒待ってて!私もそっちに行く!!」
「出来るのか!?」
「やってみせる!!」
僅かな逡巡の後、俺はそのままそこで彼女を待つ事に決めた。
どのみち、左右を斬るタイミングは同時でなければならない都合上、彼女の存在は必要だ。
俺だけが慌てて屋上に登ったって意味はないのに、なぜ気が付かなかったのか。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
海里が産み落とされた影と戦っているのが分かる。
気持ちとしては俺も参戦したいが、もう一度壁登りを成功させられる自身はもう無いので、信じて待つ事しか出来ない。
「お待たせ!」
「…10秒いらないじゃん」
彼女は7秒程でこの場所にやってきた。
しかも、俺と違って壁を駆け上ってきたわけでもなく、ふわりと跳び上がって目の前に着地してきた。
この辺、俺よりもこの世界に慣れてるから出来る事なんだろうな。
「よし…やる事はさっきと一緒だ。俺は左側をやる」
「私は右側をいくね」
「あぁ、今度こそ、あいつを倒す」
俺達は屋上の端からトップスピードで走り出し、柵を蹴って空中へとその身を躍らせた。
心化で跳躍力を強くしているが、三本目まで届くかどうかわからない。
だが、彼女はやり遂げるはずだ。俺も、それに応えなくてはならない。
刃を長く、鋭く変化させ、一本目、そして二本目まで斬ることが出来た。
しかし予想通り、三本目を斬るには少し跳躍力が足りていなかった。
だが、ここで諦めるわけにはないかない。
前に進め、前に進めと強く念じると、見えない力が俺の背中を押すように、俺の身体はわずかにも重力に負ける事無く、まっすぐ前に進んだ。
これならいける!!
「届けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
俺の刀が、三本目の足を両断するのは一瞬の事だった。
その瞬間、俺の身体は重力に引っ張られるように真っ逆さまに落下し始める…黒い球体と一緒に。
「ヤバい…!!」
この世界では、死を認識してしまえば死んでしまう。
高所からの落下は、その条件を満たすものだ。
「うわぁぁぁぁぁ…!!」
「縹君!!!」
地面に叩き付けられ衝撃を覚悟して、せめて頭を守る姿勢を取っていたのだが…その衝撃が俺を襲う事は無かった。
「…あれ?」
「危なかった…大丈夫?」
「あ、あぁ…」
気が付くと俺の身体は、海里に抱かれていた。
どうやら彼女が心化の力を使って駆け付け、お姫様抱っこで助けてくれたらしい。
「…俺、ダサいなぁ」
「ううん、そんな事ないよ…ほら、あれ見て」
降ろしてもらって自分の足で地面に立ち、彼女が示す方に目を向ける。
そこでは、黒い水たまりが霧になり、徐々に消えていっている最中だった。
中央にはサッカーボール程の黒い玉が浮かんでいる。
「あれが恐らく、本当の本体というか…あいつの弱点みたいだね」
「そうっぽいな。早く斬ってこないと…うぐ」
前に進もうとしたが、足に力が入らず、膝から崩れ落ちてしまった。
そんな俺を、海里がそっと受け止めてくれる。
「おっとっと…無理しちゃ駄目だよ、縹君は心化の力を使い切っちゃったんだし、あとは私がやってくるから」
「そうみたいだな…いや、マジで動けん。トドメだけ任せてもいい?」
「もちろん、ここで休んでて」
そう言った彼女が即座に駆け出し、一瞬で黒い球体の前まで迫ると、あっという間に二本の小太刀で細切れにしてしまった。
「はい、おしまい」
「速っ!?」
「少し休んだら、縹君の部屋に戻ろっか。きっと、現実世界への接続を邪魔する影がいなくなったから、そこから帰れるようになってるはずだよ」
「…そうだな、うん。それなら、休んでる暇はないか。悪いけど肩を貸してくれないか?」
「それは大丈夫だけど、無理はしないでね?」
「分かってる、さっさと行こう」
そして、俺と海里は俺の部屋の前まで戻ってきた。
「これで、俺の部屋の中に、扉があるはずなんだよな?」
「そのはずだよ…多分」
「多分!?」
「絶対!大丈夫だから!」
「…わかったよ」
俺は意を決して、自分の部屋の扉を開けた。
元々この世界に入ってきたその場所を見ると、そこには。
「…あっ」
「ほらね?」
ステンドグラスで出来た様な扉があった。
現実世界で俺が見た物と同じ扉だ。
呆けている俺を引っ張って、海里が部屋の奥…例の青い扉の前まで連れていく。
「一緒に帰ろ?」
「…あのさ」
「なぁに?」
「後で、もう少し詳しい話を聞かせてくれよ。当主だの巫女だの、この世界の事だって、分からない事が多すぎる」
この力を持った以上、俺は彼女と関わらなくてはいけない理由が出来てしまった。
また俺自身の意思としても、もう彼女を放っておけないくらいには…赤の他人と呼べない間柄くらいにはなってるので、これ以降ガン無視を決め込むわけにいかないのだ。
当事者としての意識が、俺には必要だ。
だが、意識を持つための知識が、情報がまだ足りていない。
あるのは気持ちだけだ。
「もちろん。お父さんやお母さんにも、今回の事を話さないといけないからね。その時に詳しい事情はちゃんと話すよ」
「…わかったよ」
海里が扉を開くと、その先は白い光に包まれていた。
俺はゆっくり踏み出そうとしたのだが、彼女がそのまま俺の手を取って、勢いよく飛び込んでしまった。
彼女と一緒に、俺自身が白い光に包まれるのを感じたところで…俺の意識は途絶えるのだった。
星影の当主と世界の扉 @Nebusoku_cat
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