第4話 委員会

気が付けば、僕は車の中にいた。

運転席には父がいて、助手席に座っている母と小さな声で話をしている。

声の大きさを抑えているのは、僕と姉、妹が寝ていたからだろう。

この光景は何度も繰り返し見続けている、悪夢のプロローグだった。

あぁ、またいつもの夢か。

姉と妹は2時間ほど車に揺られ、眠気に負けたのかすぅすぅと寝息をたてて、僕の右肩と左肩を枕にしていた。

ここから先の展開はよく覚えている、僕は何度も見ているから。

当時、僕以外の家族がみんな亡くなった時のこの事故は、父の運転ミスによる交通事故だと処理されてしまったが…僕は忘れない。

誰に話しても信じなかった、不自然な現象の事を。

僕は必死になって、父と母に向かって手を伸ばし、声を出そうとする。

しかしこれまでの様に、僕の身体は動かず、碌に声も出せないでいた。

駄目だ、このままではまた…そう思った時、先程まで仲睦まじく母と話していた父が何の前触れもなく、突然ガクンと脱力し、車のハンドルからも手を離してしまう。

突然の事に戸惑いながらも、母は必死に父へ声を掛ける。

しかし、父が目を覚ます予兆は見られなかった。

痺れを切らした母は車を一度止めようと、ブレーキを踏もうとシートベルトを外して足を伸ばしたが間に合わず、車はそのままガードレールを突き破って崖下へ転がり落ちていく。

僕は後部座席で姉と妹を守ろうと、二人を抱き寄せる事しかできなかった。

しかも、それすら崖を転がり落ちる時の振動で達成できず、僕らは揃って天井に頭を強く打ちつけてしまい、意識を失ってしまうのだ。

僕が目を覚ますと、車から投げ出された状態で地面に倒れていた。

口の中に入った土をペッペッ、と吐き出してから辺りを確認すると、グシャグシャになった父の愛車が、モクモクと黒い煙と上げていた。

ポケットの中に入れてあったタオルを口にあてて車に近づき、横転した車の中を覗き込む。

車の中は、もう滅茶苦茶だった。

一体なぜ、後部座席に座っていた僕だけが投げ出されたのかは分からないが、中にいたままの姉と妹は、首があらぬ方向を向いて白目を剥いて泡を噴いている。

父は衝撃で前方に頭を打ちつけたのか、かなりの量の出血をしていて、辺りには血溜まりが出来ていた。

母だけはかろうじて息があったものの、車の中から出れない状態だった。

車体が歪んだ事で中の座席に圧迫された状態になっているから出られないと、口元から血が流れた母がそう話すのを、この時の僕は泣きながら聞いていた。

母だけでも助けようと必死に足掻くも、程なく母の呼吸が止まる。

家族が全員死んでしまうという目の前の現実に絶望しながら、僕は自分たちが落ちてきた崖の上を見た。

遠すぎてはっきりとは見えなかったが、そこには確かに誰かがいて、僕らを見下ろしていたのだ。

父の様子が変だった事を思い出し、両目から涙を溢れさせながら、その人物を睨めつけるも、僕とて無事な身体ではなかった。

身体に走る激痛に耐えきれず、僕はここで意識を失う。


「…」

どうやら、悪夢から目が覚めたらしい。

僕は汗だくになっていて、前髪が額にぺたりと張り付いている。

昔から定期的に見ていた悪夢だが、僕は最近、何故か毎日あの悪夢を見ていた。

お蔭で寝不足だ。

結局、あの事件の真実はなんだったのだろうか。

あの後、気が付けば大人たちに保護されていた僕は、これまで見えなかったものが見えるようになった事に気付く。

そう、普通の人には見えないという、謎の扉を。

僕はまだ、その扉の先がどうなっているのかを知らないままでいる。

「…シャワー、浴びてくるか」

まだ夜中の2時半を回った頃。

今日の授業も睡眠学習になりそうだなと思いながら、着替えを持ってお風呂へ向かった。


4月10日、7:50、通学路。

「ふわぁ…」

眠い、その一言に尽きる。

ここ最近、悪夢のせいで本当に寝つきが悪い。

「参ったな、これは…」

一体何が原因なのかも分からない。

新しい環境になったから、僕の精神状態がやや不安定になっていたりでもするのだろうか…いや、そんなことで揺らぐほど、僕は弱くないつもりだ。

今度、メンタルケアのプロである紫苑さんに、一度相談してみる事を検討してみようか。

「縹君、おはよ!」

咲良さんだ。

そよ風で彼女の長い髪が揺れている。

いつもの様にピンクの髪留めで前髪を留めており、袖の長さが足りないのか、やや萌え袖気味になっている。

スカートは校則を守っているのか、クラスの中でもかなり長めだ。

意外と真面目な所に少しだけ好感を持ちそうになるが、そんな自分を戒め、いつもの様に彼女には強気に当たろうと、意識を切り替える。

挨拶くらいなら距離感関係なく許されるだろうと返事をする。

「…おはよ。お前は今日も朝から元気だな」

「もちろん、それが私の取り柄だからね!」

右手でピースしながら歯を見せてニッと笑う。

彼女の笑顔に気が抜けたのか、リュックが肩からずれてしまった。

それを背負い直してから歩き出す。

「そんなことよりさっさと行こう、遅刻する」

「あっ、待ってよぉ」

本当に気が抜ける奴だな、こいつ。

「今日って何するんだっけ?」

僕の隣に並んで歩き、両手を後ろに組んで身体を前に倒し、上目遣いでこちらを見上げる咲良さん。

よく自然にそんな姿勢を維持出来るなこいつ。

多分俺よりも体幹が良いんだろうな。

無視するような話題でもないので、今日の時間割を頭の中で思い返す。

「今日はまだ授業は無かったはずだ。確か、委員会を決めるんじゃなかったっけな」

「そっか、委員会って何があるのかな?」

「そこまでは分からん」

パッと思い浮かぶのは、学級委員、図書委員、美化委員あたりだろうか。

歩きながら少し考えて、飼育委員、保健委員、放送委員、応援委員か。

小学校には生活委員、新聞委員なんてものもあったかな。

出来るだけ自分にあったものを選ぶつもりだが、何にしようか…。

「多分2人とか3人とかだよね?私、縹君が手を挙げた奴にしよっかな」

「人で入る委員会を選ぶんじゃねぇよ…」

「だって、誰と一緒にやるかって大事じゃない?」

確かに、相方が不真面目だとこっちが割りを食うし、嫌いな奴と一緒になろうものならストレスが溜まって仕方がなくなるな。

そういう意味じゃ咲良さんの言う事は正しいかもしれない。

まぁ、学校での委員会なんて、そんな程度の考え方でいいのかもしれないけどな。

難しく考えてるのは僕の方か?

「私はどうせやるなら、楽しい方がいいなぁ。縹君と一緒なら、きっともっと楽しいよ?」

そう言う事を簡単に口に出すな。

思春期の男子なんて、結構簡単に異性を好きになるんだから。

咲良さん、そういう勘違い男子を量産させそうなタイプだよな。

僕も気をつけよう。

だが、少し待てよ。

彼女の甘ったるいセリフはさて置き、委員会等の仕事については真面目にこなすタイプの人間だろう。

それを考えたら、相方が彼女というのは悪い選択肢じゃないのかもしれない。

1つのクラスから1つの委員会につき1人、という事は無いだろうから、この問題は僕自身の為にも放置しておいていいかもしれない。

その時は、せめてこいつの雑談に付き合うくらいはしてやるか。

「まぁ、何の委員会に入るかは自分で決めろ」

投げやりにそう言って、僕は一旦口を閉ざす。

それから教室に着くまで、彼女の雑談に付き合った。


4月10日、1時間目。

記憶通り、委員会を決める時間になった。

委員会は、学級委員、美化委員、図書委員、保健委員、飼育委員、応援委員、放送委員、風紀委員、新聞委員の9つだった。

自分の中で消去法で絞込んで、残ったのは美化委員と図書委員だ。

どちらもあまり目立たず、人との交流も少ないという点から候補に残した。

美化委員は放課後に手洗い石鹸のメンテナンスとか、掃除用具が壊れていないかをチェックするらしい。

図書委員は昼休みや放課後に、当番制で図書室の貸し出し当番をしないといけないが、そこ以外にデメリットはない。

しばし瞑目し、結論を出す。

「はい」

僕が選んだのは…


委員会決めの時間中、は縹君の事をジッと眺めていた。

彼がどの委員会に挙手するのかを知る為だ。

「はい」

彼が挙手をした。

「美化委員にします」

「私も美化委員にします!」

今朝方、彼に注意されたばかりだというのに、私は躊躇いなく挙手した。

他に立候補者はいないかったので、美化委員はそのまま私達2人に決定した。

彼はチラッとこちらを見た後、ため息をついて机に突っ伏し、そのまま寝てしまった。

私はフフンと得意げに返して、そのまま進んでいく委員会を眺める。

このクラスにもはるかぜ院の子はいるけど、今のところ学校では縹君以外と話してはいない。

どうやら私が縹君を気に掛けてる事が伝わってるみたいで、彼に声を掛けるタイミングを見計らっているみたい。

単純に私が一緒に居たくて、休み時間は縹君とよく一緒にいるんだけど…彼にはきっと迷惑を掛けちゃってるんだろうな。

変な噂とか立てられちゃったらどうしよっか?

例えば、私が彼を好きなんじゃないか、とか。

2人が付き合ってるんじゃないか、とか。

縹君が私をどう思っているかは分からない…いや、ちょっと面倒な子くらいには思われてるかもしれないけど、私は恋愛感情に憧れがある私からすれば、彼が相手というのは今のところ、満更でもない。

少しの間話していて気付いたんだけど、彼とは会話のリズムが合う。

私がふざけたり、茶目っ気を見せたりすると、ちゃんと突っ込んでくれる。

クラスの女の子とも話したりするけど、少し気を遣ってしまうというか、自分を飾ってしまうというか…うまく言えないけど、疲れる会話になってしまうのだ。

でも、彼との会話はそれがないし、むしろ話してて楽しいとすら思う。

みんなは彼を根暗とかぼっちとか色々言うけれど、それはただのレッテルで、私の感じた息苦しさは、彼女たちが持つ私の考え方との違いが関係しているのかもしれない。

だから、このまま少しずつ彼女たちからはフェードアウトしていくつもりでいる。

でも、どうなのかな。

私が彼女たちに感じているそれも、見方を変えたらレッテルなのかもしれない。

それはそれは、盛大なブーメラン。

人のふり見て我がふり直せ、である。

でも、難しく考えるのは私のキャラじゃないから。

私は一緒に居たい人と一緒にいる、それでいい。

彼が1人でいる事を望むかもしれないけど、これは私の我儘だ。

彼の優しさをもっと人に知ってほしいと思った。

彼がなぜ人が苦手なのか、もっと知りたいと思った。

彼が、になってくれないかなって、思う様になった。

私は縹君に期待をしている。

私の気持ちを、きっと押し付けている。

ごめんね、縹君。

あなたとの繋がりはすごく大事にするから。

どうか、私の前からいなくならないで。


チャイムが鳴るのと同時に目が覚める。

僕が顔を上げると、委員会決めが全て終わっていた。

結局咲良さんは僕と同じ委員会を選んだ。

それはそれで、もうしゃーなしというか、しばらくよろしくお願いしますという感じだ。

次は体育館へ移動するらしい。

体育館履きを持って、僕らは体育館へ移動する。

僕は集団が苦手なので、全員が出払った後にのんびりと移動を開始した。

が、廊下に人がいたらしく、珍しく声を掛けられた。

「よう、縹」

「こんにちは」

「…誰だ?」

同じクラスの人間だから顔は知っているが、名前は覚えていない。

自己紹介の時に言ってたような気もするけど、僕は寝てたからな…。

「俺は相羽あいば 竜成りゅうせい、よろしくな」

白雪しらゆき結羅ゆらです、よろしくね、縹君」

「あぁ、うん…えっと、何か用?」

「海里ちゃんから聞いてないかな?私達、はるかぜ院で暮らしてるの」

あぁ、なるほどな。

この2人も、あそこで暮らしている子どもなわけだ。

咲良さんからは何も聞いていない…というより、他のメンバーについて話す機会が無かっただけだと思うが、気になるのはそこじゃない。

「あんたらがそうなのか…いや、咲良さんからは何も聞いてないよ、話題に出すタイミングが無かっただけだと思うけどな」

相羽はどこかライオンを思わせる様な、ボサボサとした髪型をした男だ。

いや、こういうのをボサボサとは言わないだろう。

印象としては不衛生ではなく、ワイルドな髪型だ。

「なぁ、相羽。その髪型、名前はなんていうんだ?」

「か、髪型?俺のは確か、ウルフカットって言ってたかな」

なるほど、ウルフカットというのか、覚えておこう。

お洒落な髪型だったから興味があった。

いや、自分では似合わないだろうし、やらないけどね。

白雪さんは2本の三つ編みだ。ものすごく文学少女感がある。

しかもメガネかけてるし。

はるかぜ院の奴なら悪い奴らではあるまい…と思って、会話は続行する。

「最初に興味を持つのが髪型って、変な奴だなぁ」

「ごめん、気になってさ」

「いや、別にいいんだけどよ。それより、一緒に体育館行こうぜ」

こいつすごいな、スッと人を誘えるなんて。

…というかこの2人、付き合ってるのかな?

なら、邪魔しちゃ悪いから一人で行くべきか?

うんうんと呻っていると、その場に更なる声が。

「あ!いた!探したよ縹君!…ってあれ?どうしたの2人とも?」

咲良さんだ。

彼女がクラスの女子と一緒にいたのを見て、1人になれるかなとも思ったが、わざわざ引き返してきたらしい。

見知った2人が僕と一緒にいることに驚いているらしい。

「お前が頻繁にこいつの話を出すもんでさ。ちょっと気になって」

「そうそう。この子がこんなに人に興味を示すのも珍しいし」

「…そうなのか?」

正直、咲良さんは誰とでも関わるタイプだと思っていた。

が、それは良くない事だったなと反省する。

いや、だって僕に対する接し方とか、完全にコミュ強のそれだから…。

「え?そ、そんなにたくさん話してたかな…?」

ちょっと恥ずかしそうに俯く咲良さん。

「そうそう、昨日の晩飯の時もさ…」

「そんなことより、早く体育館に行こうぜ。ってか、次って何するんだ?」

僕は相羽の話を斬って歩き出した。

そろそろ行かないとマジで遅刻である。

僕の質問に答えたのは咲良さんだ。

「次は部活動紹介だって。今日の放課後から体験入部が始まるみたいだよ?」

僕は帰宅部の予定なので、次の時間も寝ることに決めた。

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