悪縁の一夜
夜なのか辺りは真っ暗で月すらも出ていません。古びた街灯だけがぼんやりと光を放っています。
昼間の商店街とはまるで違った不気味さがあって、知っているはずなのに知らない場所のように見えました。
どうやら俺は商店街を少し入ったところに立っていたようです。近くには見覚えのある自動販売機がありました。
なぜここにいるのか分からない。怖くなった俺は商店街から出ようとしました。
その時、シャキンという音が背後から聞こえました。虫の声すら聞こえない無音の中だったので嫌にはっきりとその音が聞こえました。
音は商店街の入り口付近、俺の数m後ろから聞こえた気がします。
俺は振り返りました。
今から考えると振り返った先に何か居ても怖いし、居なかったとしても安心はできない状況で振り返った時のメリットなんてあまりないんですけどね。
この前も振り返って後悔したのに、学習できていませんね。
そうして振り返ってみると商店街のゲートが見えました。そのゲートのちょうど真下、長い黒髪に白いワンピースを着た裸足の女性が立っていました。
女性の顔は長い髪のせいで見えず、左手には大きなハサミを持っていました。
しかも何やらブツブツ言っています。ですが何を言っているかは聞こえませんでした。
やがて女性は口を閉じ、俺は硬直したまま女性を見ていました。
いっぱいに開かれたハサミが閉じられてシャキンという音が辺りに響きます。
それだけならまだ耐えられたかもしれません。
ですがその女性はフラフラとした足取りで俺の方へ近づいてくるではありませんか。
たまらず俺は女性から逃げるように身を翻して駆け出しました。
どれくらい走ったか分かりません。聞こえていたペタペタという音はすぐに聞こえなくなりました。
そう長くない商店街です。大した時間はかからず商店街の出口に到着しました。
出口には到着したんですが、商店街の終わりにあるゲートの先は真っ暗闇でした。光がいっさい見えずまるで黒い煙に覆われているかのように、すぐ先が見えないんです。
あまりに不気味で俺は足を止めました。
このままここに突っ立っていてもハサミを持った女性に追いつかれてしまうかもしれない。しかしこの先へ進んでいいのかも分からない。もしかすると今よりもまずい状況になってしまうかもしれない。
どう行動するか決められず動けませんでした。そうしていると背後からタッタッタッという軽い足音が聞こえてきた。
振り返れば長い黒髪に白いワンピースを着てサンダルを履いた女の子が走ってきていました。
「……
小学生の頃、商店街で良く一緒に遊んでいた女の子です。
彼女は記憶の中の姿のままでした。
「良かった。このままここに居たら危ないの。だから早く外に出よう」
俺を見て安心したような顔をする彼女に手を取られ俺はゲートの方へと引っ張られます。
このまま外に出ていいのだろうか。
何とも言えない不安に襲われ俺の手を握る彼女の右手に視線を落とします。
――シャキン――。
再びあの音が聞こえました。
俺は足を止めて振り返りました。
いつやってきたのか、そこにはハサミを持った白いワンピースの女性が立っていました。ただ距離はあって、祠のある横道の少し奥に立っています。
彼女は俺の方を向いたままハサミを持っていない方の腕をまっすぐに横に伸ばして祠のある横道を指差していました。
「駄目! あの女はあなたの命を狙ってるの!」
振り返った俺の手を両手で引きながら沙織ちゃんが必死な様子で言っています。
「先輩ならどうしますか?」
「……ゲートを出るのは祠を調べてからでもできるはず。祠の方へ行ってみる」
「そうですか。俺と同じですね」
俺は彼女の手を振り払って祠の方へと走りました。
「待って! そっちは危険なの! 行っちゃっ駄目!」
走り出した俺を追っているようで後ろから彼女の足音が聞こえます。
近づいてきているわけではないものの引き離せているわけでもなく、一定間隔を保って足音は聞こえてきました。
ハサミを持った女性は動かずに祠のある方を指差したままです。
俺は祠のある脇道へ入って祠の前にある鳥居をくぐりました。
足音が近づいてきます。
俺は振り返りました。
鳥居の前に彼女が立っています。
「そこが1番危ないの! 居ちゃいけないの!」
彼女は必死に俺に訴えかけてきました。
「……こんなおかしなことになって沙織ちゃんの言葉が信じられない。でもどうすることが正しいのかも分からない。だからジャンケンで決めようと思ってる。俺が負けたら素直に沙織ちゃんについていく」
彼女の了承を得ないままジャンケンの掛け声をかけました。
俺はチョキを出して彼女は右手をグーの状態で出していました。
「私の勝ちだよ? だからそこから出てきて一緒に行こう?」
彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべました。
別に何かが面白かったわけじゃないんですが、気が付いたら俺は小さく笑っていました。
そしてキョトンとして首を傾げた彼女に言いました。
「お前、誰だ?」
その直後、少女の背後にハサミを持った女性の姿が見えました。
女性は俺と少女の間に大きく開いたハサミを差し入れて勢いよく閉じました。
シャキンという音がして何かが切れたような気がしました。
そして瞬きをした瞬間、辺りは夕方になっていました。
ハサミを持った女性が居たところには左手にハサミを持った沙織ちゃんの姿、沙織ちゃんの姿をした少女のところには廃墟で出会った高校生くらいの女の子が居ました。
「どうしてどうしてどうしてどうして……」
女の子は虚ろな目でどこか遠くを見ながら壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返していました。
やがてピタリと黙り、唇を噛み締めて恨めしそうに俺を睨んでから彼女は消えてしまいました。
安心したからか体の力が抜けて地面に座り込んでしまった俺に沙織ちゃんが近づいてきます。
「これでずっと一緒に遊べるね」
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