故縁の一夜
ある日の夜、俺は小学生だった頃に良く遊びに行っていた場所の夢を見ました。
小学校や公園ではなく、学区内に小さな商店街の入り口です。
引っ越ししたので懐かしいなと思いながら俺は商店街を進みました。
でも記憶にある商店街とは様子が違うんです。
シャッター商店街って言うんでしたっけ?
賑わっていた商店街だったはずなんですが、日中にも関わらずシャッターが下りていてどのお店も機能していないようでした。
当然、人も居ません。
それでも俺が商店街を進んでいたのは、そんな約束はしていないのに友達と遊ぶ約束をしていたような気がして妙な義務感があったからです。
夢っていうのは違和感があっても気が付かないもので、その時の俺も特に不思議に感じませんでした。
誰もいない商店街を進み、中央辺りにある横道を曲がります。祠のある小さな広場に到着するとベンチに座って友人を待ちました。
「ごめんね。待った?」
「さっき来たところだから大丈夫」
少ししてから肩の下まで伸びた長い黒髪の女の子がやって来ました。彼女は白いワンピースを着てサンダルを履いています。いつの間にか俺は小学生になっていて、その女の子と一緒に遊ぶことになりました。
「追いかけっこしよ。はい、じゃんけんポン!」
彼女の掛け声に合わせて俺はパーを出しました。そして彼女の出した左手はハサミの形になっていました。
「10秒数えてからのスタートだからね!」
彼女は嬉しそうに駆けていきます。
その後もトランプだったりボール遊びだったりかくれんぼだったりと彼女と遊びました。
いつの間にか夕方になっていて、もう帰る時間です。
「また一緒に遊ぼうね」
彼女は商店街のゲートまで見送りにきてそう言いました。
俺も寂しさを感じながら頷いて別れるというのがいつものやり取りです。
とても懐かしい気分でした。
けれど所詮は夢。
朝になって目を覚まして大学の講義を受けて、空き時間にはこうやってコンビニのバイトをしています。
でもそんな夢を見たからこそ、久しぶりにその町へ行ってみようと思ったんです。
ある日の休日、俺は電車に乗ってその町へ行きました。
小学生の頃とは違って背も伸びています。景色が違って見える中、懐かしさや寂しさを感じながら商店街へ向かいます。
到着した商店街は夢と同じようにシャッターが下りた物悲しい商店街になっていました。
でもまぁせっかく来たんです。錆びて変色しているゲートをくぐって商店街を進むことにしました。
空いているお店はなく、残念ながら俺以外の人も居ません。
小学生の頃は友達と遊んでおこづかいで駄菓子屋のお菓子を買って食べたりしていたなぁ。美味しそうなお惣菜を見かけると母親にねだったりしたなぁなんて昔の思い出に浸りながら進みました。
「当時、その商店街には流行ってる噂があったんですが、どんな噂だと思います?」
「……駄菓子屋のおばちゃんに合言葉を言うと店の中に連れて行かれて、店から出てきた人は見た目は同じなだけの別人になってる、とか」
「そんな怖い話じゃないっすよ。ちょっと不思議な話です」
『その商店街の中で落とした物は商店街の中央にある小さな広場に設置されたベンチの上に置かれる』というものです。
そんな噂があったので商店街の隅に鉛筆を置いて実験した友人がいました。待っている間は暇なので追いかけっこをしていたのですが、友人の1人が本当に落とし物をしてしまったんです。
落とした物は家の鍵で、気づいてから皆で探しました。しかし見つけられず、噂のベンチを見に行くことになりました。
「鍵はあったと思いますか?」
「無かった。所詮は噂だった」
「ブー。鍵はベンチの上にありました。ちなみに鉛筆の方は元の場所にありました」
今になって思えば、この噂を知っている親切な人が鍵を見つけて置いてくれたんだと思います。でも当時の俺たちにとっては凄く興奮した出来事だったんです。
そういえば、と夢に出てきた白いワンピースの女の子のことを思い出しました。
クラスが違ったのか、学年が違ったのか、それとも学校が違ったのか。小学校で彼女に会ったことはありませんでした。
商店街に来た時に時々会って遊んだくらいです。彼女について知っていることはあまり無く、名前と商店街に良く居ること、活発で優しく世話好きなことくらいしか知りません。
もしかすると彼女の家はこの商店街のお店の1つだったのかもしれません。
彼女も当時は俺と同じくらいの年齢に見えたので進学していたらきっと花の女子大生ですね。
偶然でも会えたらな。……下心はありませんよ? いや、少しはあったかもしれません。
ともかく、もし彼女に会ったらどんなことを話そうかと思いながら歩きました。
特に誰かとすれ違うこともなく商店街の中央付近までやってきました。
横道に進んで噂のあった小さな広場に来ました。広場にある祠はあまり手入れされていないようで、覚えている祠よりも汚れている印象でした。
子どもの頃はもっと広く感じたのになと感傷に浸りつつ、俺は祠に向かって両手を合わせると目を閉じて少しの間だけ黙祷しました。
それから表の通りに戻るために踵を返したのですが、シャキンという金属同士のこすれたような音が聞こえた気がしました。
振り返ってみても特に何もなくて、不思議に思いながらも商店街の終わりまで歩きました。
何だかがっかりしたような何とも言えないノスタルジックな気分になりながら俺は帰ってきました。
その日の夜、俺はまた商店街の夢を見ました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます