白いロープ

赤月 朔夜

白いロープ


 去年の冬のことです。友人と遊んだ帰りですっかり日も落ちてから徒歩で家に帰ってる時のことでした。


 馴染みの道を進み十字路に差し掛かった時、左目の視界の端に何か白いものが映りました。

 自宅はその十字路を真っすぐ進んだ先にあるのですが、気になって左の道を見れば白いロープが落ちていたんです。

 そのロープは束ねられた状態で落ちていたわけじゃなくて道なりに沿うように先まで続いていました。


 何でこんなところにロープがあるんだろうと不思議に思った俺は、十字路を真っすぐ進まずにロープを辿る形で左の道へ折れました。


 何とも言えないワクワクさを感じました。誰が何の目的でロープを置いているんだろうと理由を想像しました。

 何かの長さを測っているのかとか、誰かの悪戯とか、偶然ロープが解けて落ちた状態になったのかとか。


 ロープを辿ると橋が見えてきました。そう大きくない小さな橋です。

 これまで通ったことがない道だったのでこんなところに橋があるなんて知りませんでした。


 そのまま橋を渡りロープを追いかけます。特に曲がったりすることもなくロープは続いていました。この辺りになってくるとあまり人が通らないからか外灯も減ってきたのですが、その日は満月だったこともありその月明りだけで十分明るかったです。


 やがて建物が見えてきました。2階建ての一軒家です。家に明かりはついておらずボロボロで、庭には雑草が生え放題。さらにはあちこちに木の板が打ち付けられていました。


 人が住んでいる気配はなくひと目で廃墟と分かるほどです。


 なのに玄関は開いていて、ロープはその家の中へ続いていました。


 俺は幽霊や心霊現象の類を信じていません。

 心霊体験なんてしたこともないしそういう気配を感じたこともなかったです。もし居たとしても目に見えず影響がなければ居ないのと同じですから。

 ただ、この時ばかりはうすら寒いような、何だか重苦しい嫌な気配にまとわりつかれているような気がしました。


 さすがに廃墟へ入るのは躊躇われて引き返そうと振り返りました。



 振り返ると女の子が立っていました。高校生のようで制服を着ているショートカットの髪の子です。


「わ、びっくりした。お兄さんもこのロープ辿ってきたの?」


 振り返った俺に女の子は目を丸くしていました。俺に近付くと人差し指でロープを指差し首を傾げています。


「あぁ、なんでこんなところにロープがあるんだろって気になって」


 女の子のそんな仕草も可愛いなぁと思いながら真面目な顔をして頷きました。


「だよねぇ。私も気になって追いかけてきたの」


 女の子は嬉しそうにそう言うとロープを辿って俺を追い越し、廃墟の玄関を見ました。


「ね、一緒にロープの先がどうなってるか確認しようよ」

「他人の敷地内に入るのは不法侵入になる。いけないことなんだ」


 怖いもの知らずなのか、振り返った女の子が家の中へと続くロープを追いかけようと言います。

 可愛い女の子の手前、何となく嫌な気配がするとは言いたくなかった。ビビってるって思われたくないじゃないですか。

 不法侵入になることは事実なので俺は止めることにしました。


「大丈夫だって。人なんて住んでないよ。ね、行こうよ」


 明るい表情と声でねだるように言いながら、引っ張って行こうとしたのか女の子が俺の手を取りました。


 その瞬間、バチッって音がして一瞬光ったんです。女の子は腕を引っ込めて痛そうに右手を押さえていました。

 静電気かな、なんて寝ぼけたことを考えていたんですが、目や鼻、口から血を流す女の子の姿を見てハッと我に返りました。


 それからは無我夢中で来た道を引き返しましたね。


 体力はあったので途中で足を止めることなく橋を渡ることができました。


 自分でも不思議なんですが、橋を渡り終えたらもう大丈夫だと感じました。


 振り返ってみると橋の向こう側に女の子が立っていました。

 血はもう流れていませんでした。女の子は無表情でこちらを見ていました。


「――いつでも待ってるよ」


 俺と目が合うと女の子は笑顔でそう言いました。距離はあったはずなのに、女の子の声は良く聞こえました。


 最初からおかしかったんですよ。彼女、この真冬に夏服で半袖のカッターシャツだったんです。

 それに足音も聞こえなかった。


 なのに俺はそのことに気が付かなかった。


 俺は振り返ってしまったことを後悔しながら再び走り出し家に向かいました。

 離れているはずなのに彼女に見られているような気がして、少しでも彼女から離れたくて必死に走りました。


 家に入ると家中の電気を付けました。それでようやくひと息つくことができました。


 お茶を飲んで適当に座るとあることを思い出しました。上着のポケットから財布を取り出して中を確認します。

 財布の中には母親からもらった御守りを入れていたのですが、御守り袋は地面を引きずり回したかのようにボロボロになってしまっていました。

 当然、最後に見た時の御守り袋はこんなにボロボロじゃありません。


 いやー、無病息災の御守りも幽霊に効くんですね。


 それにしても、あのままもし一緒に廃墟に入っていたらどうなっていたんでしょうか。あの女の子は何だったんでしょうか。







「その御守りはちゃんとお寺へ持って行って供養してもらいました。新しく買った御守りもきちんと財布に入れてます」


 そう言って後輩は財布を取り出し買ったという御守りを先輩に見せた。


「こえーよ! え、嘘じゃないんだよな?」

「嘘じゃないっすよ」


 ビビりな先輩は顔を青くしながら、自分を抱きしめるように腕を組むような形で両腕を摩っている。嘘だと言って欲しいのか、からかいなんかは一切なく真剣な表情だった。


「まぁそういうことがあったんで、俺はもうあの道は使ってません。昼間でも通るのはごめんです」


 淡々とした口調ではあるものの、後輩は疲れた様子だった。


「実をいうと、今でも夢に見るんですよ。魅入られているというか、呼ばれているんでしょうか。ふと気が付いたらあの廃墟の前にいた。なんてことになりそうで怖いんですよね」


 苦笑いしながら言った後輩に、先輩は何も答えることができなかった。

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