奇縁の一夜

 沈黙が訪れる。

 後輩は話を終えたといった様子だ。


「えっ」


 思わぬ最後に俺は驚いた。そして恐る恐る隣に立っている後輩を見る。

 後輩は変わらずレジカウンターの中にいる。


 そこで終わったらまるでバッドエンドじゃないかとか、こうしてここにいるんだから無事に帰って来れたんだよな? なんて言いたくなった。


「幽霊なんかの人ではない者は、結んだ縁を通じて人に干渉すると言います。縁を結ぶにはどのような方法があると思いますか?」


 しかしそれを口にする前に後輩が話し出した。


「いやいや、ちょっと待ってくれ。今の話は終わり?」

「見る、触れる、彼らのエリアに入る、彼らについて知る。そして話すことでも縁は結ばれます。必ずというわけではありませんが」


 違うと否定されたくて尋ねてみたものの、後輩は俺の問いを無視して話を続ける。

 今までそんなことはされたことがない。


 何かおかしい。


 後輩の話を信じるなら、人ならざる者は縁を結んで人に干渉すると言う。


 以前に後輩が話した、白いロープを辿った時の話には後輩が一方的に話していた。

 今回はその時とは違ってやけに俺に質問をしてくるなとは感じた。

 前の話とは違って少し長かったから、俺の関心を引くための質問なのかと思った。


 なのに、この流れでそんなことを言われたら、後輩がすでに人ではない者になっているんじゃないかと思ってしまうじゃないか。


 そんなはずはない。科学が発達して様々な事象が説明できるようになっている今の世の中に、そんな眉唾な物があるわけがない。

 後輩は、怖がりな俺を脅かして反応を楽しんでいるんだ。


 そう思おうとした。


「……ねぇ先輩、今日はずいぶん静かだと思いませんか?」


 しかし、後輩はネタバレ宣言を行わないままだ。

 俺は後輩の言葉にフロアを見て硬直した。


 時刻はちょうど昼時、普段であれば昼食を買いに来たお客で忙しくなっているはずの時間帯だ。

 なのに、後輩が話し始めてから終わるまで10分以上はあったにもかかわらず誰も来ていない。

 

 こんなことは初めてだ。


 いや、そもそもいつ出勤したんだっけ?


 気が付いたら俺はコンビニのレジカウンターの中に立っていた。

 中から見える外の景色はいつも通りだ。


 なのに、通勤した記憶がない。


 動揺しながら俺は何があったのか思い出そうとする。しかし、彼が話し始める以前のことが思い出せない。

 背筋に冷たいものが走り心臓の鼓動が激しくなる。


 怖くなった俺はコンビニを出ようと思った。

 幸いにも俺はレジカウンターの手前側に居たので外へ出るにあたって障害となりそうなものはない。




 その時、聞き慣れた入店音がフロアに響いた。

 気の抜けるようなその入店音に俺は一縷の望みをかけて出入口を見た。


 そこには肩下30cmはあるだろう長い黒髪に黒いワンピースを着た小学生くらいの少女が立っていた。その顔には微笑みを浮かべている。


 電灯がチカチカと明滅する。

 外から差し込む光はいつの間にか赤みがかっていてまるで夕焼けのようだ。

 おかしい、と時計を見れば狂ったように短針と長針がグルグルと回っている。


「う、あ……」


 言葉にならない声を漏らして後輩を見る。

 落ち着いた様子の彼と目が合う。

 そして少女と同じように微笑んだ。


 見慣れたはずの微笑みなのに、恐怖しか感じなかった。


 逃げないと。

 そう思うと同時に出入口へと振り返る。


 直後、体が動かなくなった。

 まるで石になってしまったかのように指の1本すら動かせない。


 ペタペタとサンダルの音を響かせながら少女はレジカウンターの中まで入って来る。


「みんなで一緒に遊ぼう」


 少女はそう言って笑みを深くした。

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