第3章

 あれから暫くして、博士が開発したバグリンガルは世界中で一大ニュースとなった。犬や猫ではなく昆虫の言葉がわかる機械というのは前代未聞だったからだ。そして何より、世界各地で起こる昆虫異常発生の謎にメスを入れることが出来る。そして誰もが予想したことだが、今年のノーベル賞候補にイサム・ハラダ博士がノミネートされたのだ。

 そして昆虫の異常発生が今年も始まった。イサム博士は昆虫異常発生の謎を解明するために「昆虫の『発言』を聴いてみる会」という一大イベントを催した。場所はとある市民公園。なぜ屋外で行うのかというと、博士曰く「昆虫相手なら薄暗い室内よりも、青空の下で仲間たちが飛び交っているところの方が安心するだろう」と語った。会場は温室のような透明なドーム型コテージで、万が一虫が入ってこないようにとある殺虫剤メーカーが開発した防虫グッズが設置されている。会場中央には、厳重な管理のもと、博士自慢のバグリンガルが設置された。博士も一世一代の晴れ舞台で張り切っていたのか、気を抜かずにメンテナンス作業を行っていた。

 そしてイベント当日、会場には世界各国から著名な研究者が集ってきた。中央のバグリンガルの傍に博士がいる。このイベントはネット中継されているようで、再生回数は既に百万を超えていた。

「さて、今日もまた昆虫たちが我が物顔で飛び回っているようやけど、遂にその謎が解けるかもしれまへんで」

著名な研究者たちの前でイサム博士が大声で語った。大物研究者相手にいつもの関西弁なのだが、それでも真剣さが伝わってくる。

「ここにこの異常発生時に飛び回っていたトンボとバッタとアゲハチョウがいる。こやつらはこのイベントが終わったらきちんと大自然に返しとくからな」

そう言って別々の昆虫を収容した飼育ケースを取り出した。

「まずはトンボはんの主張を聞いてみましょか」

 トンボをステージに置き、ドーム型の蓋を置くと、バグリンガルのセンサーがトンボを感知した。暫くして、スピーカーから声が聞こえてくる。

「私はシオカラトンボだ」

 スピーカーから貫禄のある男の声がする。どうやらオスだったようだ。スピーカーから聞こえてくるトンボの「言葉」に、会場にいる研究者たちがざわつき始めた。

「私はある時、仲間たちと共に大空を駆けていたが、巨大な生物が私たちを見るなり恐れをなして逃げていくのを目の当たりにしていた。なぜあの巨大な生物は卑小な生物である我々に驚くのか。それが不思議でたまりません。そこで我々は仲間と共に、その巨大な生物に会いに行きたいという「意思」が芽生えました。なのですが巨大生物たちはどうしても付き合おうとはしないのです」

 バグリンガルはシオカラトンボの主張を伝えた。

「どうやらこのトンボはんは我々に興味を持っていたようやな。しかし我々は彼の期待に応えることが出来へんかったようや」

トンボをステージから離して、飼育ケースにしまう博士。

「続いてはアゲハはんや」

 今度はアゲハチョウをステージにセットした。また暫くして、スピーカーから声がする。

「どうも、アゲハと申します」

今度は若い女性の声だ。

「私たちは仲間たちと共に平和に暮らしていたのですが、次々と巨大な生物に仲間たちが捕らえられていき、しかも空中にばら撒かれた猛毒に仲間が悶え苦しみ、そして死んでいきました。私たちはあの時の仲間たちの悲しみをそこにいる巨大な生物たちにも理解してほしいのです」

コンピューターによって作られた悲しげな女性の声に、会場の人々は黙り込んだ。

「アゲハはん、主張おおきに。しかしオマはんもホンマに可哀そうやな・・・」

悲しげな顔になりながら、今度はバッタをバグリンガルにセットする。

「どうも、トノサマバッタです」

スピーカーから武骨な中年男性の声がする。

「我々は最初餌を求めて飛び回っていたのですが、そこでよく巨大な生物を目撃しました。しかし彼らは気味悪がって我々から逃げていくばかりで、それどころか我々を捕まえようとしたり、殺そうとしたりします。いい加減にしてほしいです。同じ地球に生きる者同士なのに、もっと我々に気づいてほしいです」

どこかドスのある声とは裏腹に、悲哀が感じられる主張だった。

「このバッタはんも辛い目にあったんやな」

博士は悲しげな顔でバッタをバグリンガルのステージから離した。

「さて今回のイベントで、遂に異常発生の謎が解明でけたで。昆虫たちの異常発生の正体はデモ活動だったんや!」

 博士は鬼気迫る表情で訴え始めた。

「この地球の全動物の中で最も種類が多いのは昆虫やと言われておる。にもかかわらずワテら人間は昆虫をどうでもええように扱っておった。昆虫を大事にしとったのはワテくらいしかあらへん。つまり昆虫たちは我々にもっと自分たちの存在を気づかせてもらおうと、異常発生という名のデモ活動を行ったんや。そでな、我々が異常発生に対してとるべき道は一つ、『昆虫との共存』や。ワテら人間も昆虫も共に地球に生きる者同士、仲良く生きていくのはどないでっか」

博士が力強く結論付けた後、会場内は拍手喝采の嵐となった。

 かくして、イサム博士主催のイベント「昆虫の『発言』を聴いてみる会」は大盛況に終わり、バグリンガルの性能と昆虫たちの「言葉」を実感した研究者たちは素晴らしいものを見たかのような気分に浸る一方で、何かについて深く考える素振りをしながら会場を後にするのであった。

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